友愛 3
ユレアノは嬉しそうな、でもどこか申し訳なさそうな顔でペンダントを手に取った。
カチュアはそれを覗きこんで様々な角度から観察するように顔を動かした。
一方でカイは困ったように箱を眺めていて、手に取る気はなさそうだった。
そんなカイを横目に見ながらマロッドがペンダントの箱を引き寄せた。
「私が触れても大丈夫かな?」
「カイ様が良ければ」
「俺は貰わない。
友達にそんな借り作りたくない」
ユレアノがはっとしたようにリーシアを見た。
国が動くという言葉で押し流されていたが、リーシアが願い、リーシアの父が用意したものだ。
魔石は宝石のような美しさも輝きもないが、高価さでは肩を並べる。
「バカね。
あんたの気持ちなんか関係ないわよ」
カイとユレアノの背を押したのはリーシアではなかった。
「何で関係ないんだよ」
「国が動く予定があるって話きいてた?
これは友達への贈り物じゃないの。
学園だか軍だかの規則や、国の防衛的なものになるの」
「じゃぁ何でリーシアの家から貰うんだよ」
「リーシアのヴィジット家が動いたからよ。
音頭を取る人が動いて見せたってことね。
ヴィジット家はおそらく妥当でもあったんでしょう」
「妥当?」
「リーシアの家は表だって国全体の政治に関わってないし、貴族の中で爵位も上位じゃないわ。
けど領地は下手したら公爵領より富んでいるし、歴代で王の覚えの良い領地の1つでもある。
当代の伯爵様も他の貴族たちに好かれて、一目おかれている人でもあるの」
「知らねぇよ」
「王城では一般知識として要求されますよ」
カイは平民の自分には関係ないと言おうとしたが、王城勤めが強制で決まっているので学ばされている分野でもあった。
ユレアノは一応カイに釘をさした。
ただカチュアが言ったのは教えられる型にはまった説明ではなく、社交界での暗黙の知識だ。
リーシアは領地や父が誉められて頬を赤くした。
「お褒め頂いてありがとうございます」
「とにかく、『前途有望な異能者』に贈り物をするのに無難で妥当な人物ということよ。
あんたが有能かは分かんないけどね」
「一言多いんだよ」
「安っぽい人間が贈り始めたら、野心がどうとか、自分も賄賂を、とかでいがみ合いが始まった可能性があるってことよ。
ヴィジット伯様爵なら文句言えないからね。
ま、後は言い出しっぺだから、とか、娘の友達だから、とかもあるんだろうけど。
きっと話に聞く伯爵様なら、次の異能者にも不満もなく寄付してくれるんでしょうよ」
「はい。
もし予算が組めなさそうなら、ヴィジット領は今後将来の英雄たちのために寄付をさせてもらう、と父が」
カチュアは何か言おうと開けた口を閉じてリーシアを呆れたように見た。
その横でカイとユレアノは英雄という言葉に身を縮めていた。
異能者の中には功績をあげ英雄と呼ばれる者もいるが、そのほとんどは目立たず歴史に埋没していく。
特殊な能力を持つ者を前面に押し出しすぎると対外的に良くないし、手の内を晒しすぎても足元を掬われる。
見映えよく能力に優れた数人だけが矢面に立ち、それに選ばれるのも、英雄とまで賞賛されるのもかなり難しい。
「いくら貴族の義務といっても限度があるでしょ……
そういうことを平気でするからあんたの所は」
「貯まったお金は還元しなければ妬みや憎しみを産むだけだと父は申しておりましたが」
首を傾げるリーシアに、元商家のカチュアは頭を押さえた。
「そんなんでバカを見ることなく上手くいくのはリィの家くらいよ」
「そうなのです?」
「普通はすっからかんになって没落するわよ」
「そういえば家の方で魔石関連事業にも手を出してますので、皆様が考えるほどお金はかかっていないと思いますわ」
「ああぁ、そうだったわね。
リィが持ってるの、そうだものね……」
カチュアは疲れたように息をはいて机に肘をついて頬をのせた。
行儀が悪いのだがカチュアはきちんと切り替えられるので誰も何も言わなかった。
口を出す気が無くなった様子のカチュアを見て、マロッドがまとめた。
「貴族が国の繁栄ため、それと富めるものの義務として、訓練中の異能者に魔石を贈る制度を導入する案を出したということだね。
だからリーシアさんのお父さんなのは事実だけど、伯爵様は貴族として動いているんだ。
カイは伯爵様の命令や国の方針に背いて受け取りを拒否するの?」
「……腹立つなぁ」
カイはマロッドから勢いよくペンダントを奪い取った。
「ごめんなさい」
「謝るなよ。
物貰って謝られるなんて意味分かんねぇだろ。
俺は自分の小ささに腹が立ってんの。
だからリーシアは放っておいてくれ」
「くっさぁー」
カイがリーシアにフォローを入れつつ自身を宥めようとした言葉をカチュアが茶化した。
カイは一瞬、怒りでカチュアを睨みかけた。
しかしカチュアは暖かい眼差しで笑んでいて、カイは一気に毒気を抜かれた。