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SS

【SS】先輩♂「ねえ俺君、バレンタインデーって知ってる?」


どうも寒い日が続いておりますようで。

こう幾年を重ねてきますと、どうにもこの寒さが辛いもので。

肘や腰といった間接がきしみ、ひしひしと痛みを訴え、それどころか、24だとか25だとか、はたまた2の14なんてものは、体だけでなく心にまで鋭い痛みを持って来る始末。辛うじて耐え抜いておりますが、なんともまあ、我が人生は身に染みる寒さのただなかにあるようにございます。


先輩「おーい、男はいるか」


男「へえ、これは旦那。いったいどうされました?」


先輩「お前さん、住まいは菓子問屋大黒屋の隣だったよな」


男「そうですが」


先輩「実はな、客に出すお茶請けを切らしてしまったんだ。帰り際で構わないから、大黒屋さんで落雁でも求めて来てくれないか?」


男「あっちゃー……旦那。悪いが、今は時期が悪い」


先輩「おいおい、なんだよ。ただのお使いぐらい聞いてくれたって構わないだろ」


男「いえね、実は今の俺に大黒屋さんは少しばかり敷居が高いんで」


先輩「敷居が高い? なんだ、義理堅いお前らしくもないことを言って。一体全体何があったって言うんだ」


男「旦那は、大黒屋の一人娘はご存じで?」


先輩「あぁ、あの評判の看板娘だろ。そういえば、年のころはお前と大して変わらなかったな」


男「その通りで。あの娘と俺は俗にいう幼馴染でして。実はいま、彼女に返すべき義理をまだ果たせていないもんで」


先輩「もったいぶるなよ。いったいどんな借りを作っていうんだ」


男「実はさる2月14日のこと……」


先輩「今日のことじゃあないか。……まさか、『昨年の』とは言うまいな」


男「いえ、つい今朝がたのことでして。会社に出向こうと家を出た俺に、彼女が声をかけてきました。そして、語気荒く『義理だから』とだけ一言だけ漏らして、チョコレートを渡してきたんでさ」


先輩「ははあ、『義理チョコ』だな。そういえば今日はバレンタインデーだったか」


男「ば? ん? なんですって?」


先輩「バレンタインデーだよ、女性が男性にチョコレートを贈る日さ」


男「はぁ……まあ、よくわからねえけど、それはともかくとして、俺としては『義理』を渡された以上は返さなきゃ具合が悪い。そういうわけで、義理を返すまでは大黒屋の敷居を跨げねえってわけです」


先輩「そんなのホワイトデーに返せばいいじゃねえか」


男「ほ?」


先輩「……ったく、お前が、ここまで世情に疎いとは思いもしなかったよ。バレンタインデーには対の日があってな、チョコのお返しは来月の中旬に来る『ホワイトデー』に返せばいいのさ」


男「へえ、そんな慣例があったんですか。そりゃあ、知らなんだ。なるほど、こうなったら、恥の掻きついでだ。旦那、チョコのお返しってのは何を贈ればいいんですか?」


先輩「まあ、貰ったチョコ次第だなあ。ちょいと、その貰ったチョコレートを見せてみろよ」


男「ほいさ。こちらでさあ」


先輩「……まあ、見事にでっかいチョコレートだなぁ。っておい、メッセージカードに『I LOVE YOU』って書かれてるぞ」


男「おや? 本当ですねえ」


先輩「お前……これ、本当に『義理チョコ』か?」


男「違うんですか?」


先輩「……やたらとでかいチョコレート、メッセージカードには『I LOVE YOU』……もしかして、あの看板娘は勝気な性格じゃねえだろうな?」


男「おや、ご存じで? そりゃあもう、勝気が服着て歩いているような娘で。それに、ことあるごとに、俺に難癖をつけてくる奴でして」


先輩「ツンけん娘からの『義理チョコ』ときたか。こりゃあ……非常に難しいラインだが。俺の見立てだと、こいつは『義理』じゃなくて『本命』だと思うぜ」


男「『義理チョコ』ではないと?」


先輩「……うん。こいつはギリギリだが『義理チョコ』じゃあねえな」


男「ギリギリ……義理チョコじゃあない。なんだか、よくわからなくなってきやがった。それで『本命』チョコには何を返せばいいんですかい?」


先輩「そりゃあ、お前の気持ち次第さ。お前は、彼女の気持ちにどう応えたいんだ?」


男「おいおい、なんだか難しい話になってきやがった」


先輩「そんなに難しくねえさ。お前は、彼女のことをどう思っているんだ?」


男「彼女のことですか……そういえば、彼女のことを考えると、なんだか胸がキシキシと痛みやす」


先輩「ほぅ!」


男「頭もモヤモヤ……」


先輩「ほほぅ!」


男「それに、歯もズキズキ……」


先輩「……そいつは、ちょっと毛色が違うな。菓子の食いすぎじゃねえか。しかし、なんだお前。浮いた話の一つも無いつまらねえ奴だと思っていたが。しっかりやることやってやがったな。お前のその気持ちは愛だよ」


男「愛ですか……いや、確かに思い返せば心当たりがいくらでも出てきやす。そうか、俺は彼女を愛していたのか」


先輩「そうさ! そうと決まれば、もはやホワイトデーを待つ迄もねえや。今すぐ行って、気持ちを伝えてこい」


男「はい! じゃあ、お先に失礼しやす!」


先輩「おうおう、ものすごい勢いで出ていきやがった。しかし何だなあ、うらやましい青春を送りやがって……って、しまった! あの野郎、お使いの件忘れてねえだろうなあ」


~~~


男「それで、今度結婚することになりやした」


先輩「そりゃあ、いくら何でも早すぎねえか」


男「いやまあ、どうも彼女は長年にわたって俺に想いを寄せていたらしく……俺としても、よく知った相手ですので」


先輩「まあ、幼馴染ならさもあらんか」


男「それで付きましては、今回の件でお世話になった旦那に仲人に立っていただきたく」


先輩「そりゃあ光栄なこった。だが諸先輩方を差し置いて、若輩の俺でいいのか?」


男「そりゃあ、旦那がいなけりゃ、こうはうまくいきやせんでしたから」


先輩「へへへ、そうまで言われちゃあ断れねえな」


男「ありがとうございます」


男「それで、式は彼女の希望でハワイで上げることになりそうで」


先輩「へえ、豪勢だねえ」


男「へえ。なんでも、お色直しは10回に、ウェディングケーキは10段。余興にはサーカスを呼ぶことに……」


先輩「おいおい、いくらなんでもそれはやりすぎじゃあねえか?」


男「しかし、彼女たっての希望でして。可能な限り叶えてやりたくて……」


先輩「しかしなあ」


男「愛する妻のためですから」


先輩「―――ったく、義理堅えだけでなくとことん甘え」



先輩「お前は、まるで義理チョコみてえな奴だな」



おわり


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