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3.あたしは復活したらしい。②

 さっきまでは絶対に誰もいなかった。なのに今はひとりの女が、あたしが寝ていたベッドの上に腰掛けている。露出度の高い格好をしているが、長い黒髪が服のように身体(からだ)にまとわりついているため、実質的な露出は意外に少ない。


 あたしはパトリックの前に出るようにして立ち上がった。


「だ、誰よあんた!」


 ってか、今あたしの心を読んだ?


「ああ読んだ」


 とんでもないことをさらっと吐き出すと、女は組んでいた脚を組みかえ、にまりと笑った。


「我が名はタルタラ。ひれ伏し(かつ)(もく)するがいい」


 タルタラ? 堕天使と同じ名前とは、そりゃまた難儀な名前ね……シビリアーナみたいな女に、ねちねち絡まれそうな――

 と、タルタラはずびしっとこちらを指さし、


「ひれ伏し!」


 鋭く吐き出すと、導くように床を指し示した。


「ふぇ……?」


 あたしはそれをぽかんと見届け、


「――ってぅわきゃあぁ⁉」


 気づけば、すだんと地面に倒れ込んでいた。まるでなにかにたたきつけられたかのように。背後でパトリックが、驚いたように「わう⁉」と鳴いたのが聞こえた。


 タルタラが反動もつけない軽やかな一跳びで、あたしの眼前まで距離を詰めてくる。そしてあたしの髪を一房、乱暴につかんだ。


()っ……」

(かつ)(もく)するがいいっ!」


 髪を引っ張ってあたしの顔を強引に上向かせ、ぐいと顔を寄せてくる。

 タルタラという名前。不思議な力の数々。

 さすがのあたしも察していた。


「タルタラって……堕天使タルタラ様⁉ あなたが⁉ 翼もないのに⁉」

「ようやく気づいたか、愚か者めが。ちなみに翼は収納しておるだけじゃ。こんな室内で押っ広げていても邪魔なだけだろう。常識で考えろ」


 あたしの額を一押ししながら髪を離し、ふんと立ち上がるタルタラ……いや、タルタラ様。


「失礼な(むすめ)だ。愛犬を手当てし、(ぬし)には寝床も与えてやったというのに、感謝の言葉も出ないとはな」

「すいまっ……ありがっ……でもあたっ……死っ……なにがなんっ……」


 あたしはというと、タルタラ様に釣られて立ち上がったものの、いろんな感情や動揺が一挙に押し寄せて大混乱状態だ。それら全部がたったひとつの口を争奪した結果、とりとめのない言葉にしかならなかった。


 あーもう!

 あたしは頭を小突くと、取り急ぎ優先順位を決めて、一番気になっていることを改めて口にした。


「あたしが死んだって、どういうことですかっ?」

「どうもこうも(ぬし)は死んだ。この上もなくがっつり死んだ」

「でもあたしは現に――」

「今の(ぬし)は、(ぬし)であって(ぬし)ではない。転化の話、聞いておらんのか?」


 タルタラ様は腕を組み、あきれたように息をついた。


「転化……?」


 あたしは記憶を探った。

 そういえば()()の役目を受け入れる時、そんな話も聞いた気がする。確か()()は死後、その徳により、天界の存在へと転化して復活することがあるとかなんとか。死んだ後のことなんて興味ないから、すっかり忘れていた。


「……ってことはあたし、今天界人なんですか?」


 きょとんと自分の顔を指す。


「ああそうじゃ」


 そうなんだ……なんか突然過ぎて驚けない。

 ていうか転化って記憶引き継げるんだ。それって命一回分得してるってことで、結構大きな特典だったんだなあ……

 そしてふと思う。


 天使になったってことは、いつかあたしも未来の(しろ)()()に、加護を与えることになるかもしれないってことだよね?

 なんかそれって感慨深いなあ。先輩って感じで。


「いや、それは無理じゃろう」


 すかさず水を差してくるタルタラ様。

 思考に対して突っ込んでくるの、できればやめていただきたいんだけどな……


「なんじゃと? 貴様風情がわらわに命令するというのか?」


 ぎりっと眉をつり上げるタルタラ様を見て、あたしは慌てて両手を振った。


「あ、いや違います、すみません、とんでもないでございますだから爪剝がないでくださいお願いします」

「わらわは別に悪魔ではないのじゃが」

「ぞぞ存じております口が滑りましてすみませんっ。ところであたしに加護を与える役割が無理っていうのはどういうことでございましょーかっ」


 天界人を描いた有名絵画『堕天使タルタラの爪剝ぎ(ばん)(さん)(かい)』の絵面を思い出しながらまくし立てる。


「そんな猟奇的な会は催したことがないが、大ぼらを描いた不遜極まりない画家とそれを()のみにして震え上がっている(ぬし)のために、特別開催してやってもいいかなとは思っておる」


 タルタラ様は据えたまなざしを一度こちらに向けると、気を取り直すようにして言ってきた。


「ともかく、(ぬし)には(しろ)()()の加護は無理じゃ」

「なんでですか? あたしだって力をつければ――」

「そういう問題ではない」


 多少むきになって(はん)(ばく)するあたしの言葉を、タルタラ様はぴしゃりと遮った。


「じゃあどういう問題なんですか」

(ぬし)は堕天使だからして、(しろ)()()に加護は与えられぬ」


 ああなるほど、そういうこと。確かに堕天使は、(くろ)()()にしか加護が与えられない……え?


 …………え?

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