1.あたしはもう要らないらしい。
◇ ◇ ◇
「……は?」
「あらあら、耳が遠いのかしら。まあもう齢十八ですものね。後は衰えていくだけかしら」
あたしと一歳しか違わないくせに、どの口がそれを言うか。
思うも、そんな不満を口に出している場合ではない。あたしは周りを見回した。
天使たちの加護を求めて祈る、神聖な祈祷の間。
その中心にいるあたしをずらっと取り巻いているのは神官たちだ。ただしその取り巻きは好意的な群がりではなく、ごみ虫を追い詰めようと包囲する者たちのそれだった。
そしてその取り巻きを率いるようにしてあたしの前に立っているのが、麗しき白神子シビリアーナ様だ。
彼女は優越感の絶頂にあるような笑みを浮かべ、つんと顎を上げた。ご自慢の金髪が艶やかにゆれる。
「ではネフェリアさん。あなたのためにもう一度言いますからね。よく聞いてくださいな」
「はあ」
あたしは困惑しながら、今度は足元に目を落とした。
ふわふわの白い獣毛――どこぞの金髪より、こっちの毛の方が絶対最高にして至高だね!――をもつ大型犬が、すりすりとあたしのすねに身を寄せている。この場において唯一のあたしの味方、最強にかわいい愛犬のパトリック。
「この世界を統べる神。神に仕える御使い。御使いに見いだされし神子。三層の加護を経て、ヒトは安寧を得てきました」
ほっそりとした指を見せびらかすように言ってるとこ悪いけど、知ってるから。
常識だから。そんで光の御使いである天使の加護を受ける白神子と、闇の御使いである堕天使の加護を受ける黒神子。両者の神通力を合わせて、このエスメラルダ神国は発展してきたんだよね。
うん、知ってる知ってる。だから早いとこ本題に入ってくれないかな。
「ですがわたくしはその徳の高さ故に、歴代でも稀にみる、強力な神通力を身につけました。そうなれば神に仕えるとはいえ、闇に携わる者に連なる薄汚い黒神子など不要……あ、気を悪くしないでくださいな。別にあなたが穢れてると言ってるわけじゃないんですのよ」
言ってんじゃん。
それに。
それにそれにそれに。
あたしはもう少しで口を突いて出そうになった言葉をのみ込み、心の中でそれを爆発させた。
黒神子は……黒神子はあんたの方じゃんっ!!!!
選別の儀で神子であることが分かった時、「堕天使の加護を受けるなんて、性格悪いと誤解されそうで嫌なの!」ってぴーぴーぴーぴー泣くもんだから、あたしが黒神子ってことにしてあげたんじゃないのよ。役割はふたりで担うから、表面上入れ替えてもバレないだろうってことで。
それを……言うに事欠いてあたしが薄汚いとな⁉
てか神通力が増大したってことは、要は堕天使に――聖なる悪魔と名高い堕天使様に気に入られたってことでしょ? その性格の悪さ故に。
類い稀な神通力って、あんたどんだけ邪悪なのさ! 歴代の黒神子もびっくりだよ! もういっそ魔王とか目指してみたらいーんじゃないかな!
やけくそに持ち上げていると、目の前のシビリアーナが舞踏会での挨拶のように、優雅な辞儀をひとつした。
「そういう訳でネフェリアさん。あなたはもう不要です。神子ではなくただの愚民です。この毛玉と一緒に出てってくださいまし」
「パトリックをそんなふうに言わないで!」
「あらごめんなさい。毛皮だったかしら」
ほほほと、口に手を当てるシビリアーナ。
こっの……いつもいっつもパトリックを馬鹿にして……!
「ほらほら、さっさと荷造りに入ってくださいまし。どうせしょぼくれた持ち物しかないでしょうから、準備なんてすぐ済むでしょう?」
あたしは窮して、改めて神官たちを見回した。
「み、みんなもシビリアーナと同じ考え?」
「……白神子様がそうおっしゃるのなら、我々は従うのみです」
多少後ろめたそうに言う神官に、
「もとより黒神子などは、仕方なく据えていたもの。必要なければ据える道理もなし」
と、これは反黒神子の派閥か。この時を待っていたとばかりに、目を陰湿な悦びに光らせている。
「……分かりました。黒神子の座を降ります」
あたしは観念した。よっぽど「今あんたらが担ぎ上げているのが黒神子だよ」と言ってやりたかったが、やめた。決して優しさではない。一度代わると決めた以上、自分なりに筋を通したいという意地だった。
それによくよく考えれば神子なんて、半ば強制されて務めていたようなものだ。そこまで固執するものでもない。
「でも当然――辞めるにあたって、なにがしかの保障はありますよね? 神子だのなんだの言われていきなり田舎から引っ張って来られて、散々こき使われてお払い箱なんて、洒落にもなりませんよ?」
淡々と述べると、神官たちが沸き上がった。
「な……神聖なる役割に、今更見返りを要求すると言うのか!」
「さすがは黒神子といったところだな! なんたる腹黒さ!」
「今まで衣食住を保障されてきただけでも僥倖だというのに、これ以上なにを望むのか!」
労働者の権利だよボケ。
てか、純度百パーセントの漆黒の腹なら、あんたらのすぐそばにあるじゃないですか。気づけよ。
「まあまあ皆さん。ネフェリアさんのおっしゃることにも一理ありますわ。それに白き神子としては、慈悲ある行いをいたしませんとね」
言ってシビリアーナ様は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇