親友 1
生徒達が行き交う廊下で、華やかな少女が質素な少年を突き飛ばした。
貴族や才能のある平民しか入学できない、名高い学園の中で起きた事だった。
二人はどちらもまだ若く、14・15歳といったところだ。
「平民がこの学園にいるなんて、本当に汚らわしいこと。
早く退学して下さるかしら」
「そんなこと、僕からは……」
「家柄だけでなく常識も足りないのね。
目障りだわ」
罵って見下す少女と、座りこんだまま弱々しく見上げる少年。
制服の新しさや、少しの装飾品、髪や肌の美しさで二人の身分差は明白だった。
ほとんどの学生たちは遠巻きに事態を眺めているか、無関心に通りすぎていくだけだった。
野次馬を選んだ学生たちは何かを話しているが、その小さな声は二人の耳には聞き取れなかった。
そんな中で、可愛らしい少女が少年を庇うように飛び出してきた。
「リーシア様、おやめください。
カイ様は異能を持つためにここに通っているのです。
本人の意志と関係なく、これは義務なのです。
それに高貴な家柄の方が、こんな差別的に暴力を奮うなんて――」
「あら、ユレアノ様は本当にお優しいのね。
そんな平民の屑に肩入れするなんて。
それともお二人が交際しているというのは本当かしら」
突き飛ばした少女、リーシアは高い笑い声をあげた。
間に入った少女、ユレアノは横に首を振った。
突き飛ばされた少年、カイは座ったまま弱々しく否定した。
「リーシア様、それはユレアノ様に失礼です。
僕は、そんな不相応なこと……」
「言葉を途中で止めるような無様なことはしないでくださる?
その耳障りな声を発するのをまずやめて欲しいのだけど。
それに『僕』ではなく『私』でしょうに」
リーシアは厳しくカイを否定した。
カイは俯いてなにも反論しなかった。
リーシアはまた口を開いたが、ある少年が制止に入る方が早かった。
「やめないか、リーシア。
見世物のようだ」
「あらエイゼン。
あなたも平民の肩を持つの?」
止めに入ったのはリーシアの婚約者であるエイゼンだった。
家柄もあり、成績も優秀であるエイゼンは居るだけでも注目を集める存在だ。
そんな少年が婚約者の起こした騒動を無表情に諌めた。
野次馬のざわめきが一瞬だけ止み、すぐにまた次のざわめきを生んだ。
「ヴィジット家は民を軽んじる教育をしているのか?
夫妻に聞いてみようか?」
「私は良い子ですのよ?
そんな冗談、お母様達に通じないわ」
リーシアとエイゼンはしばらく静かに見つめあっていた。
先に目をそらしたのはエイゼンだった。
廊下に座りっぱなしのカイに手を差しだして立ち上がらせた。
「私の婚約者が申し訳ないことをした。
何かあれば私を頼ってくれ」
「そんな勿体ない……」
「勿体無くなど無いよ。
もし気になるなら君の異能には価値があると考えてくれ。
親切でなく打算で近づいた相手になら頼っても勿体無くないだろう?」
エイゼンはそう言って口の端をつり上げた。
形だけでも笑みを作ったのは一瞬で、すぐに無表情に戻った。
野次馬をしていた令嬢達から甘い溜息が漏れたが、エイゼンは聞こえなかったようにリーシアへ視線を戻した。
「君とは話し合う時間が必要だな。
また連絡をする。
式を早める事も含めて色々話し合おう」
「お断りよ。
お説教する旦那様なんて願い下げだわ。
早めるなんてあり得ない。
それよりもまだ時間はあるのだから都合の良い相手に代えられてはいかが?
あなた好みの優しくて淑やかな女が良いのではなくて?」
見下すような傲慢な笑みは、いかにも意地が悪そうだった。
エイゼンは無表情のままリーシアを見つめ、言葉を返さず背を向けた。
リーシアは割れた野次馬たちの向こうを見て眉を寄せた。
見えない場所で数人の少年達がエイゼンを待っていた。
いわゆる仲良しグループでメンバーはとても濃い。
それは第三王子ルクレイスを筆頭にした名家の令息たちだった。
彼らは騒動に興味ないと言いたげに、リーシアを見ることもなく背を向けて歩き出した。
ただルクレイスだけはリーシアをちらりと見て、含みのある笑みを浮かべてから去っていった。