暇つぶし
赤い月の輝いていた夜、仕事の最中に餓鬼を拾った。そいつは夜闇に映えるように赤く燃えた家の中で虫の息で横たわっていた。周りには胸の抉れた女と首の飛んだ男……どちらも人間だった。この家に何があったのか粗方予想はつく"黒犬"に襲撃されたのだろう。この辺りに悪魔が出たと聞いて文字通り飛んできた訳なのだが一足遅かったようだ。微かな呼吸をしている餓鬼の側に歩み寄る。横腹に抉ったような爪痕、血溜まり、これは最早助からないな。涙で濡れた瞳は虚ろでこちらが見えているのかも定かではない。
……このまま動かなくなるまで眺めるのも面白い。だが、そうだな……もしもこの小さな餓鬼が足掻いて見せてくれるのなら、それに答えてやらないでもない。この日の俺は機嫌が良かった。
「助けてやろうか?」
一瞬、虚ろだった餓鬼の瞳が俺を捉えたように見えた。少しだけ、消え入ろうとしていた呼吸が乱れた様だった。青褪めた唇が微かに開かれ、言葉の代わりに血を吐いてすぐに閉じる。それを何度か繰り返す。ほら、どうした人間、生きたいのだろう?だったらもっと必死に俺に縋り付け。
「助けてやろうかと聞いているんだ」
もう一度、死にかけの頭にも理解できるよう優しく問いかけてやる。今一度唇が開かれる、そこからまた血が伝う、頬からは涙が伝う、必死でなんとも醜い姿だ。だがそれでいい、これでこそ。
「……し……に……たく……ない……」
燃え盛る家をそのままに餓鬼を抱え飛び立った。腕の中で眠っているそれは先程まで半死人だったとは思えないほど安らかな寝息を立てている。左手の甲には赤い紋様、我が従僕になった証。さて、使い魔にしたはいいものの使い道があるのかどうか?使い物にならなければ死体に戻すまで。少しの間の暇つぶし程度になれば及第点。何も知らずに間抜けな顔で眠っている餓鬼の黒髪をきまぐれに撫でてやる……少しだけ眉根を寄せた顔が何故だか酷く可笑しく思え堪え切れずにくっと声が漏れた。
鴉視点。