3.あたしは復活したらしい。③
「ちょちょちょっと待ってくださいよ! なんで⁉ どーして⁉ なんであたしが堕天使なんですかっ! あたしめっちゃ頑張ったじゃないですか白神子として!」
衝撃的事実に、あたしは爪剝ぎの恐怖も忘れてタルタラ様へと詰め寄った。パトリックもあたしの横に回り込み「ばうばう!」と援護してくれている。
「覚えておらんか? 主は最期の最期に、黒神子シビリアーナへの恨みつらみを抱えて死んだ。その怨念により魂は堕ちて、堕天使へと転化したのじゃ」
いや、「のじゃ」って!
ちょっとだけじゃない! ちょっと恨んで死んだだけじゃない!
てか恨むでしょ普通殺されてんだから!
バナナを退職金代わりに追放されて殺されて、「わたくし死ぬのね。ありがとう人生……」とか言えってか⁉
そんなこと言えるわけないじゃん絶対無理じゃんマゾヒスティック限界突破じゃん!
大混乱のあたしに対して、タルタラ様はどこまでも冷静だった。もっともらしくうなずき、
「主は白神子だからな。清き者が堕ちるときは判定が厳しくなる。そういうものじゃろう? ほら。良い子ちゃんがちょっとモラルに反することをすれば、めちゃくちゃたたかれる。あれと同じじゃ」
「あれって言われましても! どんだけ人生ハードモードなんですかあたし!」
だったら『普段は言動悪いけど、たまに見せる優しさでメロメロにする』方向性で行きたかった! 雨の日に犬とか拾いたかった! ってそれがパトリックなんだけどさ!
わーきゃー叫びながら室内を歩き回っていると(パトリックが付かず離れず後を付いてきて、それに関しては非常に愛くるしくあった)、タルタラ様が哀れに思ったのか、アドバイスをしてくれた。
「とはいえまだ半転化の段階だからな。もしかしたらここから巻き返して、天使へと転化できるかもしれぬ」
「ほんとですか⁉」
「ああ。コツは善良なる想いじゃ」
「つまりはそれこそ良い子ちゃんってことですね!」
よしよし良い子ちゃん良い子ちゃん。
あたしは人生賛歌のために、転化前の思い出を振り返った。
◇ ◇ ◇
「ああ重い。苦しいわ、なんて重いのかしら」
「大丈夫? あたし持とっか? 大変だよね、古文書の整理って」
「助かりますわ。わたくし手足が細いものだから、ろくに筋肉もついてなくて。あなたのがっしりした体型が羨ましいですわ。体質の問題か、全然太れないんですの」
「ネフェリアさん。悪いけれど午後の清掃当番、代わってもらえなくて? なんだかわたくし熱っぽくて。ふう……」
「いいよ、お大事に」
「感謝ですわ。そういえば、あなたは全然体調を崩しませんのね」
「まああたし、身体は丈夫だから」
「確かに、唯一の長所ですものね」
「ああ忙しい忙しい」
「ぎゃおんっ⁉」
「ちょっとシビリアーナ! パトリックの尻尾踏んでる!」
「あらごめんなさい。あまりにみすぼらしいから、ただの綿ごみかと思って」
「……気をつけてね。あとパトリックはみすぼらしくないから」
「ええそうね。たぶん外見の問題じゃなく、内面の問題ね。動物を飼うなら、やはり出自がはっきりしたものでないと」
◇ ◇ ◇
「ちょおおおおおおおおおっむかつくんですけどっ! あたしの思い出に逐一割り込んでくるんですけど! ってかあの女のいいトコ全然出てこないよどこに落として生まれてきたのかな⁉」
両手をわきゃわきゃさせて吐き捨てると、背中がかっと熱くなった。
なにかが内側から、背中を突き破る感覚。不思議と痛くはない。むしろ新たに生まれ直したような、瞬発的な陶酔感があった。
「おお黒き翼! どうやら完全に転化したようじゃな」
「なっ⁉」
冗談じゃない! あたしは良い子あたしは良い子……
「諦めろ、もはや巻き返しは無理じゃ。主は立派な堕天使となった」
「あっのクソ女殺す絶対殺す孫の代までたたり殺してやるうぅぅぅぅっ!」
叫ぶあたしに反応するように、室内の花瓶やら食器やらがパリンパリンっと割れていく。
「堕天使化に伴い、負の感情に素直に反応するようになってきておるな。力の兆しも申し分ない。これはよい堕天使になるだろうて。わらわも主を拾ったかいがあったというものじゃ」
「許せない許せない許さないんだからあのボケカス陰険クズ女があああああ!」
満足げに口の端を上げるタルタラ様のそばで、あたしは地団駄踏んで叫び続けたのだった。
◇ ◇ ◇