十四回目
男は恋をする度に成長する生き物なのです。
本日は晴天なり。爽やかな風がボクの頬を撫でる。気候は穏やか、しかしボクの心中は穏やかではない。冬の日本海の様に大荒れである。頭に白いタオルを巻き、軍手を着けた手には輝く程ピカピカのトング、逆の手には鈍く黒い火箸。周囲には数多の人間に憩いを提供する椅子と机、そして本日の主役である二台のBBQコンロ。さぁ、準備は整った。いつでも来い、とボクは河原で一人、沸々と湧き上がる闘争心三割と今すぐお家に帰りたい気持ち七割で佇んでいる。ボクが彼女を乗り越える為の戦いが始まる。
時はゴールデンウィーク。残業代がでない事を除いてホワイト企業の我が社はしっかりお休みが頂ける。社会人にとって砂漠の水の如く貴重であるこの時間を利用し、ある人物呼び出す口実としてBBQを開催したのである。決して体の細胞の1%にも満たないアウトドア細胞が突然暴走を起こし、脳をアウトドア化させてしまったとかではない。その呼び出すある人物とは大学時代の友人、よくつるんでいた二人の内の一人、ボクの女神サイトウさんである。しなやかですらりと伸びた手足、背中の真ん中程まである艶やかな黒髪、芯の強さが感じられる大きな眼、佇まいは凛としており、これほど大和撫子という言葉がマッチしている女性は他にいるのだろうか。いや、いない。大学時代ボクは何度もサイトウさんに告白し、玉砕してきた。しかし、ボクの恋心は留まることを知らない。成就するまでこの恋路を走り抜けてやる、と思っていた。だが悲しきことかな、大学卒業後すぐサイトウさんのサイトウは旧姓になってしまった。そう、結婚してしまったのである。結婚相手は僕もよく知る人間である。大学時代によくつるんでいた二人の内のもう一人の…
「おーい!おまたせー!」
河原に透き通る天使の美声が響く、サイトウさんがおいでなすった。心臓の鼓動がみじん切りと同レベルのビートは刻む。今日はどんな素敵なサイトウさんだろうと目をやると、紺のロングスカートにボーダー柄のTシャツとシンプル服装、長い髪の毛を頭の後ろで結い上げている。その可憐さには女神も裸足で100メートル9秒台を叩き出しながら逃げ出す。よく見ると、その頭には一本の紅い簪が刺さっていた。ドキリと胸が痛む。
「やぁ、久しぶり」
サイトウさんの隣にイケメンボイスを発する男が一人、そう、こいつがサイトウさんの結婚相手にしてボクの友人、ケイである。いつなんどき見ても相変わらずイケメンであるこの男は。
「もう準備できてるじゃん!もっと早く呼んでくれたら手伝ったのに。」
慈悲深いサイトウさん。
「ボクにかかればこれくらい朝飯前さ、サイトウさんの手を煩わせる程じゃないよ。」
この日のために猿でもわかるBBQ全三巻を熟読し、昨日ちゃんとリハーサルをしたかいがあった。案外アウトドアに向いているのかもしれない、性根以外は。
「おーい!買ってきたぞぉぉぉ!」
ビニール袋を両手に持った大男が野太い声で叫ぶ。彼は買い出し班の班長ゴンダくんである。ゴンダくんは大学時代にアメフト部で鍛えあげられた食への探究心を活かし、買い出し班を率いてもらった。ゴンダくんに続くように数人の班員達もそれぞれビニール袋やクーラーボックスも抱えて帰ってきた。よし、これでいつでも始められる。
その後続々と友人達が到着し、河原が大賑わいとなった。ちなみにこれらの友人は大学時代にサイトウさんとケイの人望によって繋がった友人達である。人気者で目立つ二人の傍にいると自然に顔が広くなった。
人数も集まったところで集団の中心に移動し、開会宣言を行う。
「ではこれより皆で学生に退化しよう!BBQ大会を開始します。」
うぉぉぉぉぉというアホ大学生並みのはしゃぎっぷりを見せる社会人達。ボクと肉の求道者ゴンダくんを中心に男性陣が火を起こし、女性陣を中心に手早く食材を切る。着火剤とバーナーという文明の利器に頼りながら炭に火をつけていると、やめろぉとか早まるなという声が聞こえる。騒ぎの中心には羽交い締めにされたサイトウさんの姿がある。きっとサイトウさんが調理に参加しようとしたのだろう。才色兼備のサイトウさんも人間であるため苦手なことがある、料理だ。彼女がカレーを作ればヘドロとなり、食材を切ればまな板の上が屠殺場のようになる。何が困るって本人は料理が好きなのである。悪気はない。そういうところもチャーミングなのだが、昼飯がかかっているので頑張って阻止してくれと心の中で友人にエールを送る。おおかた炭に火がつき、そろそろ焼き始めるかと思っているとケイが話しかけてきた。
「この前の披露宴、来てくれてありがとう。僕達のためにあんなに泣いてくれるとは思わなかったよ。僕達の両親の三倍くらいは泣いてたね。」
「そ…そりゃ二人のめでたい門出なんだからあたぼうよ…。」
ボクが決壊したダムみたいになっていたのはただサイトウさんの晴れ姿に感動していたというわけではない。その心情を一言で言うなら“なんでこうなった”である。実は何を隠そう、ケイとサイトウさんの恋のキューピットはボクなのである。サイトウさんに愛を伝えようと試行錯誤したが中々うまくいかず、そんな時よくケイに相談していたのだ。その際、何度もサイトウさんの素晴らしさをケイに語った。サイトウさん学の博士課程を修めた私の講演はケイの心に突き刺さり、次第にケイがサイトウさんに心惹かれていくという事態に…。ボクのサイトウさんへの深い愛情が仇となり、素晴らしいアシストをかましてしまったのだ。やってらんないよね。
「お肉焼けてきたわよー!」
仕方がなく肉の焼け具合を目視する係に落ち着いたサイトウさんが告げる。
「アルコールも冷え切っているぜぇぇぇ。」
ゴンダくんはアルコール類がパンパンに詰まったクーラーボックスを持ってきた。そうこうしている内に宴の始まりである。
平日の昼間から酒を飲みながら肉を喰らう背徳感がたまらない。堕落しきった顔面で肉を食べていると3人の男がボクの所に寄ってきた。
「そろそろはじめるか…、最後の会合を…。」
そう口火を切ったのは元バンドマンのサナダくんである。他はチャラ男のジンナイくんとゴンダくんである。何を隠そう我々四人は武闘派過激組織「サイトウさん守り隊」のメンバーである。これは大学時代、日夜サイトウさんを不逞の輩からお守りするため、サイトウさんについて熱く論議するために作られた組織である。因みにケイも入隊させていたが、結婚した現在は永久欠番扱いである。
「俺達の長い戦いもこれで終わるんだな…。クラブよりエキサイティングな隊の活動も…。」
クラブに例えたらチャラいという概念に疑問は残るが、ジンナイくんの言う通りだ。サイトウさんを守ってくれる人間がいる今、我々は無用の長物だ。しかも相手はあのケイである。思い残すことは何もない。
「しかし、俺らはアイドルを追いかけるファンみたいなものだったからまだよかったものの、本当に幾度となく告白したお前はケイのこと嫉妬…、それどころか恨んでもおかしくないと思うのだが、実際どうなんだ?」
ゴンダくんが私に問う。
「悔しい気持ちはもちろんあるが、全く恨んでなどいない。皆もそうだと思うが、ボクはケイのこと気に入っているからな。」
そう、ケイのことを嫌いになるはずもない。なんてたってサイトウさんが好きな男なのだから。惚れた男の弱みというか、ボクはサイトウさんの好きな物を何でも好きになった。サイトウさんが好きな音楽も聴いた、好きな本も読んだ。素敵なサイトウさんが好きになった男なのだから、ケイも素敵な男に違いない。彼女のおかげで好きな物が随分増えた。好きな物を増やすのが手っ取り早く幸せに成る方法だと思う。
「お前はデカイ男になったよ。十二回にも及ぶ告白の中でお前は成長し続けた。俺はお前がケイと並ぶ程のロックな男だと思っている。」
熱いロック魂を持つサナダくんはいつも熱い。ただ、間違いがある。ボクがサイトウさんに告白した回数は全部で十三回だ。その十三回目を知るのはボクとサイトウさんだけだが。そもそもの事の始まり、サイトウさんを好きになったのは大学一年生に遡る。
ボクらは大学時代同じ旅行サークルに入っていた。旅行先の宿で夜中に皆でトランプでもしようかという話になり、酒も入っていたせいか思いのほか盛り上がった。罰ゲームをつけようと誰かが言いだし、負けた奴は顔に落書きされるという子供じみたものだ。善戦虚しくボクもとうとう負けてしまい、皆に面白おかしく好き勝手に落書きされまくった。深夜ということもあってよくわからないツボにハマり周りは大爆笑。サイトウさんも半分泣きながら笑っていた。でも自分ではどういう風になっているかわからないのでそのテンションについていけずあたふたしていると、サイトウさんがこう言った。
「自分では見えないもんね、ごめんごめん。鏡も無いしどうしよ…、そうだ!」
突然サイトウさんは身をボクの方に乗り出し、ボクの視界にサイトウさんの大きな瞳が広がる。
「私の目に映ってるでしょ?見える?」
申し訳ないが、ボクはそれどころじゃなかった。眼前の黒い瞳はさながら大宇宙のように広がっており、ただひたすらに惹かれた。その時ボクは彼女に恋を、いや、愛した。なんでこんな事で急に愛するのかと思う人もいるかもしれないが、愛する事に理由は無いのだ。顔が可愛いとか、胸が大きいとかそういう好みはあるかもしれないが、それはその人でなくてはならない理由にはならない。だってそんな好みは代わりのきくものだから。理屈ではなくボクは女に魅せられたのだ。そしてこれがボクの戦いの始まりでもあったのだ。
そうしてボクは何回も告白を繰り返した。ボクのような心の弱い人間が何故こんなにも告白を繰り返す事ができたのか、それはサイトウさんがちゃんとボクに応えてくれるからだ。
何度目のことか、ボクはサイトウさんに告白し、フラれ、その後今回の告白を振り返り反省するのがいつもの流れだ。その時は夕方の河原で蹲って反省していた。すると後ろから声をかけられた。
「どんまいどんまい、こういう事もあるさ。」
反省会の参加者はボクと…サイトウさん本人である。棒付きの飴を咥えながらニカッと笑っていた。彼女はボクをフッた後に相談にのってくれる。ボクを時に慰め、時に叱咤激励した。何故そんなことしてくれるのか、好きでもない男にどうしてそこまでするのか問うた。彼女は夕陽と同じくらい優しい笑顔答えた。
「知ってる?愛された人は愛してくれた人に報いるだけの生き方をしなければいけないの。私ができる事はキミにとってこれがただ悲しいだけの恋に終わらないようにする事。」
そう言って彼女は咥えていた棒付きの飴をボクの口に押し込んだ。ちょっと歯に当たって痛かった。
「はいご褒美。辛くなったら思い出しなさい、この飴の甘さを。自分の頑張りを。」
そう言い残し彼女は去っていった。彼女は決してもう告白してくるなとは言わない。その優しさが辛い時もある。それでもボクは続けたのだ、いつか彼女に見合う男になると自分に言い聞かせて。しかし、ある時終わりを告げられた。
ボクは知ったのだ。ケイがサイトウさんに告白した事。サイトウさんがそれに答えた事を。いつもなら入念に準備して赴く告白も今日ばかりは何も考えず、綺麗に包装された小袋を一つ持ち彼女のもとに向かった。サークルの溜まり場に行くと友人がサイトウなら家に帰ったと言う、視界の端にケイがいた気がしたが、今は無視。彼女の家に着くと考え無しにインターホンを押す。名前を名乗るとすぐにドアを開けてくれた。ショートパンツにパーカーというラフな格好で迎えてくれた。部屋着もまた良い。長い黒髪は結ばず下ろしている。
「サイトウさん…、ケイに告白されたって本当ですか。」
彼女は驚いた表情を作ると、すぐに少し悲しそうな微笑みを浮かべ答えた。
「えぇ、そうよ。」
「ケイと付き合うんですか。」
「…えぇ、そうよ。」
なんで彼女はそんなに悲しそうな顔するのか、めでたいことではないか。あ、そうか。ボクが悲しい顔をしているからか。どこまでも優しい人だ。ボクは出来うる限りの最大の笑顔を作って小袋を差し出す。
「サイトウさん、ちょっと早いですけど誕生日プレゼント持ってきました。開けてみてください。」
「えっ…うん、ありがと。」
小袋から取り出したのは紅色の簪だ。彼女の絹のように柔らかな黒髪が映える簪。これを選んだ時に周囲からドン引きされた。付き合ってもいないのにアクセサリー、しかも、簪という難易度が高く使い辛いアイテムをプレゼントするなんて、と。でも、これでいいのだ。彼女の両親の次に彼女に詳しい自負のある私が選んだ簪、きっと似合うに違いない。決して自分のフェチズムだけで決めたわけではない。断じて。
「わぁ!すごい綺麗!ありがとう!流石キミはセンスあるね。早速つけてみるから上がって上がって。」
そういって彼女はボクを部屋に迎えいれた。信頼されているのは嬉しいが、こんな複雑な状況にいる男を入れるのは防犯上どうかと思う。勿論ボクは守る側の人間であるため不逞など絶対しない。部屋に入った瞬間彼女の素敵なフレグランスにクラクラしかけたが必死に耐えた。鋼の意思で。
「ちょっと待っててね。」
彼女は机の上に鏡を取り出し、髪の毛を結始めた。手馴れた所作でみるみる黒髪がまとまっていく。紅色の簪が髪に刺さる。
「どう?似合うでしょ」
ランウェイのモデルの様にその場でくるっと一回転してみせた彼女は可憐そのものだった。その美しさに部屋着姿であることを忘れてしまった。黒髪の中に光る紅色が少女の様な可愛さを、白いうなじは大人の艶やかさを持っていた。まるで最初から彼女の髪を飾ること想定して作られたような、それくらい似合っている。
とても素敵です、惚れ直しました。付き合って下さい。」
これがボクの十三回目の告白である。告白の方法は彼女の夜空の様に美しい瞳を見つめながらただただ告白するというもの。この告白は負けることを前提とした戦いだ。ボクの気持ちを整理させるためだけの行い。
「今日はシンプルな告白なのね、私好きよ、そういうの。残念だけど、私付き合っている人がいるの、ごめんなさいね。」
いつもそうだ。何回目の告白であっても、ちゃんと申し訳なさそうにボクをフッてくれる。
「知ってます。言いたかっただけですから、気にしないで下さい。」
「そういうわけにもいかないでしょ?折角勇気出して告白してくれたんだから。今日も反省会をしましょう!」
というわけで恒例の反省会が始まった。この機会に怖くて聞けなかったことを聞いてみることにした。
「先生、質問いいですか。」
「よろしい、なんでも聞きなさい。」
彼女はそこに無い眼鏡をクイクイあげる。
「先生は何で告白を受け続けたのですか、好きでないならもう告白してくるなと言えばよかったのでは?」
「答えましょう。私には告白を受諾するか断るかの選択権はあります、しかし、告白するかしないかの選択権はキミにあります。権利を尊重したまでの話です。」
「先生、二つ目の質問です。ボクの告白を受諾する可能性はありましたか?」
「答えましょう。私はキミの告白に揺らいだ事が無いかと言われれば嘘になります。しかし、違和感がありました。その違和感はあなたの好意に対して湧き出た私の感情は好意ではなく尊敬の念だったのです。一人の男というよりは、一人の人間としての好意でした。ただ覚えておいて欲しいのは、あなたを信用も信頼もしております。これからも親しい友でいていただきたい。」
「では、最後の質問です。ケイの告白を受諾した理由は?」
「答えましょう。私はケイの声に惚れました。声質だけの話ではありません、綺麗な言葉遣いに、しっかり音に感情をのせて喋るあの話し方が心地よかったのです。特に私に告白した時の話し方は絶妙でした。本来言葉は気持ちの全てを伝えることはできません、言葉が感情を超える事は無いのです。しかし、あの時の告白はただの言葉以上の何かがあり、心に響きました。私はこの声を聴きながら死にたいとさえ思いました。女の愛は最終的には本能とか直感なのです。」
「わかりました、これにて閉会します。ありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。」
ボクの十三回目の告白と反省会は幕を閉じた。ボクはこの日からサイトウさんの事が少しだけ苦手になった。何故かというと愛情や好意というコミュニケーションしかとってこなかっただけに、どういうふうに接したらいいかわからなくなったのだ。そのまま微妙な空気をこっちが一方的に纏ったまま大学を卒業して今に至る。このままではいかんと思い、この状況を打破するためにBBQを開催したのだ。
うーん、反応はイマイチ…かな?話すきっかけを作るために敢えて紅色の簪を刺してきたんだけど、チラチラ簪を見るだけで発展しない。私はビール片手に思案する。私の事を嫌いになったわけではないと思う、ただ彼の私へのコミュニケーション能力が女子に慣れていない中学生くらいまで落ちている気がする。当時の惜しげもなく下心、もとい恋心を顕にしながら話しかけてくるのもある意味すごかったけど。あの十三回目の日から二人の関係性が変化してしまい、人としての間が定まらないのだ。人間って難しい。ふと旦那に目をやると、酔っ払ってぐでんぐでんになっていた。先程男性陣から羨ましいぞとか、幸せ者めなど罵られながらかなりの酒を飲まされていたようだ。嬉しい洗礼なので放っておこう。BBQの盛り上がりは酒の力で最高潮となっていた。楽器を持ってきた数人が演奏し始め、それに合わせて歌えや踊れのドンチャン騒ぎだ。本日のお目当ての彼を捜すと盛り上がりの中心から少し離れた所に佇んでいた。小手先の方法は私向きではない、女は度胸だ。私は淑女には似合わない大股で彼のもとに向かった。
うーん、幸せ者だなぁ。素敵なお嫁さんをもらって、親しい友人がこんな楽しいBBQに招いてくれて。もう何本酒を飲まされたかわからないが、こんな幸せ酔いは大歓迎だ。そういえば妻がBBQに行く直前に彼にどう思われているか心配だと言っていたが、その心配は無用だと思う。彼は無類のサイトウ好きなのである。無類という事は、妻であるサイトウも無論好きなのだ。本当の好きという気持ちはそういうものなのだと彼に教わった。身体中の血液が酒になったんじゃないかってくらい酒を浴びた僕はここで限界を迎え、意識を手放した。
うーん、どうしたもんか。社会への鬱憤を晴らすが如く乱れまくっている友人達を少し離れた所で見守りながら、自分の身を守っている。サイトウさんに何て話しかけたらいいかわからない、いつからというと十三回目の時から。サイトウさんとケイの事を思うとこのままフェードアウトした方がよいのか…。でも、あの時サイトウさんは親しい友でいてくれと言った。それが本心なのか、よくある告白を断る時の常套句なのかはわからない。ボクがサイトウさんに出来る事は傍にいることではない、傍にいる事だけが全てではない。思いを伝える決心はだいたいできた。ボクはサイトウさんを捜すべくあたりを見渡すと、そこには大股でズンズン迫ってくる彼女がいた。
「ちょっと話したい事があるの、いいかしら。」
「ボクも話したかった。」
笑顔だが、真剣な目でボクを見つめる。ちょっと怖いよサイトウさん。
「私から話してもいい?」
「遠慮なくどうぞ。」
サイトウさんは一度俯いて、一つ深呼吸をする。もう一度ボクに向き直ると顔を真っ赤にしながらこう言った。
「好きです!友達になって下さい!」
「…へ?」
「い…言えたぁ…、私告白するのって初めてなのよね。すごい緊張するね、これ。いつもすごく頑張ってたんだねキミは。」
「あの…どういう…?」
「告白が愛の告白とは限らないでしょ?心から友人になって欲しい、これが私の気持ち。キミはどう応えてくれるのかな?」
友人になるための告白、人によってはこれが非情な宣告に聞こえるかもしれないが、ボクはそうとは思わない。むしろ愛の告白よりも純粋な誠意だと思う。それに対してボクは最初から用意していた言葉を放つ。
「ボクはあなたを愛している。あなたの旦那のことは愛してはいないけど嫌いじゃない。だから、ボクはあなた達二人にとって一番の第三者になる。なので、こちらこそよろしくお願いします。」
これが十四回目の告白。
「なら、私の告白は成功ってことね!」
サイトウさんは照れを隠すような悪戯っぽい笑顔でそう言った。
これで三角関係の頂点の一つになれる、それが他の頂点と遠い場所にあったとしても。ボクが望む距離間、ボクに相応しい距離間。これは決して悲しい失恋ではない。ボクにとってこの恋愛は成就しているのだ。恋人関係になるのが正解だなんて多分決まってない。不格好な形でも満足している、だって好きなのだから仕方がない。
年をとるごとに純粋な恋愛って難しくなる。ついつい条件で恋愛してしまうね。