友愛 1
次の芝居はカチュアが提案した。
リーシアに交際する相手が出来て、諫められるも傲慢にはねのける、というものだ。
エイゼンを好いてはいないし、引き留める価値のない女と思わせる狙いだ。
「兄妹だと強調するか、そうでないと自覚するか。
どちらにせよ一歩進むには良いと思うのよね」
カチュアはエイゼンに『兄と見られている』と分からせるか、リーシアの方が『兄妹などでない異性だ』と自覚する、という意味を匂わせたつもりだった。
しかしリーシアにとっての現実とはちぐはぐで、リーシアにはよく理解できなかった。
平民のカイを苛めているという設定があるため、カイでは出来ないとリーシアは考えた。
しかしカチュアは一概にそうとも言えないと説明した。
「まず、気になるから苛めていたのよ。
リーシアはこれ以上苛められたくなければ下僕として一生を捧げろ、とカイを縛るの。
一方でカイは心の中でリーシアにもっと自分を束縛してほしいと願うようになっているの。
自分だけを見て、もっと命令してください。
良い子にするならご褒美に足をなめさ……」
「やめとけ。
分かりやすくマロッドにしとけ」
「あら、一部で流行りの嗜好と主従展開でしょ」
「お子さまには早いっつってんだよ!
しかも何か違うだろ!」
「まあカイは意味がお分かりなのね?
お子様ではないと」
「っ!!」
カイは頬を少し赤くしていた。
ユレアノは苦い顔で、生暖かく二人を見た。
リーシアはよく分からなくてマロッドと首を傾げあった。
「マロッド様と恋人の振りをするということかしら?
マロッド様の都合はよろしいのでしょうか」
「ううん……
難しそうだね」
「だからカイの方が良いんだって」
上手く演じきればマロッドはリーシアを婚約者から奪ったことになってしまう。
マロッドの家とエイゼンの家は揉めることになるだろうし、マロッドは責任をとってリーシアと婚約することになるだろう。
一方でカイは平民出というレッテルと異能者という特別待遇を利用できる。
お叱りを受けて再教育で手打ちにして、揉み消しも可能だ。
「私と最終的に結婚しても良いなら引き受けるけれど」
「マロッド様……」
「あらマロ君はまんざらでもない?」
カチュアの冷やかす言葉にマロッドもリーシアも困り顔になった。
マロッドはリーシアを見つめた。
「先に家族に話をつければ起きる問題には手を回してくれると思う。
けれどそれはリーシアさんと結婚する前提か、エイゼン君を悪者に仕立てないと仕組み辛いんじゃないかな。
リーシアさんのことは友達だと思ってるけど、いづれ知らない人を婚約者として連れてこられるなら、気の知れた友達と結婚した方が気楽かなと思うし」
「それは絶対にやめるべきですわ」
リーシアが珍しく厳しい口調でマロッドを否定した。
マロッドは戸惑うように謝った。
「ごめん。
リーシアさんを軽く見たわけではなくて……」
「そうではないのです。
友達と気軽に結婚なんて、お止めください」
「だめかな……?」
納得できなかったがマロッドは落ち込んだ。
こんなに強く否定されるとは考えていなかったからだ。
リーシアは首を横に振った。
「申し訳ありません。
友人関係から、という話も確かに耳にします。
けれどマロッド様には、その、向いていないと思いまして……」
「あー、分かる分かる。
こいつずーっと友達のままでいそう」
「まずいのかい?」
「お子さまか」
カイに罵られてマロッドは情けない顔で口を尖らせた。
「ならどうなれば良いのだい?
大切な異性に優しく紳士に接する、それは友達のままでも可能だろう」
「後で教えてやるから今は黙っとけ」
カイが引き継いでくれてリーシアはホッとした。
カイとリーシアの心配する点は同じではないが、友達と結婚という考えから離れるならそれで良いとも思った。
リーシアは以前、彼らの未来を見てしまった事がある。
その未来は変わってしまったため、もう訪れない未来でもある。
それはカチュアとマロッドが卒業後も交遊を続け、本当に今のような理由で結婚してしまう未来だった。
なぜ見えたのか、リーシアは未だに分からない。
勝手に見えるのは大体リーシア自身の未来に関わることが多いからだ。
最初は二人とも不満なく夫婦として上手く行く。
マロッドは優しく善人で能力自体も高いが、同時に頼りにならない男でもある。
男が主体の社会で夫が頼りにならないというのは妻としてはきつい。
マロッドは人当たりが良いため交遊関係は伸ばせるが、それを生かして何かを成すことがない。
与えられたことはしっかりこなすものの、自分から何かを始めることがなく、成果もパッとしない。
夫婦としても妻に望みがあれば叶えようとするが、逆に任せきりで主体性を見せない。
不満が溜まり次第に溝ができて友達にも戻れなくなる、といった未来だった。
マロッドの未来も少しづつ変化している。
カチュアと結婚する未来は見えなくなったが、上手く結婚できない、結婚生活に亀裂ができる未来は今も続いている。
マロッドが幸せな結婚生活を得るためには頼れる男になるのが一番の近道だ。
反面マロッドの良さは得難いもので、本人も変わることを望まないのではないか、とも思っていた。
ならば頼るより頼られたい、男性を支えたい女性と巡り会うのが彼の幸せなのかもしれない。
前に立つより後ろに立つ方が好きだと自身で言っているし、甘え上手でもある。
リーシア自身はといえば、頼り頼られ、愛し愛される関係に憧れている。
なのでマロッドは友達として好きだが結婚はしたくない。
そしてそれは愛が壊れる時にマロッドが妻から言われる事でもあった。
友達のまま終われば良かった、と。
まるでリーシアとエイゼンのようでもあった。