王道を行く
もし小説を書いて、今置かれているこの状況を表現するとしたら、僕は何を書くだろうか。
教室の真ん中に二つ向かい合うように並べられた机を挟んで、二人が向かい合って座っている。
薄暗い小さな部屋のたった一つしかない窓から、夕日が差し込んできて、空気中にふわふわと埃が舞っているのが見える。
目の前の少女はずっと肩をあげたまま、目を不規則に動かす。
はあ、とため息をつく。
この状況を表すにはページいっぱいを真っ白にしてしまうのが良さそうだ。
ちなみにこの沈黙は1時間以上破られていない。
***
少し前
寸でのところで強豪野球部への加入を免れた僕は、高校生活最初で最後になるはずの部活動へ向かっていた。
部員も少ないだろし、適当に挨拶して、すぐに帰宅する。そして、二度と顔は出さない。
「遊戯部」のような名前の部活は、活動実態がないことが多い。
宣伝のあの手の抜き方を考えれば、熱意などもないことだろう。
一時はどうなることかと思ったが、やはり僕はツイている。
「基本的になんかうまく行っちゃうんだよね」
我ながらちょっとうざいことを呟きながら、階段を下っていく。踊り場に出ると1という数字が足元にあった。
「新入生オリエンテーション」によれば、遊戯部の部室は一階の階段の下にある。
階段を下りきって、すぐ左に向かって、また階段の方を向く。
更衣室と階段の間。肩身の狭そうな扉が一つ。すすけたプラスチックのプレートの上に、真新しい紙が貼られていて、その紙には「遊戯部」と印字されている。
黒ずんだ扉を見直して制服の下に着こんだカーディガンの袖を引っ張り、手のひらを覆ってからドアノブを回す。
開かれたその世界には、夕暮れで本を読むミステリアスな美少女も、どんなことも気になってしまう美少女もいない。
荷物置き場の真ん中に机と椅子が向かい合って並んでいるだけだった。
はじめは本を読みながら時間を潰していた僕だったけれど、30分くらい経って不思議に思い始めた。
集まりの時間はとっくに過ぎている。
新入生が僕だけということはまあ、あるとする。
だがなぜ、上級生が来ない。
小林の話によると、部員が0になった部活動は即時廃部となる。
いくら活動実態がない部であろうとも、今日くらいは、新入生の顔見せくらいは集まる。
だって、今日せっかく書いた「部活動登録書」を集めなくてはならないはずだ。
この書類は規定日に、毎年提出しなければならず、部ごとにその顧問に提出する。
とにかく、今日集まらないということはおかしい。
本を鞄にしまいどうしたものかと考える。
とりあえず、僕だけ書類を出して帰れば良いのだけれど、さすがに不安が残る。
しかし、自分がこんな意味のない時間を過ごしているのも、腹が立ってくる。
いいや、登録だけ出して帰ろ、そう思って立ち上がったときだった。
薄汚れた扉が突然こちらに迫ってくるみたいだった。
勢いよく開け放たれた扉から、髪の毛もぼさぼさの女子生徒が飛び込んできた。
息を切らしながら、遅れてすみませんみたいなことを言ったその子は、すごく必死な目をしていた。
僕は忘れていた。
ヒーローは遅れてやってくるなんて、王道があることを。
やっとヒロイン(ヒーロー)がやってきます