失恋 2
リーシアが話しづらそうにするので、カチュアもいつも深くは聞いてこない。
しかし今日はじっと見つめられていて、リーシアは居心地が悪くなっていった。
「ごめんなさい、私……
エイゼンと、添い遂げる未来が想像できないのです」
リーシアは答えながら、うっかり能力について気付かれないか不安にかられた。
強い不安で未来視が誘発されかけたものの、身構えていたので何とか抑え込むことが出来た。
「マリッジブルーみたいな?
それなら大丈夫じゃない?」
「違いますの。
婚約の話が出た時からずっと、私」
「え、それ何歳の時よ」
驚いた顔をしたのはカチュアだけではなかった。
よく分かっていないカイだけがいつも通りだった。
「六歳、七歳位だったかしら……?
ずっと解消できないかお願いはしているのだけど。
本気だと思ってもらえないみたいで」
「そうねぇ。
結婚が何かもよく分かってない年からってことよねぇ。
流されるのが嫌とか?
エイゼン君は嫌いじゃないでしょう?」
リーシアは好きだと答えかけたが、ユレアノもいるのだと口をつぐんだ。
ユレアノがエイゼンを好きな様子は今のところないが、少しでも好意を見せれば、好きになった時に足枷になってしまうだろうと思っていた。
「……嫌いではないの。
素敵な、大事な人です。
でも結婚したいと思えないの」
「うーん……」
カチュアは困ったように唸った。
「兄みたいなものって事か」
カイが閃いたように言った。
リーシアはひどく衝撃を受けて顔を強ばらせた。
カイは気づかずに話を続けた。
「俺この前帰った時に幼馴染みに告白されたんだよ。
こっちは妹みたいにしか思ってなかったから気まずくてさ。
異能持ちは自由に付き合えないだろ?
騎士団長か特殊部隊長?
どっちかの許可がいるっていったら、断るにしてもまともな嘘をつけって泣かれて困った」
「嘘ではなくても間違ってますよ。
どちらからの承認も必要ですし、王族からも承認が無いと駄目です。
その後は夫婦ともに王様の前で忠誠の誓いを立てて、もし子供に異能が現れた時は子供も国に捧げると宣言します。
あと平民との婚約の場合は伴侶に知識や礼儀作法、男性の場合は加えて戦技も教育されますし、見込みがなければ不可になります。
その前に身辺調査が入りますし、そんなに簡単では無いです」
ユレアノが注意するように細かく説明すると、カイは不満そうに眉を寄せた。
細かい規則まで知らなかったカチュアとマロッドは痛ましげに二人を見た。
「何にしたってよっぽどの相手がいなけりゃ勝手に決められるんだろ?
じゃなきゃ独身か。
覚える意味ねーもん。
面倒だし、もう一人でいいと思ってるからなぁ」
「それは……私もですけど……」
「何言ってんのよ。
学園に通ってるのは『よっぽどの相手』でしょうが。
20年後くらいに後悔するわよ。
婚約者が居る子でもあんたたちなら割り込めるはずよ。
揉めないように動いてくれる人も一杯いるでしょ。
今の内にいろんな子に唾つけときなさいよ」
「お前俺からみても下品だぞ」
カチュアとカイはそこから軽い罵りあいを始めたが、本気ではなくいつものじゃれあいだった。
ユレアノは微笑ましそうに二人を見ていたが、リーシアに話しかけようとして沈み込んでいることに気付いた。
「リーシア様、どうしました?」
「い、いえ、何でもないです。
……告白だなんて、物語みたいだと」
リーシアはとっさにごまかした。
友達が知らない所で告白されていた事も確かに驚いた。
結婚には家同士の関係性も重要で、会ってもない相手と婚約している人達も少なくはない。
同時に、時代の移り変わりで婚約者を持たない者も増えている。
学園内で恋愛しているのも見かけるが、リーシアにはどこか遠い世界に見えていた。
婚約者がいる現状に理性が働くし、その婚約者がリーシアには文句の付けられない素敵な異性なのだ。
彼以上に心動かされる相手はおらず、何より未来を考えると恋愛する気力が持てなかった。
――しかしリーシアは本当は恋愛について考えていたのでなく、カイの言葉がエイゼンの言葉に聞こえて硬直していた。
兄みたいなもの。
妹のようにしか思っていなかった。
その言葉は自分に対して異性への愛が育たないエイゼンの視線そのものに思えた。
(未来のエイゼンはユレアノ様には顔を赤らめたり、熱い眼差しを向ける事がある……
エイゼンはそれでも、離縁をせず私を大事にはしてくれるけど。
邪魔物でしかない私を、疎みはしないけど。
そう言う事なのね)
最初にエイゼンとの未来を見た時からずっと、リーシアは失恋し続けていた。
変わり行くどんな未来でも、エイゼンから異性への愛情を向けられることはなかった。
今リーシアは実際の時間軸で失恋した。