劇の終わり 1
リーシアをカイがお姫様だっこする芝居、その反省会は一週間たってから開かれた。
心配そうにリーシアの隣から離れないユレアノと、ユレアノに呆れ顔のカチュアとカイ、優しい顔でそれを見つめるマロッド。
リーシアはまず頭を下げた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。
もう今は大丈夫です」
「無理はなさらないでくださいね」
「辛くなったらすぐ言ってね。
反省会はまた集まればいいんだから」
謝罪にすぐユレアノとマロッドが労る言葉を返した。
カチュアとカイは心配そうではあるが、それを口には出さなかった。
カチュアからは女生徒の、マロッドからは男子生徒の反省と報告があった。
両者ともに演技が上手くなっていることが上げられた。
そしてエイゼンが追ってきた場合に備えていた、人の壁作戦と誤誘導の罠はどちらも必要なかったと言うことだった。
女生徒からは裏でカイが格好良いと噂になっているともあった。
少しばかりの強引さと力の強さが異性の好みの流行りに加わったという。
カイは気まずそうに聞いていた。
男子生徒にはカイがリーシアを抱えた後の、エイゼンの反応を見ていてもらっていた。
今までのような爽やかに受け流し、むしろ導こうとするような姿はそこには無かった。
呆然と、失意に満ちて立ち尽くしていたという。
男子生徒からは『これ以上はやりすぎではないか』との意見も出ている。
今まではエイゼンが余裕の笑みすら見せて平然としていたから出来ただけで、傷付き落ち込まれれば状況が変わってくる。
元々は愛想を尽かされるのが目的だったと言うこともあり、誰かの心に傷をつける事を具体的に考えていた者は少なかった。
遊びのように参加した者たちは、相手が傷付いたのを見て始めてその意味を考えた。
深く考えて手伝ってくれた者も、これ以上は当人同士でしっかり話し合った方が良いのではと身を引いた。
「ま、色々と仕方ないんじゃない?」
「簡単に言うなよ。
俺は見てなかったけどさ、本気が伝わったなら止めてもいいんじゃないか?
エイゼンって人も考えを変えるかもしれないし、様子見にして一旦終わりにしないか?」
四人の問うような視線がリーシアに集まった。
先を知っているリーシアの答えはもう決まっている。
「みなさま、ありがとうございました」
リーシアは四人を順に見た。
「しばらくは芝居をせず様子を見ようと思っています。
前回との間にどんな心境の変化があったのか、私にも分かりません」
ローレッタ医師と平民になろうかと話していたのを聞かれはしたが、それが原因かは分からない。
「ですが私の気持ちが伝わったように思えますし、もしそうなら、このまま婚約解消まで行けるように思えるんです。
本当にありがとうございました」
「本当に良いのです?
エイゼン様は、気持ちが優しくて知性的な、素敵な方です。
あんなに落ち込むほどリーシア様の事を……」
「はい。
良いんです」
リーシアははっきりとした声で、明るく肯定した。
「エイゼンは私を大事に思ってくれています。
私もエイゼンを大切に思っております。
だからこそ私は、互いの気持ちがすれ違ったままの結婚はしたくないのです。
エイゼンには、幸せになってほしいから」
リーシアはユレアノに微笑んだ。
どこか儚げで、慈愛に満ちた美しい笑みだった。
「まだ決まりでは無いけど、私は今とても安らかな気持ちです。
エイゼンの気持ちをようやく動かせたんです。
今までは何を言っても、どう説明しても、通じなかった」
リーシアは言いながら、これもエイゼンに対する不満として感じて良い事ではないかと気づいた。
訴えを全く本気にして貰えていなかったのだ。
事実リーシアはエイゼンを好きだったし、理由も言えなかった。
笑い飛ばされても仕方がない事ではあったが、しっかりとした話し合いの場すらなく婚約を続けていたのだ。
リーシアは可笑しくなって笑みをこぼした。
「ふふ」
愛する人が傷つき、友人達は心配と気苦労を抱え、自身は失恋した。
エイゼンは今は辛くても、幸せへの障害はこれでなくなったのだ。
未来には結婚しなければと後悔し、恋情を抑えつけて殺し、ルクレイスの気持ちを裏切り親友を無くすこともなく、リーシアへの罪悪感にうちひしがれたまま愛のない結婚生活をしなくても良くなる。
最善ではなかったかもしれないが、リーシアにはこれ以上はどうしようもなかった。
友人達に罪悪感を植え付けたのは申し訳ない。
一人一人礼を言って回り、助かった事、嬉しかった事、もう大丈夫な事を伝えていこうと考えていた。
リーシアに責任があるのだから、それをちゃんと伝えようと思った。
そして当のリーシアは、愛する人が自分との結婚を悔やみながら親友へ片想いする結婚生活を送らなくても良くなった。
カチュアの根回しでリーシアの評判にあまり傷はついていないのだが、それを知らないリーシアとしては、必要な犠牲だったと覚悟も諦めもついていて、問題はなかった。
「ふふふっ……」
「だ、大丈夫……?」
「なんだか、うれしくて……」
リーシアは笑いながら涙をこぼしていた。
未来を縛る鎖が1つ切れたのだと実感して気が緩んだのだ。
晴れやかだった。
未来はまだ幸せには遠いが、長く苦しめられてきた糸をようやくほどけた幸せは大きかった。
(こんな気持ちで泣いたのね、私)
話しながら自分が泣いていることは知っていたし、何となく未来の自分の感情は分かる。
けれど沸き上がって感じている現実は、少しは感じられるといえ、見ているだけの時とは違っている。
「本当に、ありがとう」
ユレアノが背を、カチュアが頭をあやすように撫でてくれた。
カイは泣き顔を見ないように背中を向けて、マロッドはハンカチをカチュアに渡してから背中を向けた。
リーシアはポロポロと涙をこぼし、その笑顔に陰りはなく幸せそうだった。
四人も心配というよりも、友の悩みが晴れた事を喜ぶ気持ちが大きかった。