表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CrowClaw  作者: 泉子
1/7

死の淵

(死にたくない)

目の前には両親の変わり果てた姿があった。生気を失った両親の瞳に映るのは両親だったものを見つめている自分の姿。今まさに両親と同じ姿になろうとしている自分の。炎と血溜まりで視界が赤く覆われる。耐え難い熱さを間近で感じても体は思うように動かない。燃え盛る炎、両親の亡骸、横たわる自分。どうしてこんな事になったのか、心も身体も必死に生に縋り付いていた。横腹の熱い痛みがたんだんと遠ざかると共に死を間近に感じて来る。只々怖かった。

(死にたくない、死にたくない、しにたくない)

声を出そうとしても上手く出ず、唇が微かに震える。

(こわいよ、たすけて、だれか)


「助けてやろうか?」

絶望の景色を、何かが遮った。"それ"はばさりと音を立てて私の目の前に降り立った。誰?何?何故こんなところに?そんな事を考える余裕などはなくただ"助けてやろうか"という単語のみを死にかけの頭が理解した。

「助けてやろうかと聞いているんだ」

影は何故か少し愉快そうな声色でそう"鳴いた" 停止寸前の思考が、肉体が、最後の希望を必死に掴もうとする。視界が藍に滲む。頬に暖かいものが伝うのを感じながら、頭の中で何度も叫んだ言葉を最後の力を振り絞り口にした。

「……し……に……たく……ない……」

私の言葉に、影は満足そうに「カァ」と鳴いた。





目が覚めるとそこは見知らぬ場所だった。簡素な、それでいて暖かい寝床に私は寝かされていた。

「あ、れ?」

ここが何処なのか、どうしてこんな所で自分は寝ていたのか、考えたい事は沢山あった。しかしそんな事よりもまず先に

「生きてる?」

左胸に手を当てる。確かに自分の心音が感じられた。思考も働くし口も動く、ベッドの温かさも肌で感じる事が出来ている。生きている事は素直に嬉しかった。

「……」

しかし自分が死の淵に立った理由を、そして自分の現状を考えるとその喜びがあっさりと悲しみと恐怖に塗り替えられる。思考を邪魔する要素がなくなった今、考えたくもない"どうしてこうなったのか"を考えてしまう。どうしてこんな事になったんだろう。


私はごく普通の家庭―私はそう思っていた―に生まれた。暖かく優しい両親の元に生まれて"普通"という最高の幸せの中に居た。それがどうしてあんな事になってしまったんだろう。……ああ、思い出した。思い出したくないのに、忘れていたかったのに。不気味な赤い月が印象的だったあの夜、私の家には訪問者が居た。それは普通の訪問者ではなかった。獣の様な風貌でいて、人のように二本の足で立ち、鋭い牙を剥き出し―威嚇しているようにも笑っているようにも見えた―赤い目を爛々と光らせていた……あれは、悪魔だ。


この世界には人と悪魔、二つの種族が存在している。両者の外見は全く違っていてきっと価値観や考え方も違う筈だ。悪魔が人を襲う……そういう話は聞いた事があった。"悪魔は恐ろしい存在で、人とは相容れない存在"だと母もよく口にしていた。でもまさか自分が当事者になるだなんて思っていなかった。全く可能性が無い訳ではなかったけど、生まれてこの方悪魔を見た事がなかった私にとってはどこか御伽話の世界の話の様な、そんな他人事の様にしか考えられなかった。


真っ先に悲鳴を上げた母さんがまず最初に胸を抉られた。激昂した父さんは悪魔に自ら挑んで首を刎ねられた。テーブルの上のランプが床に落ちて家は炎に包まれて、最後に残った私は何も出来ないまま悪魔がこっちを見て

「うっ、ぐ」

そこまで思考を巡らせた所で吐き気を覚え口を覆う。涙が溢れてきた。優しかった父も母ももうこの世に居ないのだ。家もきっと焼けてしまっているのだろう。私にはもう何もない。そう思ったら悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。死に物狂いで手に入れたこの命にも価値が無いように思えてしまった。

「……?」

死に物狂いで……そうだ、私はそもそも何故生きているんだろう?

いくらあの時生きたいと願っていたとしても願うだけで叶う筈は無い。何か忘れているような気がする。あの時あの夜の最後に私は……そう、鴉の声を聞いたのだ。

「ようやくお目覚めか」

「ひっ!」

突如背後からばさばさという羽音と声が聞こえ思わず悲鳴を漏らす。

恐る恐る声のした方へ振り向くと、窓際に一羽の鴉がとまっていた。藍色の身体に赤い瞳が特徴的でよく見ると左目の瞳孔が黒い十字線の様な形をしている。ただの鴉ではない、そもそも今喋ったのがこの鴉だとしたらこれが"鴉"という生き物なのかすら疑わしい。

「う、うあ」

頭では思考出来ていても口は上手く回らず意味のない喘ぎを吐き出してしまう。そんな私を笑っているのか鴉の身体が微かに震えたように見えた。

「……何を驚いているのだ、あの夜の事を忘れてしまった訳ではあるまい?」

驚いている私を尻目に鴉は私の見ている前ではっきりと流暢に人語を話した。低い、それでいて何処か陽気な男性の声で藍色の鴉は言葉を紡ぐ。

「生まれ変わった気分はどんなものだ?」

「えっ?」

自分のこれから、目の前の生き物が何なのか、様々な事柄が多手続きに押し寄せて混乱している頭に更に追い打ちをかけられた。生まれ変わった?誰が?

「なんだ、まだ理解していなかったのか?」

「えっ……えっ?」

「魔族に生まれ変わった気分はどうだ?シンディ=バウムガルデン」


……私が?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ