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第35話「石造りの床へと落ちてゆく」


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今日にも種まきかと思っていたのだが、実は来週だったようだ。

実際にやるのは、土に栄養分となる肥料をまくこと。

堆肥と石灰を混ぜて終了かと思っていたのだが、小麦の場合は収穫までが長いのと栄養分がないと育ちが悪くなるとのこと。

また1週間前の重労働に逆戻りで未経験者たちの表情は優れないものだったが。

このあたりは実際に農業に精通している方たちの言う通りの方がいいだろう。


ということでアーケから大量に持ってきてくれた肥料を撒いては混ぜを繰り返す。

しっかりと馴染むようにかき混ぜていかないとな。

秋とはいえ、昼間にこの重労働は汗だくになってしまう。

作業をしながらも皆に水分をきちんと摂るようにと促し、自分もきちんと水を飲む。

夏ではないとはいえ脱水症状にはなりうるからな。


ここから数日放置して馴染ませたあと、畝を作り種を植えていく。

そこまで行けば芽が出るまでやれることはないし、カッツェに一度帰れるだろう。

割と休暇も取らせてあげれそうで良かった。

うちの隊の皆は働き者すぎるからな。

たまにはこういうゆっくりとした時間も必要だ。

何より俺も早くマイホームでアーニャといちゃいちゃしたいのだ。

時期的にはそろそろ完成していてもおかしくないので、楽しみで仕方ない。



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作業も無事終了し、アーニャと共に汗を流して部屋でマッサージ。

これもなんだか定番になってきたな。

そろそろイルシャに城の壁を破壊されそうなので、2人とも声は頑張って我慢している。

それはそれでアーニャの可愛い顔が見れるのでよしとしよう。


明日明後日と休暇なので、明日の夜はシャンドラ様を誘って一緒にご飯を食べることにしよう。

いつまでも国のトップが暗い顔では心配だしな。

アーニャと話して詰めていき、シャンドラ様への約束も取り付けてもらった。

俺たちと過ごすことで、また心から笑顔になれる日がくるといいな。


翌日。

アルシェとダッカスに、シャンドラ様に喜んでもらえるような食事会にしたいと調理を頼みに行くと二つ返事で了承してくれた。

2人の時間も欲しいだろうに、急なお願いで申し訳ない気持ちはある。

それでも2人にとって恩人である俺、そして元気のないシャンドラ様のためならいくらでも腕を揮いますと言ってくれた。


嬉しい限りだ。

俺は自分1人じゃ何もできない小さな男なんだけどな。

隊の皆にとっては俺に隊に誘われたことがとても嬉しい出来事で、そして人生の大きな分岐点だったのだろう。

孤児だった自分たちが、国のために第一線で働ける。

その道を標したのが、たまたま俺だった。

そして俺がこの世界に召喚されたのも事故みたいなもんだ。

今のこの現状があるのは、いくつもの偶然が重なっただけ。


でも結果は俺も含めて、皆の人生を大きく変えることになった。

変わった人生の先でそれぞれが幸せを感じてくれているのなら、とても嬉しいことだよな。

何より俺も今、とても幸せだ。

愛するお嫁さんもでき、心から慕ってくれている部下がたくさん居る。

命を懸けて護ってくれた親も居る。


唯一俺の周りで笑顔を取り戻せていないのは。

シャンドラ様。

あとは貴方だけですよ。



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その日の夜。

フェルト城の中では広めの部屋で俺とアーニャ、そしてシャンドラ様が席に着く。

今日はオルネスは抜きで3人だけの食事だ。

貴族特有の長いテーブルというわけではなく、団らんできるように普通のテーブルに腰掛けて食事を待つ。

料理が提供される前に、シャンドラ様に伝えておかなければならないことがある。


「お時間を頂き、ありがとうございます。

今日は一国の王と部下という立場ではなく、一家族として接するつもりです。

シャンドラ様もそのようにしていただければ幸いです。」


「うむ、分かった。」


先日カッツェ城で見送った時よりは顔色も表情もマシではあるが、未だに元気がなさそうだ。

まあ今の俺で言うところのアーニャとイルシャを失ったようなものだからな。

俺たちが居るとはいえ、心の傷というのはなかなか治らないもの。

今日のこの食事会が少しでもプラスに働いてくれればいいな。

しばらく沈黙の時間が続いた後、最初の料理が運ばれてきた。

食事中でも普段からたくさん話すシャンドラ様だが、今日はやはり口数が少ない。

俺たちが声をかけても一言二言で会話が終了してしまうほどだ。

その様子に見かねたアーニャが声をあげた。


「お父様、そんなにアタシたちとの食事はつまらないかしら?」


「いや、そうではないのだがな・・・すまない。」


「謝られるくらいなら誘いを断ってくれた方が良かった。

タローごめんね、先に部屋に戻るわ。」


食事の手を止め勢いよく立ち上がり、本当に部屋から出て行ってしまった。

次の料理を3人分運んできた侍女さんに2人分でいいと伝え、アルシェたちにも声をかけるように言っておいた。

残されたのは俺とシャンドラ様の2人だけ。

うーん、気まずい。

どうしたものかと無言で食事を食べていると、シャンドラ様がポツポツと喋りだした。


「我とカーデラはな、フェルトの平民の生まれなのだ。

親同士が仲が良くそれこそ物心つく前から共に過ごしていた。

共に剣を切磋琢磨し、自分で言うのもなんだが若き頃から2人とも天才と呼ばれていたよ。

まあ小さな国の中でのその呼び名は、あまり嬉しくなかったがな。」


懐かしむような表情で続けるシャンドラ様。

このトーンで最初から喋っていたらアーニャも怒って出ていくことはなかったと思うんだけどな。

たぶんそのどちらにも意味があるのだろうから、黙って聞くことにしよう。


「我らが12になる頃、2人して同じ人に恋をしたんだ。

相手はこの国の姫である、シロエ・シュバルツ・フェルト。

見た目は本当に美しく、カーデラも我も完全に一目惚れだったよ。

だがシロエは出会った頃は今のアーニャそっくりのお転婆でな。

気さくに話しやすかったこともあり、よく3人で遊んでいたものよ。

3人とも成人するまで特に進展はなかったのだが、最初にカーデラが成人した時にシロエにプロポーズをしたんだ。

それに対してシロエは、自分と結婚するということは将来国を背負う覚悟があるということかと問うた。

その返事にカーデラはほんの一瞬戸惑い、シロエはその一瞬を見て断った。

この段階で僅かでも戸惑いがあるのならやめておいたほうがいい、とな。


後に我が成人した時にプロポーズし、同じ問いにすぐさまあると答えた。

それで結婚したというわけなんだが、我はこの時嘘をついていた。

平民出身で小さな国の天才止まりだった我が、国民を護っていけるだけの力量はあるとは思っていなかった。

だがシロエ欲しさにあると答えた。

自分の欲望を優先してしまったのだ。


そのまま結婚して30歳になる頃、先代が病に伏せ我が国王になった時。

ついた嘘の事の大きさに押しつぶされそうになった。

自分の一挙手一投足で国民の命運を決めてしまう立場というのは、思っていたよりもプレッシャーが大きくてな。

支えてくれたシロエに甘えていくうち、アーニャを授かった。

嬉しい反面、自分に国王と父親という重荷が務まるのかと不安に思っていたよ。

そして我がフェルトの代償を知ったのは、アーニャが産まれる直前だった。

その時シロエに、色々と初めて聞かされたことがあった。


シロエは『真実の神子』と言って、他人の言葉の真偽を見破る能力があったこと。

プロポーズの際に嘘をついていたことを実は知っていたこと。

それでも結婚したのはカーデラか我のどちらかが良かったと思っていたこと。

それほどまでに共に遊んだ時間が楽しく、幸せだったこと。

フェルトの家系は女性しか産めず、出産と同時に命を落とすこと。

黙っていたのはわざとではないが、強いて理由をつけるとしたらプロポーズの時のお返しだと。


それをアーニャが産まれる1週間前に聞かされたのだ。

全てを笑顔で話すシロエに対し、我は涙が止まらなかったがな。

アーニャが産まれシロエが命を落とし、その葬儀の時にカーデラに言われたよ。

自分が愛する女性は生涯シロエだけだと。

その生まれ変わりであるアーニャを生のある限り護ることで、過去の自分を清算するのだと。


そしてそれを有言実行してくれたのだ。

アーニャ、そしてその夫であるタローを護り抜いた。

それに比べて我はどれだけみじめなのだろうと。

さらに言えば、シロエのことをもっと早くからきちんと知っていれば未来は変わっていたかもしれない。

早くから知れたうえでそれを障害にもせずに突き進むタローのようになれていたら、と。

最近そんなことばかりを考えてしまうのだ・・・国王失格だな。」


過去に色々なことがあるというのは他人事ではない。

だがそこから俺は死に物狂いで縋れるものには縋り、できることはやってきたつもりだ。

ここは俺自身の言葉で返すとしよう。

国王と部下ではなく、息子として。


「その過去についてとやかく言える立場でもないですし、言うつもりもありません。

ただ今のシャンドラ様を見ていると国民として、家族として心配と不安があります。

すぐに立ち直れとは言いませんが前を向いてほしいとは思いますね。

今を一生懸命に生きていなければ2人に顔向けできないとさらに後悔することになります。


俺は現状で感じている後悔よりも、今この状況で何ができるかを懸命に考えて実行してきました。

そうでなければアーニャと結ばれることもなかったでしょう。

過去を悔やむのは死の間際だけでいいです。

俺はこの先もフェルト王国のために進み続けますよ。」


その言葉に今まで俯いていたシャンドラ様が顔を上げ、目を見開いていた。

目には涙を溜め、肩を震わせ。


「・・・まさかシロエ、カーデラ以外にそんな言葉を言われるとはな・・・。

タロー、君がこの世界に来てくれて本当に良かった。

心より礼を言う。」


「俺への礼よりも、先にするべきことがあるでしょう。」


シャンドラ様は頷き立ち上がり、部屋のドアを開けたところで止まった。

扉の前にしゃがみ込んで泣いていたアーニャにそっと声をかける。


「アーニャ、今まですまなかった。

タローのおかげで目が覚めたよ。

我は今でも自分の事を立派な王だとは思わない。

だが部下はこれほどにも立派に育っていることに感謝せねばならぬよな。

そのために我ができることを懸命にやっていくとするよ。

・・・これからまたタローと共に、我が国のために尽力してくれぬか。」


「・・・はい・・・!」


今までどこかであったわだかまりが溶けていくように。

親子の涙が石造りの床へと落ちてゆく。


再び3人で食卓を囲み、2人は鼻を赤らめつつも笑顔で話し始めるのだった。


内容は一家団欒とは言えず、国政についてになってしまったけどな。



ブックマーク登録や★評価、本当にありがとうございます!

励みになります。


拙い作品ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします!

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