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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
運命の人
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未来 4

 リーシアが婚約破棄出来ない理由は単純だった。

 エイゼンとその両親が、リーシアの別れたいという言葉を信じておらず、少なくとも本心ではないと判断しているからだ。


 エイゼンは好意を確信をしているし、エイゼンの両親は理由があるか気の迷いだと考えている。

 リーシアの両親は影で何度も打診してくれているが、異能は隠さなければいけないため、強く出れないようだった。


 爵位や役職はリーシアの家の方が低いものの、領土は広く豊かで富んでいる。

 自治が大きく認められている領の一つで、領地運営は上手く回っている。

 ヴィジット家は代々社交的で、親しく他者と付き合う事が上手く、結果的に双方が利を得られるような厚い人脈を持っている。


 一方エイゼンの家は代々重職に就くものを量産しているため名誉として高い爵位を与えられているが、領地は狭くそこで得られる資産もそれほどではない。


 力関係で言えば実は両家は大して差がなく、むしろ人づきあいに優れたリーシアの家は味方が多い分だけ強いと言えた。

 それ以前に父同士が友人だ。

 この婚約に政治や階級の要素は薄いため、理由がもっと説明しやすいものなら解消でも破棄でもできていた。


 リーシアの父も何度か、友人になら娘の異能を話しても良いのではと悩んだことがあった。

 しかしリーシアは父の不安を敏感に感じとり、父が打ち明けた後の未来を視てしまうことになった。


 結果は一言で言えば悲惨だった。



ο ο ο



 父が宰相へ相談をした未来、それを最初に視たのは二人が婚約した一年後のことだった。



 話を聞いたエイゼンの父は、確認のためにリーシアに力を使うことを要求し、その力の有用性を確信する。

 エイゼンの父は宰相である。

 国や王族を大事に考え、話も上手い人物だ。

 リーシアも両親も彼に説得され、国の発展の役に立つべき、民衆を救うことに使うのが良いと意識を塗り替えられていく。


 そうなると、リーシアは婚約破棄どころか卒業と同時にエイゼンと結婚する。

 宰相は王へリーシアの力を報告し、異能を公表せず秘密裏に王家の管理下に置く。

 息子の嫁というのは色々と便利なのだろうと、成長したリーシアは理解出来るようになった。



 リーシアはエイゼンの妻の座で、ずっと国の未来を視続ける。

 酷いときには解決のため、一週間以上寝台から動けないような事件も起こる。

 災害などであれば長期の影響が考えられるため、更に長い時間未来と向き合う事になる。

 一度視れば終わりではなく、視て報告すればまた未来が変わるため、再度視直す必要がある。

 リーシアが視たものを国王が知れば大きく未来が変わるからだ。

 リーシアの言葉で国が動くため、一人、もしくは領内で完結していた時より大きく変化するようになる。


 新しい政策に取りかかる時は、何十年、数百年先まで見ることもざらにあった。

 重たく時間がかかるような案件ほど、未来が良いものになるまで見続けなければいけない。


 宰相に請われたからだけでなく、救えるのに救わないなら罪としてのしかかってくる。

 ――エイゼンと向き合いたくなくて、力を使う事で逃げている部分もある。


 エイゼンが別の女性に気持ちを奪われると、未来は確定している。

 リーシアがどれだけ頑張ろうともそこは変えられなかった。 


 夫に愛されない絶望と人の命を左右する責任感が混ざってリーシアはおかしくなっていく。

 助けられなかった後悔や自責の念も積み重なる。

 

 国の未来がかかっている重圧は、リーシアから時間と体力と気力を奪う。

 リーシアは寝台から起き上がれなくなり、子供ができるどころか営みもない夫婦生活を送る。

 夜の問題だけではなく、エイゼンとリーシアは夫婦らしい時間など持つことが出来ず、余裕が無く気持ちもなくなっていく。



ο ο ο


 

『夫婦ってなんだろうな』


 ぽつりと、エイゼンが呟いた。

 その頃のリーシアはエイゼンを夫と認識出来ず、自分を見張る宰相の息子でしかなかった。

 

『守れなくてごめん』


 諦めた声がリーシアの耳に届いた最後の言葉だった。

 リーシアは痩せ細って肌も髪もボロボロになっていた。

 エイゼンの瞳にもう愛情は欠片もなく、哀れみだけが浮かんでいた。


 結婚後、10年と少し過ぎた所だった。



ο ο ο



 最期まで視た幼い時分のリーシアは、体力を使い果たした。

 体力が戻っても泣くことに使われ、起き上がることも出来ずに三日間寝ていた。


 幼い子供に全ての意味は理解できなかったが、自分が若くして死ぬこと、泣いて悲しむ両親の姿は『嫌なこと』として感情で理解した。

 妻になってすぐの自分がエイゼンを避けながら、悲しく背中を見つめているのも見えていた。

 別の女性に心を奪われていく様子を隣で見つめる絶望があった。


 エイゼンはリーシアが死ぬまでずっと暗い顔をして、宰相との親子関係も壊れていく。

 宰相は暗い部屋で一人、机に臥せって何かを飲んでいるのが見えた。

 幼い頃はどういう事か分からなかったが、寂しくて良くない事なのは感じられた。

 成長したリーシアには宰相が罪悪感で酒に逃げていく姿だと理解できている。

 そうして彼は重職である仕事もやめて、体を壊して息を引き取る。

 エイゼンはリーシアが死んだ5年後くらいには再婚して、影を引きずりながらも幸せになれたようだった。



 エイゼンと自分はどう転んでもうまく行かないのだとリーシアが思うようになる未来のひとつだった。

 リーシアが見る未来で、エイゼンと幸せに暮らせる世界はどこにも無かった。



 一度先を知れば同じ末路を避けることはできる。

 だが宰相に知られた後を変えるより、知らせること自体を変える方が断然よく思えた。

 リーシアは父に見えたものを伝えて、決して明かさぬように説得した。

 けれど数年に一度、似たような違う悪夢をみて、その度に明かさぬように父を説得する事になった。



 リーシアに取ってはエイゼンの父に異能を知られるのは不幸の始まりでしかなく、また異能の話抜きに説得するのは困難だった。

 彼ら親子が気付いているように、リーシアはエイゼンを嫌っていない。

 むしろ素敵に成長していくエイゼンへの恋情を消せないまま募っていた。

 何度見ても、どういう未来でも、エイゼンと自分は上手く添い遂げられない。

 


 そしてそんな理由をローレッタに話すことなんて輪をかけて無理だった。

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