4.あたしは御使いになれるらしい。③
ぼぐっ!
恐ろしいほどの勢いで地面にぶつかった男の身体が、鈍い音を立てる。
「ひっ……」
あたしは思わず悲鳴を上げていた。
うつぶせに倒れた男の首は、あらぬ方向に曲がるどころか、それを支える芯となる者が突き出ていた。液体らしきものも、種類を問わずぶちまけられていた。もちろん生きてるはずもない。
「ひ……ひぃっ!」
よほどショックだったのか、援護しようと構えていた弓を威嚇に使うことすらなく放り捨て、残された男が逃げ出した。
「頭が高いと言っておろうに!」
女神が再び、指揮するように指を動かす。
あたしは慌ててパトリックの両目を手で塞いだ。
見ちゃいけません!
「わふぅ……」
パトリックの身体がふるふる震えている。ああかわいそうに……
命あふれるこの森に、あっという間に二体の死体が誕生した(誕生ってのも変だけど)。
と思っていたら、
「景観の妨げじゃ」
タルタラ様が軽く手を振ると、死体はあっという間に塵となり、一陣の風にさらわれ消え去ってしまった。
さ、さすがは爪剝ぎの堕天使様……
「だからそれは風説だと言っておろうに!」
あたしの心の声に顔をキッと振り向け、律義に突っ込みを入れてくれるタルタラ様。
「わらわは無駄な拷問はせぬが、無駄な容赦もせぬ。それだけじゃ」
タルタラ様はつまらなそうに言った後、すっと目を細めた。
「それとも殺すのはやり過ぎだと? わらわのやり方が気に入らぬと?」
その言葉にあたしは――
「いえ、すっきりしました。ありがとうございます」
心の底から感謝した。
本当にすっきりした。同時に不思議だった。
転化する前のあたしだったら、こうも割り切って男たちの死を喜べなかっただろう。
これは以前タルタラ様が言ってた通り、堕天使となった身体に意識が引っ張られているのか。それともひた隠しにしていただけで、これが本来のあたしなのか……
タルタラ様に聞いてみようかとも思ったけど、やめた。どっちであってほしいのか、よく分からなかったからだ。
「にしてもほんとにありがとうございます。タルタラ様が来てくれなかったら、どうなっていたことか……」
「……しばらくは、散歩の範囲を狭めた方がよいかもしれぬな」
タルタラ様がぽつりとつぶやく。
「そろそろですか?」
「ああ。そのときは主らにもしなにかあったとしても、わらわにはなにもできん」
タルタラ様はしゃがんで、パトリックの頭をなでた。乱雑なようでいて、その手つきは優しい。
パトリックはタルタラ様に甘えつつも先ほどのショックを引きずっているのか、わふわふ鳴いて小刻みに頭を震わせている。
『そのとき』とは、堕天使としての力が著しく低下する時――擬人化期のことだ。神を除く、いかなる天界人も抱えている体質だという。
なんでも、弱まることで非力な者の痛みやつらさ、それ故に得られる喜びなどを体感するためのものだとか。いつ来るのかは人それぞれだが、およそ数カ月に一度程度のサイクルで訪れるものらしい。
ちなみにその事実をあたしは、タルタラ様から聞いて初めて知った。
加護はある程度持続的なものだから、そんな可能性など想像もしていなかった。なんとなく万能なものだと思っていたのだ。
でも話を聞いてなるほど納得。道理で出会った当初、タルタラ様がパトリックを癒やさなかったわけだ。タルタラ様ほどの方ならパトリックの傷もすぐ癒やせるだろうに、傷薬と包帯を使っていたから不思議ではあったんだ。
「怪我したとしても、癒やしてはやれぬぞ」
タルタラ様も、パトリックを助けた時のことでも思い出しているのだろうか。刺激の強いシーンを見たショックを乗り越えてわふんと鼻を寄せてくるパトリックを、彼女はいとおしげに抱き締めた。
「そうですね、気をつけます」
言いながらもあたしは、心のどこかで楽観視していた。タルタラ様にそんな心配は無用だと。男たちと再会したついさっき、楽観的な自分を反省したはずなのに、喉元過ぎてまた楽に走った。
それがいけなかったんだ。
◇ ◇ ◇