2.あたしは死ななきゃいけないらしい。②
「パトリックっ!」
気づけばあたしは立ち上がっていた。
「なんだ立てるじゃねえか」
「意味はないけどな」
「どっちでも構わん。殺すことに変わりはない」
その言葉を聞き終わるかどうかという境に、再び衝撃。
「っ……!」
悪夢のような痛みに視線を落とすと、脇腹に刺さった矢が見えた。
倒れそうになるのを、気力を総動員して踏みとどまる。剣を構えた男と目が合った。そんなあたしに与えられたのは――
「確かにな。これで死んだ」
腹部への、真正面からの一薙ぎ。
「……かはっ」
剣の切っ先を追うように、あたしの腹から赤いしぶきが舞う。そのさまを人ごとのように眺めながら、あたしは膝を突いた。
口から飛び出た血が地面を汚す。いや、すでにそこは腹から出た血で濡れていたから、今更汚すもないけれど。
「なんで……」
冗談のようにぼたぼた落ちる血を見つめながらつぶやくと、上から答えが降ってきた。
「恨むなら、かつて白神子様をいじめた己を恨むことだな」
血濡れの剣をぞんざいに拭う男を見上げ、泣きながら笑う。
「やっぱり……シビリアーナの、差し金なのね……」
「知る必要はないだろう。もう死ぬのだから」
その言葉を最後に、男はこちらに背を向けた。他ふたりと共に、歩きだす。
「三人もいらなかったな」
「黒神子の力は計り知れない。ただの小娘とはいえ、用心するに越したことはないだろう」
勝手を言いながら去っていく男たち。
しかし男たちの言う通り、死にゆくあたしにはもう関係ない。
気がかりなのはただひとつ。
「パトリック……」
朦朧とする意識の中、あたしは身体を傾けた。
うまく動かず倒れ込む。刺さったままの矢が地面に当たって角度を変え、激痛が走った。
「パトリック……」
うまく動かないなら、這いずってでも進むまでだ。
両腕と右脚を頼りに、ずりずりと動く。
あたしはいとしい家族の元へと向かった。
パトリックは少し離れた場所に倒れていた。純白の毛が赤く染まっている。
「パト……リック!」
少しずつ、少しずつ。あたしは泣きながら進んだ。
どんなに無様で惨めでも、地面を赤く染めようとも。少しでも近づきたくて、進んだ。
ようやく家族の元へたどり着くと、パトリックは弱々しい声を上げた。
「きゅうぅん……」
鼻面を、優しく寄せてくれる。まるでこちらの身を案じるかのように。自分の怪我はそっちのけで。
あたしはパトリックの獣毛に顔をうずめた。
「あんたはほんとに、優しいね……大好きだよ」
パトリックの傷は、致命傷なのか分からない。もしかしたら助かるかもしれない。そうであってほしい。
でもあたしは駄目だ。これで終わる。
あの女の……シビリアーナのせいで。
…………
……そんなの、許せるわけないじゃない。
ぽっと、怒りの炎がともった。
なんであたしたちが、こんな目に。
そりゃああたしはあの女の言う通り、白神子にしてはがさつな芋娘だ。清き心というには俗物が過ぎるし、だから神通力もあまり強くない。
それでもあたしなりに、誠実に頑張ってきたのに。
なのにどうして、あたしとパトリックがこんな目に遭うの?
痛い。苦しい。助けて。
なんであたしたちがこんな目に。
あんな女と関わったせいで……
あたしは間違ってた。世の中には、情けをかけちゃいけない人間がいる。
かけたら最後、とことんまで搾り取られる。そして最後は処分される。
……くそう。畜生。畜生っ!
シビリアーナ……許せない。許さない。
目に物見せてやる。
あたしが死のうが関係ない。絶対に殺し返してやる。
もはや、地獄のような痛みからの解放は望んではいなかった。
この痛みが続いている限りは呪い続けることができるのだと、あたしは喜んで苦しみに身を捧げた。
いつまでも。いつまでも。
息絶えるその時まで――
◇ ◇ ◇