第2話「全員、屋上に集合」
覗き見していた男と剣志の視線が合っても、男は恥もせずジロジロと剣志を見たままで、予鈴とともに去って行った。どうやら真面目らしい。
不気味な体験をした剣志は顔を青ざめさせる。
「俺……大会の時より緊張してんだけど……ほら、手汗」
「わかるわ……あれは気持ち悪い」
剣志と翔はそれぞれそう感想を述べた。
その後、教師がやってきて翔は自分の席に戻っていった。
今日はオリエンテーションが主だ。今後行われる様々な行事の日程や授業の予定が説明され、午後は在校生による新入生の歓迎会が講堂で行われた。歓迎会といっても部活紹介がほとんどで、関係のない剣志と翔は退屈なことこの上なかった。当然、自分が所属している部活には興味を示したが、知っている先輩の哀れなピエロ姿を見て笑うぐらいだった。
剣志ははじめ気楽にそうした部活紹介を楽しんでいたのだが、しかし、自分を見てくる視線に気が付いた。それは二人の女と一人の男からで、朝から絡んできた迷惑三人だった。
遠い位置からよくこちらを見つけられたもので、三人はそれぞれじっとこちらを見てくる。
剣志はいちいち構うのも面倒で、終始無視した。
歓迎会は特に問題も起こらず順調に進み、最後に生徒会長が出てきて、「素晴らしい高校生活を過ごしてください」という言葉で締められた。
そのあとは学科ごとに順番に退出するのだが、剣志はこっそりと我先にと会場を抜け出したのだった。
そしてなんだかんだと放課後。
剣志は気が重かった。
『放課後に屋上で待ってるから』と言われたのが二人から。
このまま無視して帰ってもいいのだが、家に押しかけられるのは御免だ。
剣志は諦めて屋上へと向かうべく荷物を詰めた鞄を肩に下げ、教室を出ようとした。
そのあとを追ってくるのが、翔。
「なぁなぁ、どこ行くんだよ。オレも一緒に行ってもいいか!」
「別にいいけど。ちなみに行先は屋上」
「あっ、そこで待ち合わせなのか? 誰とだっけ?」
「だから、電波女二人と」
「分かってるよ。じゃなくて、名前は?」
「あー、名前ね。『七星ローザ』と『源撫子』って子」
「七星? ……どっかで聞いたことがある名前だなー」
「ここの学園の名前思い出してみろ。理事長の娘だってよ。本人がそう言ってた」
「わーお! 理事長の娘もだいぶ電波娘なんだな」
「金持ちは残念な頭しか持ち合わせていないんじゃないか? 七星ってのが、俺の住所を調べたらしくって、屋上に来なかったら家に押しかけるって脅してきてさ」
「なーる。いやでもそうしたら、おまえ、上手くいけば逆玉じゃん! もういいじゃん。付き合っちゃえよっ」
「そういうの興味無し」
「あっそ。……ま、それもそうか。おまえって、昔から一途だからなぁ」
「ほっとけ」
剣志は振り返り、後方にいる翔にぶっきらぼうに告げた。
すると、剣志の視界に見覚えのある影が入り込んだ。
それは今朝、教室のドアから覗き込んできた不審人物者である男で、モデルのyuriであり――
「翔、出来るだけ早歩きで行くぞ」
「なんでさ」
「いた」
「いた? なにが?」
「奴だ。今朝の奴が来た」
「……おいおい……マジでストーカー化してんじゃねぇの?」
「笑えなくなってきたわ」
と、二人は出来るだけ足早に廊下を行き、屋上へと向かう。
そして屋上へと向かうドアにたどり着いたのだが、剣志がそのドアを開こうとすると鍵が掛かっていた。
「あれ?」
「なんだ、開かないのか?」
「ああ。そりゃあそうだよな。普通、屋上には鍵が掛かってるわな」
「でも、二人は屋上を指定したんだろ?」
「そうなんだよなあ」
「……もしかして、ここじゃないんじゃないか?」
「は?」
「ほら、一応ここって、第一から第五校舎まであるだろ? だから、この第三校舎の屋上じゃないところを指定したのかもしれないぞ?」
「あー、そうか。でもそうすると、どこだ?」
「それで、一つ思ったんだが、さっきの歓迎会の部活紹介で園芸部がなんて言ってたか覚えてるか?」
「いや、覚えてない」
「俺は覚えてた。園芸部の部長がモロ好みだったから、ガン見してた」
「あ、そう」
「それはとりあえず、置いといて。その部長が言ってたんだよ。――『活動は毎日、第一校舎屋上にある温室で行います』って」
翔のその言葉に、剣志は納得した。
二人は第一校舎の屋上へと向かう。その際もやはり背後から男に付けられていたが、あえて二人はそれを無視した。触らぬ神になんとやら、だ。
そうして二人は無事に屋上へと辿り着く。
第一校舎の屋上は第三校舎の屋上と違い、扉が開け放たれていた。ドアも、明るいクリーム色だ。
外へと出れば、屋上全体はドームのように金具で囲われ、まるで大きな鳥かごのようであった。その中央にガラス製の温室があった。随分とおしゃれなそれは目を引くが、金がかかっているのは見てわかる。万が一にでも壊したら大事になりそうだと、二人はなるべく離れるようにして歩いた。
そしてきょろきょろと待ち人を探すが、まだ来ていないようで、二人の他屋上には誰もいなかった。
仕方なく二人は雑談を交えながら屋上の風に吹かれて人を待った。
そしてしばらくして、一人がやってきた。
まずはじめにやって来たのは髪がセミロングの少女だった。剣志は消去法から、彼女が源撫子で間違いがないと確信した。
おっとりとした風貌で、清楚な感じを受ける。セミロングをハーフアップにしているから余計だろう。中身が残念でなければ彼氏の五人ぐらいはいても不思議ではないほどの実に女性らしい容貌だった。
そのあとすぐに入ってきたのは男だった。
モデルのyuri。男性モデルだが、中世的な顔立ちと細身の体形から女装することが多く、最近では口紅のCMが話題となった。
そして朝からストーカーをしてきた男である。
二人は剣志の姿を認め、明らかに頬を染めて嬉しそうにしていたが、それと同時にお互いが気になるようで、怪訝な表情をぶつけ合っていた。
軽い硬直状態となっているのを眺めていると、最後にやって来たのは、金髪ポニテの七星ローザだった。
これで電波トリオは集結したわけである。
ローザは屋上に入ると、やはり剣志の顔を見て頬を染めてにこりと微笑んだ。
そして他の人間なんてものはこの世に存在しないがごとく一切合切無視し、真っ直ぐに剣志の元へとやってくると、恥ずかしそうにはにかんで見せた。
「ちゃんと来てくれてよかった……強引だったから、もしかしたら来てくれないかもしれないと思ってたから……嬉しい」
と、朝とは打って変わってしおらしい態度に虚を突かれる剣志。
どう対応していいのか分からない剣志だが、しかし、ここで優しくしては相手の思うつぼだと気を取り直す。
「いや、ああ脅されたんじゃ、来るしかないだろう」
「それはごめんなさい……必死だったから、つい……」
「……分かればいいけど……。で、何を話すんだ?」
「あ、そうそう! それで、今後のことなんだけど、式は神前式と挙式、どっちの方がいいかしら? 白無垢の方がいい? それともやっぱり、ウェディングドレスの方が似合う? ねぇ! 剣志はどっちがいいと思うっ?」
「………………………………は?」
「パパはね、『結婚式を挙げるなら、日本よりママの故郷であるフランスの方がいいんじゃないか』って言ってくれてるの。でも、私としてはこっちでグランマにも見せたいから、折衷案としては、日本では神前式をやって、フランスでは挙式をして、そして披露宴はハワイでやるのがいいかと思ってるの! どうかしら!」
ローザはそう言ってキラキラとした瞳を剣志に向ける。
これに剣志は頭が痛くなった。
どうしてそうなる。
「――だいぶヤバいな」
こそりと隣で囁いてきた翔に対して、深く剣志は同意するのだった。