劇の終わり 2
マロッドとカイは気をつかって先に部屋を出た。
二人からすればリーシアの体調確認と、出来れば演技を止めた方が良いのではという話がメインだったので、無理に残る必要もなかった。
落ち着いてきたリーシアは、マロッドが貸してくれたハンカチでそっと涙をぬぐった。
「リーシア様、なんと言えば良いか、あの……」
「おめでと!
頑張ったね」
おろおろとリーシアの背を撫でるユレアノに対して、カチュアは明るく祝いを述べた。
「ありがとう」
「おめでとう、ございます……?」
リーシアはにっこりと微笑んで礼を言い、ユレアノも戸惑いながら祝った。
リーシアはエイゼンを前にした時と同じように、気持ちをどうこうするのでなく、ただ『喜んでいる自分』を演じていた。
抑えたり誤魔化したりするのは難しかったが、演技だと思えば不思議と平気でいられた。
未来視をして調節、練習もしているので演技に余裕もあった。
ユレアノは解消するのにお祝いで良いのか、まだ決まったわけではないのに、等と色々な事を考えて動揺していた。
ユレアノにまだ恋心も芽吹いていないが、素直に祝えないのはエイゼンが素敵な異性だと認識しているからだった。
友達の婚約者だからと意識の外に置いてはいるが、もし違えば一目惚れをしていたくらい、異性として評価していた。
リーシアはユレアノにも微笑みかけて、ユレアノに向かってだけ語り始めた。
カチュアには顔を背ける形になるが、カチュアはもうこの時点で色々と気付いていることがあると、リーシアは知っている。
「このまま上手く行く気がするんです。
後はエイゼンに似合う方を見つけるだけですわ」
「似合う方……」
リーシアはユレアノに、エイゼンが将来結婚する誰かを今から見つける事を印象づけた。
エイゼンの隣からリーシアは消え、彼の妻は空席になったのだと、そこに誰かが座るのだと。
「優しくて、私とも仲良くしてくれるような方が良いです。
エイゼンと、友達としての付き合いを取り戻したいのです」
「友達に、です?」
「そう、昔のような、楽しく話をして、遊ぶだけの、そんな関係に。
旦那様だとか奥さまだとか、そんな未来を見据えた関係じゃなくて、友達に」
「旦那様……」
ユレアノが大きく目を見開いた。
リーシアは未来視の時は気づかなかったユレアノの反応に、リーシアは少しだけ気を引き締めた。
「だから、私の事を疑って焼き餅をやく奥さまでは困るのです。
折角友達に戻って、友達でいられないなんて哀しいですもの」
そんな事を口にしながらも、リーシアからエイゼンと会う気はなかった。
上手く解消できたとして、家に迷惑をかけないためにも、男女の親密さを疑われないためにも迂闊な事はできない。
そもそも貴族の教育にそって、二人とも、男らしく、女らしくと育てられた。
婚約者ならデートに出れば良いが、婚約者でない二人がどう遊べばいいのかも分からない。
何より未だに好きな相手なので会うのは辛い。
「友達の関係を疑わずに、私と友達のように接してくれる人が良いですね。
カチュア様やユレアノ様みたいな方が良いです。
勿論時間を置いて、邪推されないよう落ち着いてからですけどね」
「……」
「私はムリだわー。
エイゼン君、趣味じゃないんだよね」
「ふふ」
リーシアは微笑んだ。
頭の片隅にちゃんと笑えているかの不安はあるが、それを気にするより演じる事に集中していた。
二人が両思いになるまで、しっかりと騙さなければいけないのだ。
「おじさま、おばさまとエイゼンがおかしな方と親しくならないように見守るつもりです。
適度に時間を取りつつ、良い人を探しませんと」
「それはリィちゃんもよ」
「私、折角だからしばらく婚約は考えずに社会を見てみたいです」
リーシアはカチュアに笑みを向けて、思い出したように声をあげた。
「そういえば、ユレアノ様、この後お約束があるとお話ししてませんでした?」
「異能の訓練がありますが、まだ少し時間……」
ユレアノは言いながらも、早めに行った方が良い理由を思い出したようだ。
「カイ様に声をかけて行かなくて良いです?」
「そうですね……
もう遅刻はしないでしょうけれど」
カイは入学まで時計を見る習慣がなかった。
都や町には大時計があって三時間毎に鐘を鳴らすため、分刻みで動かない者たちは時計を家に置かない。
ユレアノはカイを誘ってから訓練場に行くのが半ば習慣になっていた。
リーシアは微笑んで言った。
「私が大丈夫な事もお伝えください。
見苦しいものを見せてしまって申し訳なかったと……」
「見苦しいだなんて!
心配で一杯でしたが、今あ思い返せば可愛らしかったです」
「……ありがとうございます?」
よくわからない慰められ方をして、リーシアは微笑みのまま誤魔化した。
ユレアノは気になるようで何度も振り返りながら部屋を出ていった。
リーシアはカチュアと二人になった。
ある意味ではここからが本番だった。