4.あたしは御使いになれるらしい。②
◇ ◇ ◇
それはあたしが、パトリックと森を散歩していた時のことだった。
そう、森。あたしを追放した神殿がある、例の森だ。
もし生きているあたしの姿を神殿関係者に見られたら、シビリアーナの耳に入る可能性が高い。なのになぜこのような場所を歩いているのか。
それはあたしが今、この森の中で生活をしているから。
あたしが寝かされていた小屋は、神殿の近くにあったのだ。なんと同じ森の中!
あの小屋はタルタラ様の屋敷の離れで、屋敷を中心とする一帯が特別区域として、外部の者は立ち入れない仕様になっているのである。
「ほんと驚きだよねー。神殿の高額支援者ってのがタルタラ様だったなんて」
パトリックを見下ろしながら、あたしは鼻歌交じりに歩を進めた。
「しかもこんな所に住んでる理由っていうのが『近い方が加護を届けやすい』ってんだから。なんなのそれって感じ。『面倒は減らすのが普通だろう?』って言われたら、確かにそりゃそうだなって思うけどさ。祈祷の間で――神聖な部屋で、神妙に送った祈りの届く先がご近所さんって、シュールだよねえ」
「わぅっわぅっ」
パトリックがそわそわとした鳴き声で応える。あたしの言葉など上の空、といった感じだ。
「分かってるよパトリック。久々に走りたいんだよね」
あたしは右手に握った球を、パトリックに見せつけるように突き出した。
「わうっ、ばうっ」
ぱたぱたと尻尾が動く。
あまりにも分かりやすい反応に笑みをこぼして、前を向く。
「さーて、どの辺で遊ぼうかな」
この広い緑の絨毯。どこで遊ぼうと大差ない。
けれどもこれは儀式なのだ。より楽しそうな場所を選び、一緒に戯れる。そうしてずっとやってきた。あたしたちの大切な時間だから、適当には決められない。
堕天使ではなくネフェリアとして接したいから、念を使わないのはもちろんのこと、翼だって収めてる。
あたしは額に手をかざして、場所を選ぼうと目をすがめ――
「……ん?」
一度いぶかしんでから、凍りつく。
前方にある木々の隙間から、人影がのぞいていた。
やば!
可能性としては考えていた。立ち入り禁止令を破って侵入してくる者がいることは。
しかしここ数カ月、結局そういった事態に遭遇したことがなかったため、心の奥では大丈夫だろうと楽観的になっていた。気にするという建前だけは取り繕って、真剣に考えてはいなかった。
そのツケが大きな形でやってきたのだ。
人影は、あたしを殺した男たちだった。
今回はふたりだが、あの時と同じ服装、同じ装備でこちらに向かって歩いてきている。
まさか、もうあたしが生きてることバレてるの⁉
男たちがあたしを指さし叫ぶ。
「貴様はバナナ女⁉」
「バナナ女⁉ 生きてたのか⁉」
「黒神子っ! そこはせめて黒神子って言ってくんないかなバナナ投げたあたしも悪いんだけどさ!」
緊迫感も忘れてあたしは思わず突っ込んだ。
あいつらに残ったあたしの印象が『バナナ女』だったってことに、遺憾の意を禁じ得ない。
しかし今の男たちの反応……どう見ても、あたしが生きてて驚いたという感じだ。
あたしが狙いじゃなかったってこと?
両者それぞれ動揺し、先に判断し動いたのはさすがプロというか、男たちの方だった。
「生きていたというなら、また殺すまでだ!」
あたしの方は、実をいうと迷っていた。だって目の前にいるのは……
「やめておけ。主にはまだ早い」
思考だけでなく視界まで遮って、その人物は登場した。
「確かに主は力をつけつつある。だが精神の成長がそれに追いついておらん。半端な状態で復讐にのめり込むと、戻ってこられなくなるぞ」
「な、なんだ貴様はっ……⁉」
「今突然っ……!」
激しく動揺する男たち。
まあそうだろう。なんの脈絡もなく突然、あたしの前に妖艶な美女が姿を現したのだから。
「さてさて」
タルタラ様が口を開く。
あたしからは後ろ姿しか見えないし、あたしの力ではタルタラ様の思考など読めるはずもない。
だがタルタラ様の口調から、彼女が面白がるような笑みを浮かべていることくらいは想像がついた。
「ここは立ち入り禁止令が出ているだろうに、よくものこのこ足を踏み入れられたものじゃな。まあ大方、欲に目がくらんで高額支援者から金を奪おうとでも考えたのであろうが……実に愚かしい。さすが金のために、神子を殺す輩は違う」
「くそっ、面妖なっ……」
男のひとりが剣を構える。あたしを殺した剣だ……
「ほう、あの剣が」
「タルタラ様?」
いぶかしんで尋ねるも、タルタラ様は答えず。
男が咆哮を上げ、タルタラ様に斬りかかっていく。
が、
「頭が――高いっ!」
突きつけるように伸ばした指先を、タルタラ様はビッと地面に向けた。
それに合わせるようにして、男の身体が揺らぐ。
あー、あれか。あれ痛いんだよね……
経験者として顔をしかめた、次の瞬間。