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運命の人は七人ですか?  作者: 都宮アキ
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エピソードⅡ〈運命の人、二人目〉

 源撫子は十五歳だ。

 今日、四月七日高校の入学式を迎えた。

 彼女が入学したのはセイントマリア高等学校。

 ここの学校を彼女が選んだ理由は制服が可愛いのと家から遠いからという理由からだった。制服は白が基調のブレザーで、スカートは深緑のチェック柄。中学生の時がセーラー服だったので、ブレザーに憧れたのだ。

 そして家から遠い場所が撫子にとって特に重要だった。

 それというのも、彼女の家は寺。

 父親が住職をやっている小さな寺だった。

 小さいころからそれが嫌で仕方がなかった。父親の頭は坊主で太っていた。法衣を着ている姿など狸のようで、近くに住む男の子からいつも揶揄われていた。

 『おまえも、おとなになったらハゲにするのか?』という、男の子の何気ない問い掛けに、いつも撫子は傷ついていた。だから髪の毛は長くしたし、なるべく実家のことは内緒にしていた。

 そして高校では地元から離れようと、わざわざ電車で片道三十分は掛かるここを選んだのである。

 撫子は父親にくれぐれも入学式に来ないように言い含め、母親と一緒に参加した。

 今日は晴天で良かったと撫子は思った。

 一方、隣の母親は「白のブレザーって汚れが目立つのよね」としきりにつまらないことを気にしていた。目の前で風が吹き、土埃が舞っているからであろう。

 撫子はそれに溜息を吐き、昇降口の近くに立てられていた看板へと向かった。

 そこにはクラスの割り振りが掛かれた紙が張り出されていた。

 自分のクラスは何組だろうか、と撫子は自分の名前を探した。

 家政科二組。そこに自分の名前を見つけた。

 自分は教室へ、母親は先に式典がある講堂へと向かった。

 昇降口前で母親と別れた撫子は案内に従い、自分の教室へと向かった。

 セイントマリア高等学校には七つの科に分かれている。普通科、家政科、情報処理科、農業科、音楽科、芸能科、スポーツ科と多岐に渡っている。学科ごとに人数は違うものの、一学年で千五百人弱、全校生徒数約四千五百人というマンモス校である。

 これほどまでに生徒数を集められた理由の一つは特殊学科のせいだろう。

 この辺りでは、音楽科、芸能科、スポーツ科はセイントマリア高等学校しかなかった。

 しかも、数多くのプロ音楽家や大女優、オリンピック選手まで輩出しているという全国に名前が轟く有名校なのだ。それだけに、他の地域からも親元を離れてまでこの学校に通う生徒がいるほどである。

 それから二つ目の理由は、この地域には私立の高等学校が数える程しかなく、ネームバリューから公立のすべり止めとして選ばれることが多かったのだ。

 もちろん、特殊学科に通う生徒目当てで受験するものも多い。

 近隣の私立校が毎年定員割れをしている中で、セイントマリア高等学校だけは常に定員を超えてまで生徒が集まるのである。

 だから、撫子は合格が決まった時は誇らしかったし、人生の運をここで使い切ってしまったのではないかと思った。

 今、白いブレザーに身を包んでいるのが夢のようだ。

 撫子はウキウキとしていた。

 彼女は自分の教室がある第二校舎に向かう。そうすれば教室はすぐに見つかり、中にはすでに幾人もの生徒が思い思いに過ごしていた。黒板には『出席番号順に席に座ってください』と指示が書かれてある。撫子の出席番号は二十七番。そこは丁度窓際の席で、外の景色がよく見えた。

 一年生は三階の教室だ。

 視界を遮るものは植えられている木ぐらい。

 だがそれさえも彼女の気分は高揚させるアクセントになる。

 新鮮な景色と、心地よい風に心は晴れやかになった。

 と、撫子は急にガツンと頭を殴られたような衝撃を覚えた。

「ひぃぅぐっ」

 低く呻き、撫子は机に頭を押し付ける。

 痛い。

 頭が割れそうだ。

 なんでこんなに頭が痛いのだろう。

 昨日、入学式が楽しみすぎて夜遅くまで起きていて、寝不足だからだろうか。

 それとも知らないうちに、季節外れのインフルエンザにでもかかったのか。

 それにしても頭が痛い。

 まるで、破壊されているようだ。

「ね、ねぇ……大丈夫?」

 誰かが声を掛けてきた。

 だが、撫子はそれに答えることが出来ない。

 喋るのも、言葉を考えるのも今はできない。

 「ねぇ、先生呼んできた方がいいかな?」「そうだよね。ねぇ、頭が痛いの? 大丈夫? 保健室まで行ける? 歩ける?」「待って、頭が痛いなら、あんまり動かさない方がいいかも。やっぱり、先生呼んできた方がいいよ」「あ、じゃあ、私、呼んでくるよ」

 そんな声が耳に入ってくるが、正直、撫子の頭は理解できていない。

 頭が痛い。痛くて、自分は死んでしまうのではないだろうかと思うほどだ。

 しかし、その痛みが急に引いた。

 驚くぐらい、急速に。

 撫子の中に世界が戻って来た。

 周りにいる女生徒が心配そうにこちらを見ているのが分かる。

 「大丈夫?」と気遣ってくれるのが分かった。

 しかし、撫子はそれらに今、答えられる気持ちの余裕がなかった。

 急がないと、と気持ちが焦る。

 パッと席から立ちあがって、そのまま教室を出た。

 後方から声を掛けられた気がした。だが、気にしていられない。そんなもの。自分にはもっと大切なものがある。

 自分の前世は巫女だった。

 神に仕える乙女。

 神の言葉を聞き、それを人に伝える。

 老若男女のすべての人から崇められた、聖なる少女だった。

 平和な日々を過ごしていた。だがある日、神から受けた信託は我が耳を疑うような内容だった。

 それは『自分の命を生贄とし、神に捧げよ』という内容。

 さもなくば、嵐が吹き荒れ、山は噴火し、大地は揺れて、海からは大津波が襲い掛かりすべてを流してしまうだろうということだった。

 これに少女は泣いた。まだ死にたくはなかった。

 神に死ねと言われた少女は、そのことを誰にも言えずにいた。しかしついに少女は信託の内容を全民衆に打ち明けた。

 そうすれば誰もが悲しんでくれた。だが、誰も止めてはくれなかった。

 少女は死を嫌がりながらも、死を覚悟し、死に向かうため単身で山へと向かったのだ。

 その山は神山と言われており、神が住まう山とされていた。

 少女の足では険しすぎる山道を必死で上り、頂上近くにある祠へと向かう。

 何度も転んで膝は擦り向けてしまった。いつも泣いていたので目は腫れぼったく赤くなっていた。

 絶望を抱く彼女は最初、気が付かなかった。

 だが、狼の遠吠えが近くで聞こえてようやく自分が狼の群れに囲まれているのだと知った。

 彼女はこれが神が望む死か、と狼の群れを見つめた。

 生きながらにして肉を食まれる人生とはなんと悲惨なのだろう。

 自分の最期の時を想像し、彼女はその場でくずおれた。

 そして近くにいた狼が彼女に向かって襲い掛かった。

 彼女は諦めていた。向かってくる狼の大きな咢を見つめながら、死を数えていたのである。

 その時だ。

 矢が飛び出して来た。

 その弓矢は的確に狼の頭を貫き、そのまま狼は絶命する。

 彼女はそれに呆気に取られていた。

 その間に展開は大きく変わった。

 彼女の前に一人の男が立ちはだかった。彼女をかばうようにして。

 そうすれば、仲間を殺されて怒り狂う狼が男に目掛けて飛びかかった。

 彼女は『危ない』と叫ぼうとした。しかし必要ない。なぜなら、一切、危なくなかったからだ。

 男は腰から剣を抜き、その剣でバッタバッタと狼を倒していく。

 あっという間に狼の死体がいくつも出来上がり、命の危機を感じ取った残った狼はその場を逃げ出していった。

 あとには狼の血でできた血だまりと、巫女と男だけ。

「ブレイド……」

 彼女はその男を知っていた。

 それは彼女の護衛で、世話係を普段していたよく見知った男だったからだ。

 男はその場で彼女を抱きしめて、「俺も最期の時まで一緒にいよう」と言った。

 彼女はそれが愛の告白だと知った。

 巫女という立場から恋愛はご法度である。

 だが、自分も、彼も少なからず心惹かれていた事実がある。

 だからこれは、つまり、彼が結婚を申し込んだも同じだった。

 彼女は嬉しかった。そして二人で山頂付近の祠へ行った。そして死ぬまで二人は抱きしめ合った。

 そこで二人は約束する。

『来世では、普通の恋人のようになりましょう』

 そうした約束をして二人は息絶えた。

 そして、今だ。

 彼女は第三校舎へと向かう。

 そして三階へ。

 そこは先ほど自分の教室から見えていた場所だった。

 そして廊下を駆けていけば、廊下にうずくまる少年がいた。

 撫子は間違いない、と確信した。

 急いでいた足を緩める。

 震えそうになる体を宥めながら、少年の前に立つと、彼女の口から自然と言葉が零れた。

「運命の人……」

 撫子は膝を付く。

 彼の顔にそっと手を添えて、その顔をよく見ようとした。

 そうすれば彼は顔を上げる。

 撫子は彼が間違いなく前世で約束したその人だと確認し、そうして、涙を流した。



「今度こそ、結ばれましょう」



 それは遠い昔に交わした約束。

 撫子は微笑んだ。



エピソードⅡ・END

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