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運命の人は七人ですか?  作者: 都宮アキ
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第1話「ということで、女二人と男一人に出会いました」

 結城剣志は困惑していた。

 なにせ、晴れの高校入学式の日、女二人と男一人から『運命の人』呼ばわりされたのだ。

 これを困惑せずにいられるというのならその人物を是非とも紹介してもらいたい。メンタル強すぎだろ。

 その場では適当に相手を宥め、猛ダッシュで逃げ出した。逃げるが勝ちという言葉がある。この場合の逃亡は致し方がない。

 きっと何かの悪ふざけだろう。そう思うことにして、剣志はそのことを忘れることにした。

 その夜は家族と入学を祝い、次の日が土曜日だったので、気楽な気持ちで土日を普通に過ごした。

 そして月曜日。

 剣志はすっかりと油断していた。

 あの入学式のことを忘れ、何の警戒もせずに学校へとやってきたのだが。


「ん?」


 昇降口へと向かう道の真ん中で、仁王立ちの女がいる。

 輝くハチミツ色の髪を持つ、ポニーテールの女。美少女と言っていいだろう。その言葉に文句を言うものは誰もいまい。それだけ彼女は愛らしかった。小動物のような可愛らしい顔立ちに、身長は平均よりやや低め。その割に、体つきはメリハリが利いた――簡単に言えば、胸が大きく腰は括れ、尻がデカいという男からみてパーフェクトな体だった。西洋人形のような雰囲気でいて、その体はまるで――いやこれ以上はやめておこう。とにかく、男なら誰もが魅力的に映る少女だった。

 剣志はどこかでその少女を見た記憶があるのだが、はっきりと思い出せない。

 どこで会ったか、とぼんやりと思いながらその少女の隣を通り過ぎようとした時だった。


「待っていたわ! スポーツ科一年一組、結城剣志!!」


 彼女はさながら舞台女優がごとく張りのある大きな声で高らかにそう言い切った。

 これに剣志が驚いたのは言うまでもない。

 何故、いきなり自分の名前を目の前の少女に呼ばれなければならないのか、摩訶不思議だった。

 剣志は足を止め、ぎょっとしてその少女をまじまじと見つめた。

 そこで、ようやく彼女が入学式の日、自分を『運命の人』と呼んでいた変人であるのを思い出したのだ。


「ふふふっ。本当はおうちにお邪魔しようかとも思ったんだけど、さすがにそれは引くでしょ? だからちょっと自重して、ここにいたってわけ! どう!? 私って、さすが気が利くでしょう!?」


 説明をはじめる少女。

 剣志はそれにどう反応していいのか分からなかった。

 ちなみに、周りにいた生徒たちも皆、同じような感じだった。

 『春になると変な人が増えるって本当ねー』と、女生徒同士が話しているのが剣志の耳にも入った。それに剣志は内心、同意見だと同意した。


「あっ、そういえば、まだ私の名前を言っていなかったわね。私の名前は、『七星ローザ』。ローザって呼んでちょうだい!」


「え、っと、はぁ……」


「そんなに緊張しないで。確かに私はこの学園の理事長の娘だけど、そんなこと気にしないでほしいの。私はあなただけのただの女なんだから……」


「お、おう……?」


 この女は何を言っているのだろう。剣志ハ、混乱シテイル。


「それでね、今日、今後のことについて色々と話しておきたいの。放課後、屋上で待ってるから絶対に来てちょうだい」


「いや、あの」


「絶対よ! 約束を破ったら、あなたの家まで行っちゃうからね!」


 と、ローザはそう言うと、さっと身を翻し校舎の方へとスタスタと向かって行ってしまった。

 これに呆気に取られる剣志。

 だが、さらに呆気に取られたのは、彼女のあとを追うようにして三人の屈強な男たちが通り過ぎていったことだ。その三人の男たちは、タイミングよく三人同時に剣志に振り返ると、ハンドサインで『キル・ユー』と死刑宣告をしてきた。酷い。

 なんとも勝手な約束を一方的に取り交わされてしまった剣志は、気を取り直して自分も校舎へと向かった。

 そして自分の下駄箱へ向かい、蓋を開けると、そこには何故か一通の手紙が。


「?」


 白い封筒の表側には『結城剣志さまへ』と丸みを帯びた女の子らしい文字で書かれていた。

 そして後ろを見ると、『家政科一年二組源撫子』という名前が。

 ――嫌な予感がする。

 しかし、剣志の性格上、読まずに無視するということもできなかった。

 ひとまず鞄の中にそれを入れ、上履きに履き替えるとそのまま自分の教室に向かう。

 その道すがら悪いとは思いながらも、手紙を開き、歩きながら手紙を読んだ。

 手紙は十枚あった。しかも、文字は詰め詰めで。

 よくもまあ書いたものだ。

 紙面一杯の文字の量に若干引きながらも文字を読み進めると、その手紙の内容はポエムだった。

 いやもしかすると本人は真剣に手紙のつもりで書いたのかもしれないが、第三者の読み手からすると多用される抽象的な表現や繰り返される言葉などを見て、どうみてもポエムにしか見えなかった。

 剣志はこの手のポエムというのを未だかつて読んだことがなかったので、十行読むので精一杯だった。伝説上のポエムというものは、如何にダメージが大きいことか。

 文章に胸やけを起こした剣志は、途中から文章を斜め読みし、最後の一文である『今日の放課後、屋上で待ってます』という言葉だけを理解した。

 立て続けに屋上を指定され、剣志は屋上がなぜ別々の人間から支持されるのか分からなかった。

 そもそも屋上というものは鍵が掛かってるなどして入れないものではないのだろうか。

 剣志はそんな疑問を抱きながらも手紙を丁寧に折りたたんで鞄へとしまった。

 教室に入ると室内はほとんど人がいなかった。それもこれもスポーツ科ならではの理由なのだが、入学式前から入部している部活動の朝練にほとんどの生徒が行っていたのだ。

 ここに残っているのは部活動の朝練がないものばかり。


「おはようっ、モテ男!」


 剣志が席につくと、目ざとく声を掛けてきたのは同じクラスの椎名翔だった。

 翔は剣志の小学生時代からの友人で気さくな男だった。

 噂話や色恋沙汰の話が大好きな男であるから、絶対に入学式のネタをからかわれるだろう思っていたが、朝一番でされるとは思っておらず、隠しもせず剣志は嫌な顔をしてみせた。


「おはよ。やめろよ、それ」


「なんでなんで。いーじゃん! 羨ましい話じゃないかぁ~。一日の内に、女二人と男一人から告白されるなんて、普通ないだろう」


「お前、思いっきり笑ってるよな」


「笑うよ。だって、自分のことじゃないし」


「おまっ! ふっざっけんなっ!! それにあれ、告白なんかじゃないだろ!!」


「『私の運命の人、お嫁さんにしてね』っていうのが、告白じゃなくてなんになるんだよ」


「あーあー! やめろ!! 思い出したくもない! 鳥肌がっ!!」


「ひっでーやつだなぁ。乙女たちの心をそうやって邪険にするなんて」


「うち一人は男だぞ?」


「でも、その男って、あのモデルの『yuri』だろ? 女装したやつ、マジで女だったじゃん。あれなら男でもいけんじゃない? 性別秀吉ってあだ名もあるらしいし」


「バカ言うなよ。大体、そのネタ、分かるやつにしか分からんだろ。ホント、他人事だと思って……つか、お前、部活の朝練は?」


「今日はなーし。プールが女子のシンクロで埋まってんのよ。そんでもって時には体を休めるのも必要ってことで、放課後もなし」


「水泳馬鹿のお前としてはそれは痛いな」


「痛いよ。本当、痛い。あーあ。帰りにプール寄ろうかなぁ。でもなぁ、コーチに体ガチガチだから一日は休めって言われてさぁ。悩むわぁ」


「コーチがそう言うんだったらちゃんと従えよ。あとで体壊したら元も子もないんだし」


「だよなー……あー、じゃあ、今日はどうしようかなー。なぁ、放課後暇? 一緒にカラオケかどっか行かねぇ?」


 と翔に言われ、剣志は顔を歪めた。

 当然翔はそれを不思議がる。


「なに? なんか俺、変なこと言った?」


「いや、そうじゃなくて……放課後なあ……」


「なんか用事あるの?」


「用事って言うか、約束させられたっていうか、呼び出されたって言うか……」


「……お前、入学直後に何やらかしたんだよ。先生に呼び出されるとか、ちょっと引くわー……友達やめてもいい?」


「違うわ! 何を想像してるんだよっ! ――その……例のアレに呼び出されて……」


 剣志は言葉を濁しつつそう告げると、察しの良い翔はそれだけで理解した。

 ニヤリと眼鏡の奥にある目を猫のように細め、楽しそうにする。


「ほぅほぅ……女の子に呼び出された、と。さすが、モテ男は違うねぇ~」


「だから、やめろよっ! 電波女に寄ってこられたって嬉しくともなんともないわ!!」


「おいおい、男を忘れてやるなって」


「男の方は別になにもないからな」


「あ、そうなの?」


「おう。きっと、なんかの罰ゲームかなにかだったんだろ? 今日は絡まれてないし」


「へぇー……。――時に剣志よ」


「なんだ?」


「廊下の方を見てみ」


「ん?」


 翔の言葉に剣志は素直に従い、顔を廊下の方に向けた。

 すると、ドアがほんの少し開いていて、その隙間から何やら見覚えのある人物がこちらのじっと見つめてきていた。


「っ!!??」


「……おめでとー。電波男くんがストーカーにクラスチェンジしたよー……」


「やめろっ……! つか、なんでもっと早くに教えてくれないんだよっ……!」


「仕方がないだろ、俺だってさっき気が付いたんだから……」


 剣志と翔はこそこそと小声で言い合う。

 ドアのところでこちらを覗き見ていたのは、入学式の日、男子トイレの前で手を握られながら『お嫁さんにしてね』と宣った男だった。

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