悪夢 2
リーシアは重たく感じる体を起こそうとしたが、ユレアノに肩を押されたため、逆にまたベッドへ戻ってまった。
リーシアの額にユレアノの手が触れ、温かな光が体を包んだ。
光が消えたあと、ユレアノは眉を寄せていた。
「なぜリーシア様の熱は下げられないのでしょうか。
本当に悔しく思います」
ユレアノの病や毒を治せる治癒の力を持つ。
しかしその力はリーシアにだけはいつも効かなかった。
リーシアは度々熱を出して寝込むのに、そんな時にこそ役立つはずの能力が効かないのだ。
ユレアノはその事を悩みに思っていた。
「大丈夫ですから気に病まないで」
「無理なさらないで。
部屋に戻ったらリーシア様のお顔が真っ赤で、焦点も合っていなくて、呼び掛けても反応がなくて……
うなされていましたし」
どれだけ危なげだったかをユレアノは語った。
リーシアは困ったように微笑んで、大丈夫と繰り返した。
ユレアノは大丈夫なはずがないと思ったものの、今のリーシアは微熱がある以外の問題はなさそうで気が緩んだ。
「少し長かったからかしら」
リーシアの呟きにユレアノは首を傾げたが、直ぐに思い至ることがあって言葉を返した。
「今回の演技は長かったですものね。
練習に時間をかけましたし、エイゼン様が入ってきてしまいましたし……」
「そうですね」
「でも割って入られた場合の練習もしておいて、本当に良かったです。
――それにしても素敵な婚約者です」
「そうなの。
私には、勿体ないの。
ちゃんと悪い女と信じて貰えたでしょうか」
「そんな意味ではありませんわ。
もう、悪い振りはやめて仲良くされても良いのではないかと」
リーシアは微笑んで、首を横へ振った。
ユレアノは心配して、励まし慰めようとした。
しかし今のリーシアはエイゼンのことより別のことが気になっていた。
「ユレアノ様、カイ様と一緒に能力の練習をすることも有りますの?」
突然話が変わってユレアノはきょとんとした。
少しして小さく頷いた。
「まだですけど、予定としては有りますわ。
お互いの能力を練習しあうそうです。
私の力はいざと言う時に身を守れませんし、カイ様も治癒が使えた方が良いということで」
「どうして治癒からしなかったのかしら」
「どういうことでしょう?」
過去の事を話すような口振りをするリーシアを、ユレアノは不思議に思った。
しかも治癒の練習を後回しにすると知っているような言葉だった。
だが実際はユレアノは説明しなかったものの、治癒から始める話になっていて、リーシアは予定とも違う話をしている。
ユレアノはさらに困惑した。
リーシアはじっとユレアノを見つめており、その頬はまた赤く染まって朦朧としているようにみえた。
ユレアノは一つの可能性に思い至った。
「リーシア様、やはり熱で混乱しているのではないです?
今水を持って参りますね!
先に医師かしら。
えっと、何からすればっ!?」
ユレアノは狼狽えながら部屋を飛び出していった。
足音が遠ざかり少ししてから、リーシアは頭を押さえて小さく呻いた。
「ユレアノ、さま、は……?
また、わたし、いしきが……」
体が熱くてリーシアは首元を緩めた。
疲労感に任せて横になっていると、幾つかの足音が聞こえてきた。
ノックも無く扉が開いたが、リーシアは諌める気力もなかった。
「リーシア様!
大丈夫ですか!?」
「ほら、はしたないわよ。
いつもの熱でしょうからあなたは落ち着きなさい」
「でも」
聞こえてくるのはユレアノの声と、学園づきの医師の声だった。
リーシアがよくお世話になっている女性医師で、名字でローレッタ先生と皆で呼んでいる。
専門的な学と経験の要る職に女性が就けることは稀なため、リーシアと友人達は心から尊敬している。
半面、王の側妃を狙ったり、有力者の息子との結婚を夢みる少女達からは嗤われてもいた。
少年達も似たようなもので、女性でありながら、と敬う者と、女の癖に、と馬鹿にする者に別れた。
リーシアはうっすらと目蓋を開き、隣に立つ二人をみた。
「せんせい、ごめんなさい。
だいじょうぶ、なんです」
「ほらほら、あなたは無理しないの。
いつもの薬持ってきたから飲みなさい。
このまま少し眠った方がいいわ」
「はい……」
水差しで少し苦い薬をゆっくりと流し込まれ、リーシアは少しづつ飲んだ。
何かの特効薬ではなく、栄養満点の疲労回復薬である。
ローレッタもリーシアの体調不良に何が効くのか診断できなかった。
下手に効能のある薬を飲ませて副作用を警戒するより、体力を戻すことを選んだのだ。
そしてそれは上手くいっている。
リーシアは今すぐにでも動きたかったが、おとなしく横になった。
気にかかることが緊急ではないと知れたのと、体も辛かったからだ。
「ユレアノさま、おはなしが、あるの……」
「無理して話さないで」
「だいじなこと、だから、そばに……」
「おりますわ。
離れろと言われても、気が気でないですもの」
リーシアはほっとしてまぶたを閉じた。
これでユレアノのこれからの予定を少し延期できる。
急ぎではないが保険はかけておきたかったのだ。
リーシアは先程『視えた』ことを考えながら、今は休むことにした。