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感慨に耽っていた俺の耳に今回の護衛を請負った冒険者の、長年の荒れた生活でしゃがれた声が届く。
商人としては頭の痛い話だが、エルフの住む森までの護衛は冒険者頼みになるので、費用が騎士団に比べると高額になる。
騎士団の護衛はあらかじめ騎士団に寄付をしていて、護衛の都度、謝礼を出すのだが使い勝手が悪い。というのも、騎士団は国なり、それに準ずる大領主の持ち物で、治安維持を目的としている。騎士団ごとに活動範囲が決まっているので、活動範囲外の場所には護衛してはくれない。そして最低でも7日以上前に申し出て、騎士団の都合と合えば護衛として使えるという、スロー且つ目処の立ちにくいが質の高い護衛だ。騎士団の都合が急遽変更されれば勿論、キャンセルされるといったオプション付き。
だから通常の荷の輸送に利用する。それ以外は評判の良い冒険者に頼むのがセオリーだ。
本当のところ、騎士団への寄付は治安の強化依頼に基いていて、治安維持効果にも繋がっている。騎士団の護衛はそんな日頃の寄付に対する感謝で行ってもらっているに過ぎない。
そこで俺のような旅烏は気心の知れた冒険者を何人か作っておかなければいけない。文字通り、人は宝。
気心が知れているから、エルフの住む森などという、荒唐無稽な場所まで安全に連れてきてくれるし(悪ければ、殺されて、有り金奪われて、埋められかねない)、目を離していても、荷を依頼の場所まで護衛してもらえる(悪質だとちょろまかすなり、奪われることもある)。
商人にとって依頼を受ける冒険者を選ぶ目も品物を見る目同様か、それ以上に必要だ。何せ金銭や品物から命まで、商人は奪われるものしか持っていない。悪質な冒険者にとって商人は文字通りお宝の山だ。
そこで商人はギルドで紹介してもらう際にはできるだけ評判の良い冒険者を教えてもらうために心付けを渡したり、酒場で聞きこみをしたり、様々な方法で冒険者を選定する必要がある。
戦士並に強い商人がいるのも、自分と荷を守るため、多少弱くても信頼できる冒険者を選んだ結果といえる。
「・・・・ン・・・スウェン」
俺は冒険者のほうを向く。
ジータは熟練の冒険者で、魔物退治ならそろそろ引退を考えたほうがいいかもしれないが、商人や荷の護衛ならまだまだ大丈夫そうな男だ。酒好きが玉に瑕だが。
「ああ、すまん。野営の用意ならすぐに手伝う」
「アンタに手を出されると日が暮れちまうから、止めてくれ。野営の準備はもう終わってる。それにしても、スウェン。アンタ、強いのにどうして野営の準備が下手なんだ?」
鼻で笑われた(ショック)。
そんなに俺に手伝わしたくないのか?
うん。まあ、イグザード商会マスターバイヤーとは思えないほど、俺は野営の準備が下手だ。
そこいらにいる子供より下手かもしれない。実際、街育ちの子供に用意させてみたほうがマシかもしれない、というレベルだ。ここにいるのはエルフの子供くらいなものだろうが、これは比較にならないと思う。
故郷の行商人の手伝いをしていた時は干し肉を食べ、木の上で眠っていたから、野営しなかったし。
「買いかぶらないでくれよ、ジータ。俺はただの商人だ。野営は何度経験しても慣れない。それだけだ」
「血の臭いのこびり付いた、使い込んだナイフを持つ男が何を言う」
「これは故郷の行商人に読み書きと計算を教えてもらいながら、丁稚奉公した時から使っているナイフなだけだ。騎士も来ない山ん中ばかりだから、魔物は自分で何とかするしかなかったと言っただろう?」
「そこはどこの田舎だよ?」
「マートルドットのキプセル村だよ」
「だからどこだよ? マートルドットはわかるが、キプセル村なんて聞いたこと無いぞ」
どの冒険者と話していても余程信じられないのか、いつも「どこの田舎?」問答になってしまう。
どうしてこんなに信じてもらえないんだろう。
ウチの村じゃ、冒険者なんか見たことある奴はいないし、顔馴染みの行商人以外の商人すら村人は見たこと無い。何か目立った特産品も無いから、噂になりようもない。
役人か騎士が街道沿いの、一番近くの村の酒場で愚痴っていた時くらいでしかウチの村の名前、出なかった。領主も存在自体、忘れているかもしれない。
「ウチの村の名前は徴税に来る役人とその護衛騎士くらいしか知らないし、顔馴染みの行商人と同じように山ん中にある近くの村々の者以外、正確な位置もわからない場所なんだよ。役人たちですら行商人の案内でどうにか来るぐらいだ」
「うわー。行ってみたいような、行きたくないようなスゴイ場所だな」
そんな嫌そうな顔をして言うなよ、ジータ。
「食べられる魔物だけはいっぱいいるから、金がない時に来たらいい。俺も色々なとこに行ったけど、あそこの魔物はかなり旨い」
思い出したら、口の中に唾が溢れ出てくる。
作物が不作でも魔物が食べられたから、ウチの村も近隣の村も餓死者だけは出ない。その代わり、魔物の被害は大きい。
・・・。
・・・。
・・・。
俺の記憶にある村の食事は魔物の肉料理しか無いんだが、アレを主食と言って、いいんだろうか?
うん、忘れよう。
「そうなのか? 金に困っているのはいつものことだが・・・。魔物が旨いって本当か?」
「ああ。村じゃ、みんないつも食ってた」
「魔物食うのが普通なのか?!」
ジータ、そんなに驚くなよ。
「それと作物以外、食うもんは手に入らないからな」
「獣いるだろ? メジロ鹿にメキ猪、メアカ山羊やメアオ兎にメグロ鳥が」
この大陸では一般的な獣の名前が挙げられていくが、俺にとってはそれほど馴染みがない名前だ。初めて見かけたのは、村を離れ、街道沿いの村の食堂のメニュー。
普通の魔物に比べたら、獣は旨い。うちの周辺で見かけない魔物を食べた時、あまりの味に泣きそうになった。この大陸のどこに行っても、大概、食堂のメニューには魔物ではなく、獣が載っていることに感謝したくらいだ。
だが、ウチの村の周辺の魔物は獣より更に旨い。まさに美味。そういえば、ウチの村に一番近い街道沿いの村の食堂には、村で食べていた魔物もメニューに載っていた。
「そんなもんはいない」
「は?!」
ジータ、その顔面白すぎ。見世物小屋に出られるレベルだ。
「ウチの村の周辺には獣はいないんだ。ああ、思えば遠くに来たもんだなあ」
エルフの住む森で故郷を思い出すってのも、何かの縁があるのかも知れない。
もしかして、嫁が簡単に手に入る?!
ラッキー♪
「スウェン。アンタの村もエルフの住む森同様に調査したほうがいいんじゃないか?」
あらすじ詐欺絶賛続行中。