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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
優しい人
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体調不良の影響 1

 リーシアが寝込んでいる放課後、暗い顔をするユレアノに、カチュアは問いかけた。

 集まっているのはいつものメンバーだ。


「ユレちゃどうしたの?

 悩み事?」

「……リーシア様を、癒せないので」


 ユレアノは咄嗟に誤魔化した。

 以前から分かっている事で、今更深く沈みこむ事実ではない。


 リーシアを癒せないのはユレアノの責任ではない、以前のカチュアならそう励ましていた。

 しかし今はリーシアが異能持ちであり、まだ隠している事があると察している。

 体調を崩して寝込むのも異能に関わっているのだと疑っている。

 ユレアノはリーシア以外の病気や体調不良なら治せるのだ。

 これをきっかけにバレる事もあるのではとカチュアは懸念する。

 ユレアノに異能の使いすぎて熱を出した経験がないか聞きたかったものの、聞けばヒントを与えるようなものなので出来ない。


 言えないものは頭の端にやり、カチュアは目の前の友達の悩みに集中する事にした。


「それだけじゃないんでしょ?

 ほら言っちゃいなさい」


 ユレアノはちらりとカイとマロッドを見た。

 カチュアは逃げ場を塞いでいく。


「男どもは居ない方が良い?

 なら二人で聞くわ」

「いえ、そうじゃないんです。

 ただ……不安なだけなので、気のせいかもしれなくて」

「別に気のせいでも良いし。

 心配しすぎって笑ってやるよ」

「力になれる事があるなら話して欲しいな。

 言いづらいなら無理に言わなくて良いけれど」


 二人の言葉に背中を押されて、ユレアノは小さな声で話し始めた。


「実は、リーシア様が御実家に手紙を送られて」

「リィちゃはよく手紙を書いてるでしょ?」

「臥せているのに無理をしてはありませんでした。

 最近ずっと寝込んでいますし、もしかして、このまま学園を出るつもりなのではないかと……」


 ユレアノの不安は理論立てたものではなかったが、同時にあり得ない事でもなかった。


「御実家の方が体調も良いのだと思います。

 けれど、このまま学園を出てしまえば、卒業後にお付き合いを続けられなくなるかもと思うと……」


 ユレアノら異能者は王城へ召された後は、単独行動は許されず、交遊も制限される。

 学園で学ぶ間は外部との接触が自由に出来ないため、逆に学園内でのある程度の自由が許されている。

 学園外との交遊は監視されているし、交遊関係も担当機関にはしっかり把握されている。


 ヴィジット領はいずれ、養子になったリーシアの義弟が後を継ぐ。

 無事に引き継いだ後は現伯爵夫妻は田舎へ越す予定らしく、リーシアは新伯爵の義姉と言うより、元伯爵の娘の扱いとなる。

 リーシアが父母に着いていくとして、平民ではない豊かな暮らしは出来るが、貴族と認識されるかは微妙で、貴族の血縁辺りに落ち着くと予想できた。


 このままではリーシアとの卒業後の交遊は許可されないのではと言う不安がユレアノにはあった。

 卒業までに交遊を続けられるような進路を選んで貰えるように、ユレアノは頑張るつもりだった。

 リーシアは平民になると口にしたこともある。

 ユレアノにはリーシアが卒業後について無頓着に見えていた。


 カチュアは言葉を選ぶように、途切れがちに言った。


「リィに……直接聞いた訳じゃないよね?

 戻りたいって。

 急ぎで何か……連絡した方が良い何かが、あったんじゃないかしら」

「連絡した方が良い何か?」

「あ……もしかして私の件に気を遣ってくれたのかな」


 聞き手に回っていたマロッドが呟いた。

 カイが眉を寄せた。


「マロの件って?」

「言ってなかったかな?

 ヴィジット伯爵……リーシアさんのお父さんの下に置いて貰えないか口添えをお願いしたんだ。

 卒業後にお屋敷で補佐見習いに成れたら理想かな」


 ユレアノが青い顔で目を見開き、カイは目を吊り上げた。


「そんな……」

「お前、そうだったのかよっ!

 こそこそしないで言えよ!」

「何が??」


 二人の反応の意味が分からず、マロッドは首を傾げた。

 カチュアが良い音をたてて手を叩き空気を変えた。


「ほら勘違いしない。

 婚約とかじゃないから」

「あ?」

「まぁ……」


 カイは疑うように、ユレアノは安心したようにカチュアを見た。

 カチュアの言葉に一番驚いた顔を見せたのはマロッドだった。


「誤解されるとは思わなかったよ……

 説明不足でごめん」

「こちらこそすいません……てっきり」

「だってお前、結婚前提なら芝居するって言ってただろうが。

 リーシアも、相手が居なくなったし……」


 カイの言葉は尻すぼみになった。

 カチュアはカイに呆れたような視線を向けた。


「マロ君がそんなしたたかに手が早いはずないでしょ」

「カチュアさん、何だか誉められてないような?」

「半分しか誉めてないからね。

 それは置いといて。

 マロ君の件でも無いと思うわ。

 リィの調子が良くなったら私が聞いてみるね。

 多分あの子の事だから急に変な事が気になっただけよ。

 誰かを心配したとか」

「それは、ありそうですね……」


 当人抜きで話しても正解は得られないため、ユレアノはカチュアに任せて不安は一度忘れようと思った。

 思っても気持ちは簡単に変えられるものではないので、ユレアノは沈んでいた。


 四人は微妙な雰囲気を流すように話を変え、雑談に興じた。

 その内にユレアノがリーシアのお世話にと離れると、カチュアはマロッドにお願いをした。


「マロ君、ちょっとこのおバカと二人で話して良い?」

「内緒の話かな?」

「バカって言う奴に話はねぇよ」

「ここで私の話を聞いておかないともっとおバカになるわよ?」

「……お説教かな?

 私は退散するね」

「あ、おい」


 カイの引き留める声を背中に、マロッドはそそくさと去っていった。

 カイは身構えるようにカチュアに向き直った。


 カチュアの表情が意外に真剣で、カイは軽口を叩けなかった。

 ただ真面目な顔をしているのでなく、少しの苛立ちが滲んでいた。


「言葉遣いなら、言われなくても何とかするし」

「違うわよこのむっつり助平」


 突然の罵倒にカイはすぐ反応出来なかった。

 脈絡のない言葉が頭に染みるのに時間を要し、理解しても理由が分からなかった。


「いきなり何だよ。

 そんな事言われる理由ないぞ」

「あんた最近意識しすぎなのよ。

 チラチラ体見てるの知らないと思った?

 友情壊れるわよ」

「っ!」


 カイは顔を真っ赤にした。


 カイは今までカチュアに対して男友達に近い感覚を抱いているものの、今は同時に女の子だと意識してしまっている。

 口が悪くて男達にも気後れせず話しかけてくるため強く意識する事はないが、カチュアの曲線やふとした時に見せる雰囲気は、可愛いというより色気がある。


 ユレアノに対しても姉弟感覚のため強く意識する事はない。

 しかし目を引く可愛らしさと形の良い胸は男子生徒の人気の的だと知っている。

 聞き流して耳に入っていなかったそんな話が、カイの頭に残るようになってしまっていた。


 一方でリーシアの事は最初から『女の子』の枠で見ていた。

 性的な関心はなかったが、リーシアはユレアノ達のように俗な事にも詳しくなく、配慮がいる相手だと認識していた。

 出来るだけ乱暴な言葉遣いをきかせないように、粗雑な行動を向けないように。

 最初から女の子として見ていた上に、抱き上げてその感触さえ知っている。


 彼女らのどこにカイの目が行っているかはお察しだ。


 カイは明るみにされたくない事を指摘され、怒りとも恥ずかしさともつかないもので一杯になった。


「ユレとリィは気付いてないみたいだけど、目がヤラしくなってるわよ。

 特にリィを避けすぎ。

 それ本気なの?」

「……」

「お姫様抱っこの辺りからよね。

 あんた女なんて興味ありませんって感じだったのに」

「……」

「何とか言いなさいよ。

 何かあって喧嘩別れなんてしたくないのよ」


 カチュアの低められた声に、カイは何となくカチュアの気持ちを感じ取れた。

 からかいたいのでも、責めたいのでもない。

 相談にのろうとしてくれている。

 カイの心に余計なお世話だと反発する気持ちも沸いたが、カチュアの真剣な眼差しが突き刺さった。

 付き合いも短くないため、いつもは軽口を叩いてふざけあう間柄だが、カチュアが友達思いなのはよく分かっている。


 喧嘩別れしたくない、その言葉に感情より理性を強くした。

 カチュアが気付く程度には、自分の行動がおかしくなっていたのだと反省出来た。


「……本当は女相手に、言いたい事じゃないし。

 後でからかうなよ」

「笑い話に出来るようになったら笑い飛ばしてあげる」

「いらね。

 何か……柔らかかったんだよ。

 心配になるくらい軽いのに、その――」

「……」


 カイは気まずくて、恥ずかしさで顔も真っ赤になった。

 これ以上は言えずに口を閉ざした。

 男友達のような感覚があるためにまだカチュアにはここまで言えたが、ユレアノやリーシアには絶対に言える気がしなかった。

 そもそも今まで無関心だったのに、急に興味が沸いたなど恥ずかしくて、男友達らにも言えていなかった。

 カチュアにその気が全く見えず、一人の友達として向き合ってくれていることも背中を後押ししていた。


「言っとくけど、変な所は触ってないぞ!

 そもそも抱き上げろって言ったのお前らだろ。

 軽くて、柔らかくて――恥ずかしそうなのが、可愛く見えて。

 女ってこんなに違うんだなって思ったら、つい、その、好奇心が……その、気になるようになって。

 元々あいつは女の子って感じが強くて、友達だからだろうけど俺にも妙に距離近いし。

 好きとかじゃない。

 でも……誰かの物じゃなくなったんだって、思ったら、つい目が、見ちゃいそうで……」

「避けてたと」

「……」

「むっつり助平」

「他の野郎共よりはマシな方だ」

「でしょうね。

 でも無関心だった反動で興味が強いんでしょ。

 手近に可愛い女の子も揃ってるし?

 興味本意で手を出して女の子泣かせるんじゃないわよ。

 軽蔑するからね?」

「……」


 言っている内容は辛辣だが、カチュアは今まで通りの態度で、カイは何となくほっとした。

 いやらしい視線を向けてしまう罪悪感があり、信頼してくれる女友達らを裏切っていたような気持ちも抱えていた。

 欲自体を否定されなかった事で、受け入れて貰えたような安心感が沸いた。


「でも異能の嫁になれば、リィの未来は安定するわねぇ……」


 カチュアの呟きにカイは心臓が跳ねたように感じた。


「いや、リーシアを、嫁って……」

「リーシア様、でしょ。

 せめてリーシアさん。

 呼び名は気を付けないと出るわよ。

 女の私はともかくカイじゃ足を引っ張られた時に言い訳出来ないわ」

「……」


 カイはお前が言うなと言いたかったが、カチュアの化け猫が完璧なのは付き合いの中でもう知っている。

 一方でカイは言われても仕方ない程度に、必要な場面でのうっかりや抜けがある。


「リィは優良物件よ。

 おかしな行動はしてたけど、あれも相手の幸せを思う優しさからだし。

 家柄も良ければ勉強もしっかり抑えてる。

 何より平民を上からバカにしないし、異能への嫌悪もない」

「………………」

「この学校に通っているのは異能持ちの伴侶として認められるだけの立場の人ばかりよ?

 全くの平民相手だと詰め込む事が多すぎる。

 年齢が上がるほど勉強は難しく感じて自分も相手も辛いわよ。

 早めに探した方が良いし、最初から満たしているか土台が出来てる相手の方が楽。

 ……リーシアも全く知らない相手よりカイなら――」

「やめろよ」


 甘い誘いに聞こえて、カイはカチュアの言葉を遮った。

 以前に異能者の結婚について話した時に、ユレアノから訂正を受けた。

 その後でカイは勉強しなおし、再度覚えるのを放棄するほど厄介だとは理解している。

 伴侶に求められる事項も多い。

 相手が余程真剣に取り組むか、上からの命令でお膳立てがなければ、手続きすらひどく面倒で許可も降り辛い。


「俺から誰かに……告白する気はない。

 告白って言うか……好きになる気はない」

「ふぅん……」


 カチュアが訳知り顔で意味深に笑うのに苛々させられながら、カイは話を終わらせようとした。


「異能者は、難しいんだ。

 里帰りだって同伴者が居なければ許して貰えない。

 ガキの頃からのダチに会うのだって保護者同伴だぜ?

 知らない振りして隠れててはくれるけどさ。

 学園までだって家で暮らしてたけど、監視は付いてた。

 ……学園に入るのも、王城勤めも断れなかった」

「私達も家や政治に縛られるけど、カイ達よりはマシかもね。

 家出したり逆らったりしても殺される事はないんだから。

 城勤めや権力に興味がないと辛いわね」

「俺から誰かをこんなのにひきづりこみたいとは思わない。

 俺さぁ……」


 カイは言いかけた言葉を止めた。

 カチュアはカイが言いやすいように、あえてそっけなく、何でもないように促した。


「何よ」


 カイは苦笑した。

 それはいつものカイがあまり見せない、諦めを含んだ大人じみた笑みだった。


「こんな事言っても仕方ないけど、家の近くの店で働きたかったんだ」

「……」

「先が決まってるって分かる前だけどな。

 パン屋の店主がすげぇ良いおっさんで、たまに近所の腹すかせたガキどもに余ったって言ってパンくれてさ。

 うちの周りは満足に飯が食えない家が結構あってな。

 ……あんな風になりたいなぁって思ってた」


 しんみりとして、微かに笑うカイに、カチュアはかける言葉を迷った。


「同じ事は出来なくても似たような事は出来るんじゃない?

 あんた高給取り確定でしょ」


 カイはぽかんとカチュアを眺めた。


「そういやそうだな。

 付き合いで出費も激しいらしいけど。

 パン屋のおっさんも余裕があった訳じゃないらしいし。

 そうだな」


 明るく笑うカイはいつもの友達の顔をしていて、カチュアは知らず微笑んでいた。

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