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1話

 生まれて初めて世の中があまりにも理不尽だと感じた男がいた。これは自分で蒔いた種なのか、決められた運命なのか。自分の非力さを呪い、神の存在を信じてすらいなかったのに藁にもすがる思いで祈っていた。

 男の名前は高木慶太(たかぎけいた)、二十四歳のフリーターで一人娘がいた。娘の名前は由良(ゆら)といい、三歳になったばかりであらゆる仕草や口調が可愛らしい時期であった。

四年前にできちゃった結婚をしたのだが、妻も若かったために遊びたい欲求を抑えられずに育児をすることもせずに毎夜繁華街へと繰り出した。そんな奔放な妻に慶太は一度本気で怒った。しかし妻はそんな慶太の怒りなどもろともしない。所謂逆ギレというもので反撃をしたのだ。

酔いを覚ますために飲んでいた水の入ったペットボトルを思い切りテーブルにたたきつけた。

「はぁ?そんなこと言えるほどあんたはお金を稼いでるの?私の方が全然稼いでいるんじゃないの?」

 水商売を十代の頃からやっていた妻の月収は慶太の月収の二倍近くあったのだ。しかし今はそんなことを気にして話をしていては前に進めないと思い、慶太も声を荒げて本音の話をした。

「ふざけんな!お前はそれ以上に金を使ってるだろうが!それにだ…ほとんど家に帰らないで由良の面倒だって見やしない。俺だってもっと仕事したいけど由良の面倒見てたら時間だって限られるんだよ」

「あのねぇ…自分の稼いだ金を使って何が悪いのよ…大体…私は子どもなんか欲しくなかったのよ。あんたが、産んでくれって必死に頼んだから産んだまでよ」

 悪びれた様子もなく慶太の話を聞きながら煙草を取り出すと火をつけた。

「あんただってさぁ…昔は派手に喧嘩した悪だったんじゃない。くっだらない男の意地だとか誇りだとか…そんなことを理由にさ…それを子どもができたから改心でもしたっての?ははっ…だけど現実はどうなの?資格も学歴も持たないあんたには仕事はない、お金もない、昔の栄光なんて何の役にも立たない…それならヤクザの方がましよ。悪になるならお金の取れる悪になってよね。中途半端に悪ぶっている奴なんてそこら辺にたくさんいるのよ…」

 ぼろ雑巾のように扱われた気分であったが、妻の言い分も間違いではないからキレる訳にはいかなかった。

「あのなぁ…俺だっていつまでも子どもじゃないんだよ。あの時だって…その…言葉じゃ説明できないけど、はっきりと子どもが欲しいって思ってたんだよ。自分を変えるきっかけって言うか…嬉しかったのは事実だ」

「マジでぇ?それ本気で言ってる訳?人ってそう簡単に変われるもんなの?」

「子どもを産んだお前が一番それを感じるんじゃないのかよ?」

 母性という言葉を信じたかったが、そんなものを粉々に打ち砕くような発言をする。

「はぁ?あるわけないじゃん…そんなもの…だって…私、子ども嫌いだもん。あの時は一時の感情でそうせざるを得なかったけど、今は後悔だらけよ…全然遊べないし、同じ年の子たちはまだまだ若々しいもの。産むと老けるって本当ね…」

 自分の愛娘をいらない存在だと言い切った妻に慶太はもう我慢の限界であった。握り締めていた拳を思わず目の前にいる妻に放ってしまいそうになったが、それだけは絶対にしないと決めていた。

「そうかよ…今の言葉で十分分かった…確かに俺も悪かったかもしれない。けどよ…由良に何の感情も抱かないお前とはこれ以上住める訳がない」

「離婚ってこと?」

「そうだな…」

「いいんじゃない?それで…当然、親権はあんたでいいんでしょ?そこまで言うんだからさ」

「当たり前だろ…」

 その言葉を最後に慶太の妻は荷物を手際よくまとめて家を出て行った。よく寝泊りする友達の家か、飲み屋で知り合った男のところにでもいくのだろう。

 そんな風に割り切った考えが出来るほどに妻だった女に冷めた感情を抱いていた。昔を懐かしむこともできない、この女のどこか良くて一緒になったのかさえ思い出したくも無い…人は一度その人間を拒絶してしまうと、以前良かったり好きなところを一切忘れてしまうのだとも考えてしまった。

「じゃあね…」

 娘に対する後ろめたさなど感じることもなくその足取りはとても軽かった。

 そんな姿を見るだけで慶太は抑えきれない怒りに拳を握り締め側にあった壁を思い切り叩きたかった。しかし寝ている由良のことを考えるとそれは避けなければならなかった。


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