5.あたしは役立たずらしい③
消えて――
消え――……てない?
「あ、あれ?」
あたしはきょとんを光を見つめた。
発光は見る見るうちに収まっていったが、タルタラ様はまだそこにいた。
しかも出血が止まっているどころか、傷痕や血の跡すらきれいさっぱり消えている。
「お?」
タルタラ様も目をぱちくりし、身を起こした。
「タルタラ様……なんか元気になってません?」
「確かに元気がみなぎってくる」
なにかを確かめるように、両手をにぎにぎするタルタラ様。
そして何度目かのにぎにぎの後、ばっと翼が飛び出した。
「ぅお⁉ つ、翼が勝手にっ……」
っ⁉ っていうか!
「タルタラ様! 翼っ! 翼の色っ!」
「ん?」
泡を食って指さすあたしに導かれるようにして、タルタラ様は翼へと目をやり、
「な、なんと⁉」
あたし同様驚愕の声を上げる。
漆黒であったタルタラ様の翼が、今は純白の翼に変わっている。
「天使に、なった……? どういうことじゃ……?」
あたしも答えを探すように辺りを見回し、
「パトリックだ!」
叫んでぱんと手をたたく。当のパトリックは驚いたように「わふっ⁉」と目を見開いた。
「きっと私の時と逆パターンなんですよ! パトリックのために命を落とした……つまりは善行による死だから、天使化してよみがえったんですよ。そうですよきっと!」
あたしは自分の仮説を夢中になって推した。
「確かにその可能性も……いやしかし、それはつまり赦されたということなのか……?」
顎に手を当てうなるタルタラ様を見て、ふと気がつく。
「そういえばタルタラ様って、どうして堕ちたんですか? 確か神子からの転化ではなく、元々天界人なんですよね?」
あたしはこれ幸いと、少々踏み込んだ質問をした。いやだってせっかくの機会だし、気になったなら知りたいもんね。
詮索は無用じゃ! とか言われるのかと思いきや、タルタラ様はあっさりと答えてくれた。顔をこちらに向けて、
「それがのう。数百年ほど前に、神の息子に言い寄ってこられたのじゃが」
「はい」
「これが救いようのない道楽息子でな。公衆の面前で醜態をさらすので、耐えかねずついビンタをお見舞いしたら……」
「したら?」
「頭からヅラが吹き飛んでな」
「ヅラ⁉」
「うむ。さすがのわらわも動じてしまってな。慌てて拾ったものの完全に混乱して、『お召し物を落としたぞ、こちらで装着していきますか、それともお持ち帰りか』って聞いたら堕とされた」
そらそーでしょうよ。
ってかタルタラ様には悪いけど、なんて間抜けな理由……
爪剝ぎの堕天使として名高いタルタラ様には、数多くの堕天化話が存在する。
天界人幾百人の爪を剝いだとか、天界革命のために神殺しを実行しようとしたとか。
それがよりにもよってそんなアホくさい……神殺しってよりハゲ殺しだし……
いやそもそも神の一族でもハゲるんだ。ハゲには勝てないんだ……しかも神の息子は駄目息子だし……
なんか期せずして、天界のいろいろ残念な事実を知ってしまったなあ……
「というかタルタラ様。そんな経緯で堕とされて、よく納得できましたね」
「元々天界独特の澄ました空気が苦手じゃったからな。別段ショックではなかった」
そんなもん? なんか……なんか……
「……あははっ、なんかタルタラ様らしいですね」
笑うと、ぽろっと涙がこぼれた。
「なんで泣くんじゃ」
「だってほっとして。うれしくて。タルタラ様が無事だったから」
「やめんか情けない」
そっぽを向いたタルタラ様の頰は、うっすらピンク色に染まっていた。
あはは、なんかかわいい。
しかもパトリックも真似してそっぽ向くもんだから、かわいさ倍増なんですけど。
あたしがひとり萌えていると、先に脱線から戻ったタルタラ様が顔をしかめた。
「しかしこれではもう、御使いとしての役割は果たせぬ。一週間もすればシビリアーナも、加護が得られぬことに不信の念を抱くであろう」
「いいじゃないですか」
「なにがじゃ?」
首をかしげるタルタラ様。
やっぱりそうなんだ。
さっきかわいいって思った時もそうだけど、どうやらタルタラ様は、今はあたしの心が読めないらしい。天使化したばかりだから、その影響なのかな?
以心伝心じゃなくなったことに多少物足りなさも感じつつ、あたしは指をぴっと立てた。
「まああたしにとっては、ですけどね。だってやっぱり、お世話になったタルタラ様に歯向かうような真似は気が引けますもん」
でもこれからは違う。それどころか、もっといい方へと風向きが変わった。
「なんじゃにやにやと。そんなに御使いの座が欲しかったのか?」
「んー……まあ今まではそうだったんですけど」
「だからつまりはなんなのじゃ。要点を言え」
あたしの考えを読めないのがもどかしいのだろう。タルタラ様がいらいらと口をとがらせる。そして楽しさを見いだしたのか、パトリックがタルタラ様を再び真似て、つんと鼻先を突き出す。
……かわいい。
気がそれそうになるのをなんとか抑え込み、窓際へと顔を向ける。
「つまりは、もっといいこと考えちゃったってことです」
窓のそば。意外にもまだ息のある男を見ながら、あたしはにんまり笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇




