入部試験
和室の扉に手をかけた瞬間。引き戸が縦に吹き飛んだ。
「・・え?」
引き戸と共に吹き飛んだ焼け焦げたそれが着ている制服と胸についたスカーフの色(緑色)から辛うじてそれが僕と同じ一年生であることが分かる。先週採寸したばかりであろう新しい制服はところどころ破れているそんなズタボロの男たちが将棋の駒と共に散らばっていた。
将棋の駒は血にまみれて点々と和室の中に続いていてさっきまであったのであろう惨状を表している。
「全く・・土足で将棋場に入ろうとした挙句先輩に対する礼儀もなっとらんとは・・。話にならんわ」
そしてその先の将棋盤の前にこの部屋の中にで唯一倒れるどころか傷一つついていない、明らかに人相が悪い坊主の男が立っていた。スカーフの色を見るに二年生の先輩なのだろう・・
「あの・・今日ここで異次元将棋部の体験入部をやってると聞いたのですが」
明らかに体験入部の範疇を超えてる気がする・・何人か臨死体験してるよねこれ・・
僕の声を聞いた先輩はこちらを一瞥し口を開く
「また増えたか・・一応説明しておく。
俺は駒雪高校二年異次元の将棋部の香川 乱だ。この部活はIH出場を目標にして日々練習に励んでいる。軽い気持ちでここにいるなら今から荷物をまとめて帰ってくれ。・・・そしてそれ以外のやる気のある諸君も今から入部試験を受けてもらう。」
と、将棋盤を直し駒を並べる。しかしその並べ方は一般的なそれとは異なっていた。
「これは・・?」
「入部試験の合格条件はいたって簡単。俺に勝つことだ。といっても平場でやるわけじゃねぇ。俺の方は10枚落ち(飛角金銀桂香を抜いて対局すること)だ。
これで俺に勝てないようならこの部活に入ることは諦めてもらう。
・・高い山の頂上を目指すためには荷物は軽い方がいい。」
そう言う香川先輩は将棋盤の前に座りこちらを見据える。
「まぁこの将棋をやるのが初めてって奴もいるだろうから負けても後五日・・金曜日まで待ってやる。
さぁそこで転がってるやつと同じ姿になりたいなら今すぐ駒を執れ。安心しな。こっちは技も使わねぇ。駒の錬度だけで戦ってやる。
・・まぁ手加減をするつもりもないし、怪我しないとは言い切れないがな。それが怖いならさっさと帰りな。」
と言い軽く歩兵を振る。するとどこからともなく風が発生し香川先輩を包み込む。
・・・ここでこの先輩を倒さなきゃ先に進めないなら。倒すしかない。と心では思っているのだが身体が動かない。
この部活に入るために、つまり勝つために集中しなきゃならないのは分かっているんだけど。どうしても死屍累々の他の一年生が目に入ってくる・・。
「・・怖気ついたか。まぁそれも仕方ねぇ。今日だけでも10人余りの命知らずが挑みそして敗れていったんだ。これを見てまだ挑もうとするやつのほうが頭おかしいよな。」
と、香川先輩は腕を下した。
「悪かったな。名も知らぬ新入生。この先会うことはないだろうが・・もし心変わりして異次元将棋部を志したくなった時には・・」
「いつまで向かいあって話しとんねん。次がおるんやからはよしてくれや。」
と、そんな不躾な挨拶で扉を開け放った金髪の少年は緑色のスカーフを翻し、ずかずかと部屋の中に入り込んでくる。
「いやー・・銀のやつに呼ばれたから来てみたけどあいつおらんやんけ・・多分話もいってるわけではないんやろううな・・まぁ10枚落ちでそこの坊主先輩倒せばええんやろ?」
と言って駒を握り一振り。彼の背中に揺蕩う炎の幻影が見えた。
「一年の 天保 金吾炎使うのが得意やな。ここで負けたらうるさいやつもおるし、よろしく頼むで」
幻影の炎は燃え盛り。こちらまでその肌を焼くような熱が伝わってくる。
「先手はもらうで?ほな・・燃え盛れ!炎のk・・」
「あーいいよいいよ。そんな巨大な炎を使えるんなら大丈夫だろ。君は合格だよ」
「盛り上がっとったのに、とことん空気読めへん先輩やなぁ・・規則っぽいし、ちょっとでもやっとかんでええの?」
「正直10枚落ちでその炎とやりあったらこの後のテストに支障が出ると思っただけだ。・・しかもお前それで全力ってわけでもないんだろ?」
「あー・・ばれとった?」
と言い炎を一層激しく魅せつけるように舞わせてから収める。
その一連の動作はとても美しくそして綺麗だった。
「んじゃー明日からここで部活できるんかな?そういえば他の先輩は?」
「他のメンバーは今週中は他校で練習試合してるから一年生が部活に参加できるのは土日からだな。・・いや、君さえよければ明日からでも練習試合に参加してもらうが?」
「あーじゃあそうしとくわ。場所とかは自分で調べるから気にせんとって
・・・そこの・・緑やから同級生か?・・・・・あー順番勝手に飛ばして悪かったな・・。」
と言ってばつが悪そうに将棋盤までの道を開けてくれる。
「あの・・いや・・僕は・・」
「大方この感じ見てびびってもうたんやろーけどな・・」
と言って目くばせしつつこちらに近付いてくる。
「・・・よー考えてみ?俺らは一応まだ正式な部員じゃないからよほどのことじゃない限り怪我させられへんやろ?責任問題やで?だからまぁ怪我しない程度にはきちんと手を抜いてくれると思うわ。それと・・みんな練習試合に行ってるのにこの人だけ残されてるってことは、あの人この部活の中じゃそんなに強くないで。」
「あー・・そんな考え方もあるんですね・・でもまぁたしかに・・」
「というか、この部屋の惨状を見てまだ逃げ出してないってことはよっぽど将棋やりたかったか、びびりかのどちらかやろ?まぁ顔見る限りどっちもってこともありそうやけど
・・ここでやらんで帰ったら一生後悔すんで記念受験って感じで一回当たって砕けてみ?」
と言った感じで笑いかけてくれる金吾くん。
震えもいつの間にか止まっていた。
「・・そうですね。やってみます。」
「よし、いい返事や。あと多分同じ学年やろ?敬語使わんでいいで。まぁがんばってなーー」
「はい・・・じゃなかった、うん。ありがと。精一杯やってみるよ。」
まずは一度深呼吸。先輩をしっかり両目に入れこう言った。
「明進 歩一年生です。初心者ですけども・・頑張ります。よろしくお願いします!」