プロローグ
「どうしてあんなことをしたんだ」
「あなたが、あなたが私を見てくださらなくなったから……」
年は16歳ほど。
清楚な装いの若者二人が話をしていた。
二人とも派手さはなくも上品で貴族らしい優雅さがあった。
どちらも静かな口調だが、少年は怒りを、少女は悲しみを滲ませていた。
「君がそんな風に変わったからだよ」
「私のせいなの?」
「君の美しさと可憐さが好きだった。
見た目ではなく、中身だ。
もう話は通してある。
婚約は正式に解消された」
ο ο
「リーシア?」
リーシアははっと気がついた。
数秒間、立ったまま意識を飛ばしていたのだ。
リーシア・ヴィジットは親の知人宅で遊んでいた。
声をかけてきたのは目の前にいる1つ年上の少年だ。
正確には現宰相の次男で、今年7歳になるエイゼン・コーラスである。
両親と共にコーラス家を訪れて、庭で二人で遊んでいるところだった。
「どうしたんだ?
気分でも悪くなったのか?」
エイゼンの口調は優しげで幼さが残るもの、その年頃にしては大人びていた。
可愛がられつつもしっかりとした教育を受けているためだ。
コーラス家の子らは周囲から期待の眼差しを向けられ、それに応えるように成長していく。
エイゼンも正しく立派に育っていく最中の一人だ。
リーシアはエイゼンを見ながら首を横に降った。
「ううん、大丈夫です。
夜更かしして本を読んでたから。
あ、内緒ですよ!」
リーシアも大人びてはいるが、たまにみせる子供らしさが周囲の人間を惹き付けた。
言葉もたまに崩れるし、大きな声を出してはしゃぐこともある。
その幼さが良く似合う、優しく純粋な少女だった。
エイゼンはリーシアのは可愛らしい笑顔に頬をゆるめ、気遣う言葉を続けた。
「寝不足で疲れたのなら茶会の時間を早めようか?
早いけど準備させよう」
「お茶の時間を早めたら皆慌てちゃいますよ。
少し休んできます」
リーシアはにこにこと笑んで申し出を断った。
子供二人が遊んでいる間、大人達は大人だけで話をしていた。
それが終われば子供達と一緒にお茶会を始める予定だった。
親しい二家族のみの気を使わない茶会だが、子供が勝手に早めさせるわけにはいかない。
準備をする者たちが慌てるのは勿論、二人の両親たちも何があったのかと心配する。
そもそもエイゼンの言葉だけでは前倒し出来ない。
ヴィジット家は使用人や領民との距離が近く、指示が急に変わると関係各所――特に下の立場の者に負担が掛かることはリーシアでもよく知っていた。
「あ……そうだね。
リーシアは体が弱いんだし、休んだ方がいいね。
部屋まで一緒に行こう?」
「ありがとう!
えっと、ありがとうございます!」
抜けた言葉を言い直すリーシアに、エイゼンは寂しそうに微笑んだ。
もっと一緒に遊びたいのに、リーシアは自分と離れて休みに行ってしまうのだ。
しかも自分の言葉がきっかけで、上手くエスコートも出来なかった。
無理をさせてはいけないという理性が感情を抑えたが、子供の欲は我慢しきれるものではなかった。
エイゼンはリーシアを部屋へ送り侍女に預けたあと、両親たちの元へ戻ってあるお願いをした。
両家の大人たちは元々その話し合いをしていたため、エイゼンからの『お願い』に驚きながらも喜んだ。
半月後、リーシアとエイゼンの間で婚約が結ばれた。