悪夢 1
一芝居終わってほのぼのしていたリーシアたち三人だが、のんびりしすぎたことに気付き次の予定へと動くことにした。
劇を続けるのでなく授業の準備のためだ。
異能であるユレアノとカイは特別授業があるため、リーシアと別れて、それぞれの講師もとい研究者の元へと向かった。
二人は一緒に授業を受ける事もあるが、性別も能力も違うため別々の担当がついている。
数少ない異能が二人も見つかり、しかも同年齢で同じ学校に通うことになった時には大騒ぎだった。
リーシアたちが入学する時の選別は厳しく、入学できる人数も二人が卒業するまでは制限されることとなった。
二人の周囲だけでなく、彼ら自身にも大きな制限がかけられている。
王族を第一に考える立場を要求されて、いつでも能力を活用出来るよう、王城に住むことになる。
貴族や国外の有力者の目に入る場所で働くため、礼儀作法や知識も要求される。
ユレアノは非常時に手が塞がっていないように、王城で簡単な雑用に就くと決まっている。
特別な任務がない限り王城から離れないため、相手の身分によっては友達でも会えるかわからない。
また婚姻すら王族の側妃や忠臣の妻になる以外は許可が降りないという。
一方カイは王家直属の騎士になると決められている。
能力を使う特訓以外にも、騎士に足りる能力をつけさせるために厳しい訓練が義務付けられている。
王族の側に近衛として仕えたり、少数の異能部隊として任務に赴くことにもなる。
ユレアノほど縛られないものの、王城から離れる場合は許可が要るのは同じだ。
例えば配偶者の身分は問われないが、相手への制約が高くなったりなどがある。
これは二人だから特別というわけでなく、異能者に対して昔から能力や性別に応じて制限がかけられている。
リーシアは去っていく二人の後ろ姿をぼんやりと見つめた。
ふとした時に二人の境遇を意識して、祈らずにはいられなかった
(ユレアノ様もカイ様も、幸せになれますように。
どうか彼らを縛る因習で不幸になりませぬように)
二人がリーシアを手伝うのは親しさが一番の理由だが、卒業後には出来ない無茶苦茶なことを楽しみたいという願いもあった。
リーシアは父の言葉を思い出していた。
『異能に生まれたものは幸せになることが厳しい』
リーシアは表情を隠すように下を向き、感情を振り払ってから顔をあげた。
(考えない。
深く、考えてはいけないのです。
落ち着いて)
リーシアは表情を取り繕って、寮の自室まで戻った。
寮は二人一部屋と決まっていて、ユレアノとの相部屋だ。
権力で無理矢理に決めたのではなく、信頼を集める穏健な家の一つから偶然に選ばれた。
学園にいる間だけの、家へ戻ったら二度と出来ない貴重で新鮮な体験だ。
交遊を広めること、共通した知識を持つこと、同年代の貴族の子女がどういう教育をされているか比較できること、そのほか色々なメリットがあり学園は運営されている。
リーシアが就学しているのは貴族御用達で一番ランクが高い学園だが、唯一ということはなく他にも幾つかの学園が存在している。
学園は貴族に必要ない酔狂だと嘲る派閥もあるが、学園出の貴族は横の繋がりを大事にする傾向が芽生え、権力や政権争いを抑える穏和さが現れ始めた。
政敵や協力者としてでなく、友人として付き合えないかという心の余裕が広がったのだ。
逆に悪友を見つけ、利権目的の繋がりを深めて、卒業後に真っ黒な世界へ足を踏み出すものもいる。
また表面上の仲良しこよしに慣れて、悪意による駆け引きに弱い子供たちが育つ部分もある。
学園には課題も多く、社会も少しづつ変わっていた。
リーシアは明るいメリットを享受できた側だった。
信頼できる友人を何人も作れた。
その中でも特に仲が良いのはユレアノだった。
リーシアはユレアノの笑顔を思いだすと胸が痛くなる。
考えまいとすればすれほど、縛られてしまう。
――ベッドに体を横たえて、別の事を考えようと努めた。
ο ο ο
ユレアノとカイと、他に二人の男性が立っている。
場所は広くて障害物がない屋外で、木で作られた的が幾つか用意されている。
的の後ろには大きな石の壁があり、近くには水の入ったバケツが並んでいる。
カイは真剣な顔で的に向かい、3人が後方で見守っていた。
カイが掛け声と共に腕を振るうと、幾つかの炎が生まれ、的に向かって矢のような速さで飛んでいった。
幾つかの的に当たり、割れて燃え上がり、外れたものは石壁にぶつかって消えた。
それを見ていた後ろの三人が何事かを話し合った。
カイとユレアノが交代し、壊れた的は新しいものに変えられた。
緊張した面持ちのユレアノは、怯えたように後ろにいるカイを何度も見てから、目を瞑って腕を振った。
3つほど小さな炎が生まれた。
しかしそれは的に向かうことなくその場に留まり、ユレアノの袖に燃え移った。
ユレアノは混乱し腕を振り回したが炎は消えなかった。
むしろ悲鳴に合わせて強く燃え上がり、すぐにユレアノを包み込んだ。
ユレアノは炎に焼かれて地面を転げ回った。
三人が上着で叩いたり、バケツの水で消そうとするが、収まる気配はなかった。
男性の一人がカイに何かを叫んだ。
カイは驚いた顔をしたが、すぐにユレアノに腕を伸ばした。
それまで消えなかったのが嘘のように一瞬で炎は消えたものの、ユレアノは燃えた制服から焼けただれた肌を見せていた。
カイは放心したように膝をつき、男性の一人は助けを呼びに駆け去り、もう一人は腕に水をかけ必死に冷やそうとしていた。
ユレアノはピクリとも動かなかった。
ο ο ο
「リーシア様?悪い夢ですか?
大丈夫です?」
「あ……」
体を揺さぶられて、リーシアは我に返った。
ユレアノが心配そうにリーシアを覗き込んでいた。