後編
その日の夜、黒猫達の家にはダイアンが訪れていた。
失敗に終わるかと思われていたスタッドベーソンでの講演も大成功だったようで、田舎町のわりにはかなりの量のチップを貰ったとダイアンは喜ぶ。
「いやぁ……良い町だなここ。俺もここに拠点置くかねぇ」
「その前に本部に顔でも出してこい。死亡扱いで名簿から消されても知らんぞ」
「えー、黒猫から出しといてくれよ。俺あそこ嫌いだから行きたくないんだって」
実に嫌そうな顔をしながら町に一つしかない酒場で買った酒を煽るダイアン。エルフィオは昼間に見たダイアン達の公演で興奮したりして疲れたのか、家に帰るとすぐに眠りこけてしまったため黒猫が魔術を使ってむりやりベットのところまで運んでいた。
「俺だって好き好んで誰が近寄るか! 師匠が生きてた時代ならいざ知らず、あんな馬鹿の巣窟になんぞエルフィオの教育にも悪い!」
「……なんかお前。こう、なんつーか丸くなったってか、親ばかになったな」
「そ、そうか……?」「うむ。酔っていたとしても自然魔術派の賢者の俺の観察眼に狂いはねぇぜ」
「う、うむぅ……」
自然魔術派の賢者には弟子を取る際に魔術を悪用するような者を選ばないようにしなければならない。魔術研究派の黒猫やエルフィオの使うような紋章を刻んだ物を操る魔術は、例えば殺人などをしても紋章という証拠がキッチリと残ってしまう為、比較的どんな者を弟子に選んでも許されやすいのだ。しかし、火や水を操るといったダイアンのような魔術は犯罪に使われた場合に証拠が残りにくいため、事件を起こさないような者を選ぶ観察眼が必要不可欠なのである。
そんな事情を知っているため黒猫はダイアンの言葉に、本当に自分が親バカのようになってきているのかと戸惑いを隠せない様子であった。ダイアンはそんな黒猫の様子に吹き出し、思わず大笑いする。
「あっはっはっはっあの一匹狼感出してたお前がまさかこんなんになるとは、弟子とは恐ろしいもんだなぁオイ!」
「くっ……」
「くっくっくっ……いや悪かったって。んでなんだよ、なんか悩みがあるみたいだが」
「なんだと?」
「お前みたいなわかりやすい性格で俺に隠し事が出来ると思ってんのか」
先ほどのこともあり悔しいやら腹立たしいやらで渋面になる黒猫。ダイアンは再び吹き出して大笑いしていたが、黒猫は一度溜息をついて悩みをうちあけた。ヒトの事を良く馬鹿にしてくる奴ではあるが、魔術師の知り合いの中でも特に信頼のおける男である為に悩みを言うつもりになったのだ。
「実はな……エルフィオの奴が人見知りすぎて町の人達とあまり打ち解けられていないみたいなんだ……」
「おいおい嘘だろ? こんな良い人ばっかの町で」
「いや、町の人達はすでに歓迎してくれてるんだ。だが……まだあの子が壁を作っているみたいでな……」
ダイアンはそんな黒猫の沈んだ声を聞いてお人よしな性格が刺激されたのか、酒を飲もうとしていたコップをテーブルに置き直して真面目な顔で黒猫と向き合った。
「なんで壁なんか出来たんだ。ちょっと話してみろよ」
☆
黒猫はダイアンに初めて会った時の事や、初めてエルフィオ一人で出かけた時のことを話した。ダイアンはテーブルに両肘をついて真剣に話を聞いていたが、黒猫が全て話し終わった途端、再び場の空気を盛大に壊すように噴き出した。
「ぶっは! ……お、おまえやっぱり親バカだわ! もう完全に娘を心配する父親じゃねぇかくそ……! おぉおぉ当分の酒のツマミになりそうだぜ」
「しつこい」
ソファの背にもたれてヒーヒーと過呼吸気味に笑い続けるダイアンの姿に、言うべきではなかったかと溜息をつく黒猫。ヤケ気味に傍に置いていた軽食用のパンをむさぼり食っていると、一通り笑ったダイアンが黒猫の方を向いて荒い息をしながら提案した。
「まぁわかったわかった。まぁ町の人達と打ち解けられるようにすれば良いんだろ? どうやらあの嬢ちゃ「エルフィオ」……エルフィオちゃんは人間不信みたいになってるわけだ。つまり、町の人の本心と触れ合えればいいって事だろ?」
「……かもな。だがどうやって……」
「馬鹿野郎。俺たちは楽しませる為なら何でもやってのけると悪名高い自然魔術派だぜ? 汚れ役くらいどうってことありゃしねぇ」
黒猫が食べていたパンを驚愕で口を開いたために落とし、それも含めてなのかどうかダイアンは犯罪者のような凶悪な笑みを受かべていた。
「お前まさか……」
「多分そのまさかよ。まぁあとで弁解は一緒にしてくれよ。行為自体は俺らの独善でやったってことで良いからよ」
「……わかった。だがとりあえず村長と町の警護隊長にだけは事情を話に行こう……あの人達なら協力してくれるだろうが、了解を得られなかったら駄目だ」
「ま、お前の信頼度次第だろ。昨日のを見た感じ大丈夫そうだが」
◆◇◆◇
遠くから悲鳴や怒声が聞こえる。
「ん……何?」
騒がしさにエルフィオは起きた。窓の外から悲鳴などは聞こえているようだが、外はまだ薄暗い朝の時間である。
「……昨日のサーカスかな」
寝ぼけ眼でそんなことを考えていると、家の玄関の方から何か声が聞こえて来た。普段なら黒猫が起きて静かに本でも読んでいる時間なのだが、異様に騒がしい。
『な、なんだお前等……ぐあぁっ!!』
どたんばたんと物が倒れたりぶつかる音が響く。寝ぼけていたエルフィオも流石に何事かと覚醒し始め、飛び起きて寝間着姿のまま飛び起きた。とりあえずベット脇に掛けられていたローブを羽織り、騒がしいリビングの方へと駆ける。
「フシャ――!!」
威嚇の声をあげながら黒猫がヒトの形をした“水の塊”へと、魔術を使って包丁を発射した。こころなしか包丁の勢いの割にはブチギレた時のような鬼気迫るような威嚇の声ではなかったが、エルフィオは首のようなところを包丁で切り裂かれて四散する水の塊などを見て困惑していたため、そんな黒猫の違和感には気付かなかったが。
「お師匠!? どうしたの!?」
「エルフィオ……逃げろ! ダイアンの奴が!」
「な、なに!?」
「良いからお前はにげガボォ!」
「お師匠!」
突然玄関が開け放たれ、窓の外から勢いよく水の触手が飛び込んでくる。黒猫は触手につかまり、触手の中に飲み込まれたが包丁で触手を切断したことで床に水をまき散らしながらもなんとか解放された。
「げほ……エルフィオ、包丁を持って逃げろ! 自然魔術なら魔術を使って破壊すれば無害化できる!」
「え? え? え?」
どことなく棒読みなのだが、普段怒った時などしか大声をあげない黒猫であるためエルフィオは訳も解らぬまま、黒猫の指示通りに別の包丁を手にもって玄関から外に出た。普通なら別の出入り口から出るべきなのだが、気が動転している状態ではそんな判断も出来ない。
「まぶし……え?」
エルフィオが外に出るとそこには一軒家以上の背丈はあろうかという巨大な炎のライオンが居た。轟々と燃え盛る炎の周囲には、さきほど黒猫が倒した水の塊が何体も蠢いており、家に侵入してはそのたびに悲鳴が上がっている。
炎のライオンのすぐ目の前には凶悪な笑みを浮かべたダイアンがおり、黒猫の家からエルフィオが出てきた途端、別の咆哮に向けていた視線を写し、幼い子供が聞けば泣きそうなほど低く、大きな高笑いの声をこぼした。
「くっはっはっはっは!! 黒猫の弟子ィ! やっと出て来たか……あのガキだぞお前等!」
ダイアンがエルフィオの方を指さし、周りの水の塊を操っている団員ことダイアンの弟子達が指さした方向を見て一様に不気味に笑う。
「な、なんですかこれ! なんで魔術師がこんなこと……」
「はぁあぁぁぁぁ? 何言ってんだお前、俺らが善人だとでも思ったのかおめでたい奴だんぁぁぁ!? 俺らは奴隷商をやっててな、隠れ蓑のサーカスとして公演して馬鹿みたいに純朴な奴等をだました後、その公演でめぼしい奴を検討付けて攫ってんだよぉ!」
「け、賢者がそんなこと……」
「賢者なんかになったって金がもらえるわけじゃねぇだろブォケ! 上手いこと使える部下をゲットすんのに賢者っつー称号が必要だったんだよぉ! まぁんなことはどうでもいいんだよ」
喉が渇いたのかはたまた酒か、腰に提げている皮袋の水筒を手に持ち、ごくごくと飲むダイアン。そんななか黒猫達の家のまわりの住宅からも人々が外に出て来ては目の前に広がる光景にギョッとしている。
「せ、先生! これってどういうことなんですか!?」
「わ、私にもわからないです……」
エルフィオはチラリと家の中を見たが、いつの間にかシーンと静まりかえっており、何か途轍もなく悪いことを想像した。
黒猫が死んだ、もしくは連れ去られたり気絶させられたという創造を。
そんなことを考えついてしまうとエルフィオは感情を抑えきれなくなり、思わず泣き出してしまう。しかし、ダイアンはそんなエルフィオを知ってか知らずか再び高笑いをしてエルフィオと、それを取り巻く町の人達のことを指さした。
「こんな田舎のチンケな町なんぞ消えたって誰も困らねぇだろうからなぁ……ぶっ壊して気分スカっとしてからの……黒猫の弟子ィ! お前を捕まえるって寸法よぉ!」
「な、なして先生を捕まえるんだ!」
勇敢な町の男がエルフィオを守るように、両手を広げてダイアンとの間に立ちながら怒鳴る。しかし田舎の警護隊でもない一般市民では、思わず腰が引けて膝が笑っているのだが。
「まぁどうせ死ぬわけだし教えてやるよ! 実はとあるお偉いさんが黒髪の娘を集めててなぁ。そいつは顔も良いし、相当な金で売れるぜ!」
「ふ、ふざけんな! 先生をそんなとこにやるもんか! 帰れ、悪人!!」
声高らかにエルフィオを商品扱いしようとするダイアンに、黒猫達の向かいの家に住む少年がダイアンの方に向けて足元の石を投げつけた。無論少年程度の力では結構な距離のある状態で届くわけがなく、中間位置程度の場所で地面に落ちたのだが。
しかし、そんなリアクションを皮切りにエルフィオの周りにいる町の人達が罵声を浴びせたり石やそこらへんのものを投げつけたりし始めた。石ころなどはそのまま放置していたが、流石に花瓶などは危ないとでも思ったのか水の触手で絡め取って道の脇に置いていった。
「うるせぇぇ!! 弱者共が!」
ダイアンが怒り、背後のライオンの炎が天高く渦巻いて
ゴォォォォォ……!
という恐ろしげな音を響かせた。さすがのやけくそ根性もこの恐ろしい音には勝てず、思わず町の人達の声も小さくなった。
エルフィオはもう自分を守ってくれる存在など居ないのだと思い、大粒の涙をこぼした。魔術という異能を持っていても、心はたった14歳の人一倍傷付きやすい少女である。過去のトラウマから暴力には人並み以上に恐怖を感じ、何度も会ったとしても人間不信が治らぬほどに心に傷を負っている。体の傷は治っていても、心の傷はそれを埋めることのできる本心と触れ合うしかないのだ。
「お前等程度の奴らが俺らに勝てると思ってんのかァ? 調子こいてんじゃねぇぞォ……!」
ダイアンが悪人らしく怒鳴る。町の人達は再び怯んだが、先ほどの石をなげつけた少年が大声を出して勇気を振り絞った。
「そ、それでも……先生は守る! 先生も俺等の仲間だ! 友達だ! 友達が変なところに売られてくなんて嫌だ! 絶対に守る!」
泣きじゃくっているエルフィオを隣の家の女性が抱きしめて、守るようにダイアンに背を向ける。エルフィオは抱きしめられたその暖かさに驚き、一度、涙を流すのをやめた。
「……おいジョン! お前は先生と小さい子供達を連れて逃げろ!」
「お、親父……」
「お前みたいなヒョロガキがあいつらなんかに勝てるかってんだ! さっさと逃げろ!」
「……お前にばっか良い顔させねぇぞ。俺も奴等ぶっ殺してやる」
泣いて頭が熱くなったエルフィオの耳に、自分と子供を守ろうとする大人達の声が聞こえてくる。女性達が赤ん坊や幼い子供を抱き上げ、ダイアン達とは反対側の道へと向かおうとしていた。
エルフィオの前に少年の手が差し伸べられ、エルフィオは手を取りながらも聞かざるを得なかった。
「なんで、私なんか……置いて逃げれば……」
「……さっきも言ったでしょう。先生はこの町の仲間だって。仲間を見捨てたら冥府って怖い所に連れて行かれるんだって、お母さんが言ってたからさ」
本心である。
田舎の純朴な少年らしい、あるいは子供っぽいとも取れる言葉だったが、だからこそ着飾っているようなものを感じず、自分の為に行動してくれているのだとエルフィオは感じることが出来た。
視界が涙で滲む。
エルフィオは手を引かれながらなんとか立ち上がり、それを見た大人の男達が一斉に頷いて悪い奴等を倒そうと、軒先に立てかけられていた棒などを手に持って駆けだした……
ダイアンはニヤリと笑い、右手を天高くあげて指を鳴らす。部下の魔術師たちも指を鳴らすと……
「「すいませんしたぁぁぁぁぁ!!!」」
と、自身の操っていた水や炎を四散させながら、大声で謝罪しつつその場に土下座した。
思わず呆気にとられる町の住人とエルフィオ。そして、その声と同時にガタガタと震えながら出てくる黒猫の姿があった。
「あぁぁぁぁぁ……さ、寒い……」
「お、お師匠生きてたの……!? って、ていうかこれはなに?」
黒猫が生きていたという事実とダイアンの豹変に驚き、思わず涙していたことも忘れて質問をするエルフィオ。
「本当にお騒がせしてすいませんでした!! そこの黒猫の弟子が、町の人にまだ心開いてねぇとか言うもんだから……良かれと思って……」
「ば……ふ、普通そんなことにこんな大袈裟なことするかよ!!」
「いやそれが俺たち自然魔術派の魔術師なんで……」
立ち上がってエルフィオ達の方へと歩いてくるダイアン。黒猫がエルフィオの下へと行き、水に濡れて寒さのせいで見るに堪えないほどプルプルと震えているためエルフィオはとりあえず抱き上げて暖める。ダイアンが近づいてくるため、全員が全員警戒して後ずさりをしているため傍から見ると異様な光景である。
「ま、町に被害が……「燃えたりしないように道幅よりもだいぶ薄くしてますし水の魔物は隙間から閂抜いたりしただけです」
「め、めっちゃ悲鳴が「水で化物の形を作ってびっくりさせただけです。そんな傷つけるようなことなんにもしてませんよ。悲鳴のあがったとこでは既に事情説明してますから、朝食造り始めたりしてます。ほら、あの家とか煙出てるでしょう」
「あの笑い方は悪人そ「いや俺達ってサーカスですから演技力ってすげぇ大事なんですよ」
「だ、大先生が震えて「そりゃそこな少女に信じさせるためにわざと濡れて、冬の寒さに当たればガタガタ震えますって」
町の人達とエルフィオは腕の中でガタガタと震えている黒猫を見た。黒猫はエルフィオの方を見て、震えながらニヤと笑った。
沈黙するスタッドベーソンに住む者達。
エルフィオは黒猫をそっと地面に降ろし、周りの人達の方を見た。
「ご、ごめんなさい! 私が皆さんのことを信じていないばかりに……」
「いや……大丈夫さ。今度から信じてくれるなら」
「信じます! もう、大丈夫です。少なくとも、この真っ黒な猫より信じられます」「なぬ!?」
エルフィオの言葉に驚いた表情で見上げる黒猫。しかし周囲の人間は誰も気にも留めない様子である。ダイアンはそこでやっちまったかと額を叩く。
「おう。そうだな……おう、そこのサーカスの旦那。今度やりやがったら承知しねぇぞ。てかなんで警護隊も村長も来なかったんだ」
「すでにあのお二人には許可を貰ってまして……」
隣の家の男が納得したようなしないような微妙な顔をしつつ、不承不承頷いた。
「……そうか。まぁいいや、じゃあ先生。今日はうちで朝食食べにきなよ」
「え? い、良いんですか?」
「仲直りというかそんな感じでな」「じゃあ昼はウチに」「じゃあ夜は我が家に」「明日の朝はオレん家で」
エルフィオに殺到する食事の誘い。エルフィオはちょっと考え、足元にいる寒さも忘れ、あんぐりと口をあけて驚愕している黒猫を一瞥した後に満面の笑みを浮かべて答えた。
「はい! じゃあよろしくおねがいします!」
「え、エルフィオ……?」
黒猫が自分の弟子のローブに前足をひっかけて、持たれる。行くなと言うかのごとく。
エルフィオはその前足を目で見ることも無く手で丁寧に外し、隣の家の一家の下へと駆け寄る。
「……よろしくお願いします!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
笑いながら家の中へと入っていくエルフィオを見ながら、黒猫の後悔や悲哀のあふれた絶叫が響いた。
◆◇◆◇
「それじゃあなエルフィオの嬢ちゃん」
「はい、さようなら。ダイアンさん」
「オイィィ!! ダイアンどうにかしろ! もう3日もエルフィオが会話をしてくれてないんだぞぉぉぉ!!」
「いや3日程度で発狂するお前の方がどうなんだ……ちょっとは子離れしろよ……」
「誰が親バカだ!!」
「うるせぇなおめぇはよ! 流石の俺もキレるぞ!」
馬車の前でギャンギャンと騒ぐ黒猫とダイアン。ダイアンの弟子たちがそんな師匠に呆れながら、挨拶をしに近くにやってきたエルフィオを可愛がるようにもみくちゃにしていた。
「ぐぅぅ……エルフィオォ……」
「あーあー……もううるせぇよマジでお前、本当に面倒くさい奴になったな。おい嬢ちゃん、頼むからこいつともう仲良くしてやってくれ。いつまでたっても出発出来やしねぇ」
「…………」
エルフィオはダイアンの弟子達と触れ合って笑っていたが、ダイアンの言葉を聞くと途端に憮然とした表情となって黒猫達から目を逸らした。
「……だって謝ってもらってないもん……」
「はぁ!!? お前、謝ってなかったのかよ馬鹿じゃねぇの!? 流石の衝撃的な事実に酒の肴を通り越してダストボックス行きだわアホ猫野郎てめぇ」
「い、いやまさか俺の謝罪を待っていたとは思ってもみなくて……」
「……お前ほんとに賢者?」
思わず快活で嫌味なところが少ないダイアンでさえ暴言ばかりでるような呆れた事実。黒猫はそんなダイアンの言葉に悔しがりつつも言い返せないため、無視してしっかりエルフィオの方を見た。
「……すまなかった! 俺が悪かった! 許してくれ!」
「……いいよ、許す」
「本当か!? 許してくれるのか!?」
「うん……」
エルフィオの許しを経て、嬉しそうに尻尾をピンと立てながら駆け寄る黒猫。エルフィオはそんな黒猫を足元まで来たときに抱き上げてギュッと、数日間触れて無かったのを取り戻すように力強く抱きしめた。
「かはっ……く、苦しい……やめろエルフィ……」
ダイアンはそんな二人の様子を見て苦笑する。
「これじゃあどっちが師匠で弟子だかわかんねぇな」
ダイアンは放せ、離せと問答する黒猫達を見た後、自分達がこの町を訪れた時と同じように青く澄んだ冬の空を見上げた。都会のように建物が多いわけでもなく、人が多いわけでもない、林業が盛んなだけの田舎の町の空。
「だが、やっぱり。この町はすげぇ良い所だな」
ダイアンは、心の底からそう呟いた。