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何もないとはならないだろうと思っていたけれど。
現在の状況までも考えが回らなかった。
後ろで楽しそうにしている2人の男女をちら見しながらチウィオは今朝のことを思い出す。
「あの子…いえ、あの方は領主様のご息女であったわけですね」
「そうだ」
チウィオのは深く深くため息をつきながら館長を見る。
司書の制服と館長の証であるローブとバッチが胸元で光る。
髪を後ろになでつけ、隙間なく制服を着こなしている姿は真面目な人にみえなくもない。
が、その姿は日々奥方の努力のたまものであることはラズリの司書なら誰もが知っている。
本を愛し、仕事が出来る人であることには間違いはないが、いかんせん人使いが荒いのが館長である。
クロウディアが報告した次の日、出勤したチウィオを館長は速攻呼び出した時点で嫌な予感はしていた。
「領主殿は我々ラズリの司書に声が聞こえることはご存じだが、あのお嬢さんは知らなかったそうだ。知らなかったとはいえ領主の子供なのだから、勉強不足であることには明白だがな。そこはまぁ、領主殿も嘆いていたが…それより、クロウディアが呟いてしまった言葉だな」
「異界…ですもんね」
異界の知識を持った者というのは、過去にいなかった訳ではない。
記録に残っているだけでも数えられるくらいという少なさではあるが。
異界の知識そのものが珍しく重宝されるというのもあるが、異界の知識があるとラズリで新しい本が発見しやすいという利点があるためラズリを有するこの国では喉から手が出るほどに欲しがられる。
「インデは何と言っているんだ」
「クロウディアが検索をした本はこの世界の本ではないことが検索をかけた時分かったので、少年が異界の知識を持っているであろうことを僕に話したのだ…と。それ以上の意味はないそうです」
「その話をした声がクロウディアにも聞こえてしまった。ということで間違いはないな」
「はい」
館長はチウィオがインデといつでも話せると知っている唯一の人である。
「で、だ。昨日来たそのテツとかいう少年がラズリでまた本探しをしたいと言っていてな」
「はぁ、しかし一度追い出された人は入るのには入館許可の申請が必要で…ってそこは大丈夫ですね」
「あのお嬢さんが領主の娘だからな。申請はとっく通ってる」
「また問題を起こされても困るんですけど」
「そうならんように、お前に案内を頼んでるんだろ」
そしてチウィオに厄介ごとを押し付ける人でもある。
「拒否権は?」
「ない」
『よいではないか。あの小娘は好きではないが、テツとかいう小童には興味がある』
インデまで乗り気ではチウィオに拒否は出来ない。
そして、現在。
インデが興味のわいた少年、テツと領主の娘であるリルデリア・ブランデリン嬢を連れて迷宮探索中である。
せめてもの抵抗で護衛は外してもらい、案内するのは一般開放の場所のみと条件を付けさせてもらっているが。
『マンガとは面白いものであるな。絵と文字が一緒になっておる本は今までもあったが、このように全てが絵で精密に描かれている物語など初めてじゃ』
テツに言われるがままに本の検索を続けているが、テツが探している本はマンガという種類らしい。
探し見つけた本を少しだけ見せてもらったが、目を見張る出来であった。本好きとしてはもっと読みたいと疼く気持ちがあるが今は仕事中。我慢我慢と言い聞かせて検索を繰り返す。
インデは関係ないとばかりに面白そうにパラパラとマンガを読んでいる。
インデが手に取ると本まで見えなくなるから不思議なものだ。
「貸出上限は10冊までですが、まだ探しますか?」
もう手元には10冊以上ある。
「10冊だなんて少ないですわね。わたくしの命でも借りれませんの?いえ、借りるだなんてことはせずに購入いたしますわ」
「10冊までというのはラズリが決めていることで我々が決めた事ではありませんし、ラズリの本はたとえ王族であっても購入は出来ません。ラズリにある本はラズリのもの。無理に奪おうとすれば今度は本当にラズリを利用できなくなりますよ」
「そんなこと知ってますわ」
ツンとそらされた顔。横でテツが「リディ…」と諌めているがお嬢様は態度を改めるつもりはないらしい。
チウィオは吐きたい息を飲み込んで言葉を続ける。
「1人10冊までですので、リルデリア様の名でもう10冊を貸出をすれば合計で20冊までいけますが」
「そういう事は早く言いなさいな。さぁテツ様、わたくしの名を使っていただいてかまいません。もっとお好きな本を探してくださいな」
「ありがとう。リディ」
「いいえ!これくらいのことでしたらいくらでも!」
お嬢様はテツ少年が好きらしい。
ここまであからさまなのにテツ少年は気づいていないのが何とも言えない。何か言えても言わないが。
チウィオは手に持っている検索用紙に本の題名を書く。
書いた用紙がひらひらと図書館の中を泳いでいく。紙を見失わないように追いかける。
チウィオの後ろから付いて来ている二人。ちらりと目線を向ければお嬢様はテツの腕に絡みついて幸せそうにしている。
何も言うまい。と心に決めたチウィオを裏切るようにテツが話しかけてきた。
ありがとうございました。




