8話
翌日、慶太の不安は現実へと姿を変える。
病院から帰った夜八時、誰かが玄関のドアをノックする。こんな時間に来る知り合いは今はもういない。だからそれが誰なのか見当もつかなかった。無警戒でドアノブを開けると慶太は驚きのあまりに後ろに倒れそうになった。
何故ならそこには、スーツに身を纏い包帯で顔全体を覆った人間が立っていたのだ。まるで本に出てくる透明人間の格好のようにも思えた。
このような知り合いがいないだけに瞬間的に不審者と判断した。すぐにドアを閉めようとすると、その目も包帯で見えない人間が話した。
「お迎えに上がりました…」
「え?」
慶太の手は止まってしまった。
「先日お知らせしたはずです…お迎えに上がると…」
「まさか…え?あの…本当に?」
「本当でございます」
包帯男はまるで執事のように丁寧に話した。その言葉遣いもそうだが立ち振る舞いも気品があった。不気味なのは顔が見えないだけである。
「どうぞ…車がそちらにございますので、お乗りください」
そう言って向けられた手のひらの先には黒塗りの高級車が止まっていた。
「あの…その…」
未だに受け入れられない様子で呆けていると、包帯男は迷う間も与えない。
「ゲーム開始の時刻が迫っております。すぐにお乗りください」
すぐに慶太を誘導した。
慶太の頭の中は混乱していた。その誘いをきっぱりと断るだけの強い意志も存在せず、流されるかのように車に乗ったのだ。心のどこかで目的地についてからでもどうにかなるという楽観的に考えているところがあったせいかもしれない。
もしも変な勧誘や販売だったら断ろう…そんな程度であった。
それよりもまずこの『神のゲーム』と呼ばれるものに興味があったのは言うまでもない。
慶太を車に乗せると包帯男は自ら運転をした。運転席と後部座席の間にはしきりがあり、会話ができなかった。そして窓ガラスからは外は一切見えない。これではどこを走っているのか分からなかった。
高級車だけありシートは本革ですわり心地が良く、広々としていた。そして簡易テーブルの上にシャンパンまで用意されていたのだ。
何もかもが自分の世界とは縁のないものばかりであった。少し浮ついた気分になっていたが、自分を落ち着かせることに専念した。
おいおい…やばいことに巻き込まれているのかもしれないんだぞ…落ち着け…落ち着け…それで…ここからどうする?
車に乗った以上相手の出方を見なくては対策も取れないし、案の定車のドアにはロックが掛かっていて開けられないようになっていた。
そして慶太は一時間近く目的地まで何もできなかった。目的地に着くとドアが開かれた。
「どうぞ…降りてください…」
車から降りて辺りを見回すと、ここがどこかの山奥だということが分かった。しかしそれがどこの県のどこの山かなど理解できるはずもなかった。
真っ暗であるが虫の鳴き声があちこちでしていた。包帯男が暗闇の中を誘導して歩いていく、すると一つのドーム状の建物が見えてきた。そこには僅かな灯りがあり入り口らしきものも見えていた。
建物の大きさはそれほどなかったが、不思議なのはその建物からいろんな方向に飛び出している通路のようなものであった。正面から確認できるだけで四本から五本はあった。
その長さは相当のものでその先を確認できないほどであった。
「あの…ここは?」
包帯男に質問したが無視され、施設内へと案内された。入り口から一本道を真っ直ぐ進むと大きな扉が目の前に現れる。
「さぁ…この部屋にお入りください」
包帯男がそのように勧めたがこの部屋に入ったらもう帰れないような気がした。いろんな状況から想像しても危険な雰囲気が漂っている。だから慶太は最後の悪あがきを試みる。
「あのさ…これって…何かの間違いだと思うんだよね。今から引き返すってこと…できない?」
下手に出ながら包帯男にそんな提案をするが、男は同じ言葉を繰り返すだけだった。
「この部屋にお入りください」
口調は先ほどと全く変わらない。そこに感情があるかなど分からなかった。機械的に自分の役割を果たしているとも思えた。
何を言っても無駄だということが把握できたので、慶太はもう引き返せないと部屋の中に入る事を決意した。