みかんは紫で、腐った魚のにおいがする
その現象は突如として起こった。
東京もニューヨークもロンドンもナイロビもテヘランも空が紫色に染まり、地は石油を巻き散らかしたかのような色合い。物質は正常な色を忘れ、吐き気を催すような色彩に包まれた。
発生源は特定できず、3日のうちに全世界へと波及し、人々は混乱のさなかへ。
科学者は化学物質による大気汚染を疑い、哲学者はクオリアの問題で元より世界はこの色であったことを唱え、終末論者は世界の終わりを歌い、神学者は聖書を読み返した。
しかし、解決の糸口は見えず、人類は騒然となった。
「いよいよ俺たちはどうかしちまったらしいな。こんな世界気持ち悪くて仕方がねえ」
「まったくだ。色が変わっただけで、これほどまでに影響が出るとは思わなかったぜ。真っ赤な水も、ピンクの机も、お前の灰色の顔もうんざりだ」
「てめえの顔を鏡で見てみろ、おんなじ色してるぜ」
「違いない。まったく、頭がくらくらしてくる。食べ物は目をつぶって我慢できるとしても、せめて家の中の色だけでも戻したいもんだぜ」
「今まで売れのこってたドギツイ色の塗料とか、日の目を見なかった不気味な家財道具なんかが売れてるみたいだ。そのうち元に戻るんじゃないかと期待してたが、いよいよ買うしかないかもな」
1月が経過したころ、さらなる変化が起こった。
事態は終息するどころか、今度は匂いや手触りまで変化しだしたのだ。
ここへ来てようやく、これは人間の脳に異常が起こっているっことが判明し、世界各国でプロジェクトチームがつくられ、ついには人間の脳にメスが入れられることとなった。
世界が依然として混乱に包まれる中、満足そうに笑う男がいた。経済学者のAである。
「先生のおかげで世界経済は救われそうです」
「いえいえ。我々の生み出してしまった、ただただ人間の感覚を麻痺させるだけの毒物が、人々の買い替え需要に結びつくとは思いもつきませんでした」
「経済の根本は物の取引です。閉塞状態の経済では物も作られなくなり、労働者も減る。貧困と失業者は戦争を産みます。金融だけでごまかしている現在、私たち経済学者にはもう打つ手がなかったのです。先生方の科学力があってこその賜物、私が催促したばかりに万全な安全策が講じられず、犠牲者も出てしまったことが悔やまれて仕方がない」
「事故や自殺者は出ましたが、大義の前では小さなものです。それで、この後はどうなさるおつもりですか? 薬の効果は1年で切れてしまいます」
「切れた後はまた買い替え需要が起こります。荒治療ですが、これで経済は健全化するでしょう」
1年後、人々の感覚は正常に戻り、手元には悪趣味な財が残った。
メディアは歓喜し、消費を迫る広告やニュースを流し続けたが、誰も動じることはなかった。
色や形の見せかけよりも、実用的か否かの本質をとらえるようになったのだ。
猟奇的な色に包まれた世界で、科学者が言う。
「まさか、金融はおろか、通貨制度までもが崩壊してしまうとは……」
「気づいてしまったのです。金こそが最も役に立たないということに」
失業したAがつぶやいた。
目にしていただき、ありがとうございました。
書いておいて何ですが、着地に失敗した感があります。
なにがいけなかったのだろう・・・?