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 昔むかしの物語。

「おふくろ。これ、なんなんだよ?!」

 村はずれの一軒家に少年の声が響く。

「なにって……見ての通りだけど。う~ん。やっぱり似合わないわねぇ」

 上から下まで息子のようすを矯めつ眇めつしているのは、息子によく似た母親である。

 当の息子、リヒトは、母親の前で真っ赤になって震えている。

 その赤は、怒りなのか恥ずかしさなのか。それとも、女ものの赤いずきんのせいなのか。

 フルフルと震えるリヒトを見て溜息をついていた母親だったが、一転、

「何を言ってるの。あんたが悪いんでしょ。あれだけ気をつけなさいって口をすっぱくしてるのに、この耳は飾りなの? この耳はっ!」

 強気にリヒトの耳を引っ張る。

「イテ。痛いってば」

「わかってる? そうそう服の替えなんてないのよ。一着ダメにしたら、繕うか布を買ってきて新しいのを縫うかしかないんだから。あんたかあさんの裁縫の腕は知ってるわよね」

 不器用というほどではないが、とにかく時間がかかるのだ。

「わるかったよ。でも………」

 しゅんとなるリヒトにからだを擦りつけているのは、縞の仔猫。

「ええ、ええ。その猫を荷車から助けようとして、そうして服をひっちゃぶっちゃったのよね。捨て猫や捨て犬をほおっておけない。そこはあんたのいいところよ。母さんだって認めるのにやぶさかではないわよ」

 捨てられた犬や猫を見捨てられないからと、拾ってくるのだ。それを受け入れる家族も、まぁ太っ腹といえば太っ腹だろう。

「で、も、ね」

 ああ説教がはじまると、リヒトは心の耳栓を準備する。

「後先考えないのが、あんたの短所よ。もうあんたの服はないんだから、出来上がるまでそれを着ときなさい。とってもお父さんのは貸せないわ。だから、わたしのお下がり。こんど破ったりしたらしょうちしないわよ」

 ぶちぶちと、説教プラスお説教。

 リヒトが着ているのは、女もののくるぶし丈のスカートに白いエプロン。ブラウスにベスト。とどめは、赤いずきんである。

「気をつける………」

 しゅんとつぶやくリヒトに、母親はとどめの一撃を加えた。

「そう。わかったなら、はい」

 バスケットにはいったお菓子とワイン。

「?」

「これを、おばーちゃんに届けてちょうだい」

 ゲッとばかりに後退さるリヒトだった。

「この格好で、外に出ろって?」

「そうよ」

 母親がけろりんぱと肯定する。

 こういうときの母親には逆らうだけ無駄なのだと、リヒトは経験上知っている。

「う~」

 だから、唸りながら、バスケットを受け取ったのだ。

「そうそう、森の中を通るのは危ないからダメよ」

「へーい」

 生返事をして、リヒトはしぶしぶ家を出たのである。



 ◆◆◇◇◇◇◇


 


 ずきんのおかげで顔が隠れるのが、不幸中の幸いかもしれない。

 なるべく友人に気づかれないようにと、うつむき加減に歩くリヒトである。

 しかし、こういうときに限って、世間様は目敏かったりするのだ。

 ちょうど町から帰ってきていた年上の幼馴染みが、リヒトを見つけた。

 知らん顔をしてすまそうにも、相手は何でもひとより優れているエリートさまである。

「ああ、やっぱり。リヒトくんじゃないですか。いったいどうしたんですその格好は」

 高い位置から降ってくるカールの呆れたような声。

 上目遣いにカールを睨みつけて、

「ダメにしちゃったんだよっ」

 フンと横を向く。

 町から帰ってくるたびに何かとからんでくるカールが、幼馴染みとはいえちょっとばかり苦手だったりする。

「おやおやご機嫌斜めですね。今度は何を助けたんでしょうねぇ。いいかげんにしておかないと、自分で自分の首を絞めてしまいますよ」

「カールさんには関係ないだろっ」

 吐き出すようにして言うリヒトの顎を手で持ち上げて、

「心配してあげてるんですよ。君は、わたしの可愛い幼馴染みですからね」

「………心配してなんていらない。それに、可愛いなんて言うなっ!」

 真っ赤になって怒鳴る。

「そんな格好をして怒鳴っても、こわくありませんよ、赤ずきんちゃん」

 くすくすとふくみわらいまでするカールに、

「ばかっ。カールさんのおたんこなすっ!!!」

 真っ赤になって駆け出したリヒトだった。

 その背中に、

「寄り道しないでお使いするんですよ」

 カールの忠告が突き刺さる。

(カールさんのバカやろう。いつまでオレのことガキ扱いすんだよっ。オレがガキだったらあんたなんかオジンじゃないかっ!!!)

 歳より若く見えるカールだが、リヒトの記憶が正しければ自分よりも十くらいは年長のはずである。

 プンプンと腹を立てながら、リヒトはずんずんと歩を進めた。

 なんだか、ひとが自分をじろじろと見ているような気になって仕方がなかった。

(う~)

 気のせいなのか、事実なのか。

 わからないが、どうにもイヤでたまらない。

(もういいやっ)

 だから、リヒトは、森へと分け入った。

 ひんやりと薄暗い森。

 針葉樹のつんとした香り。

 細い踏み分け道が、木の間越しの陽射しにぼんやりと浮かんで見えている。

「気持ちいいじゃんかよ」

 他人の視線がない森の中、自然背中が伸びる。

 ちょっと遠回りになってしまうものの、今の自分をあまり見られたくないこともあって、都合がいい。

「あーあ。とっとと済ましちまおう」

 伸びをしたリヒトは、目指す祖母の家にざかざかと向かうのだった。

(あり?)

 ぼりぼりと頬を掻く。

 ぐるりと周囲を見渡して、

「迷っちまった……か?」

 リヒトは呟いた。

 どこで間違ったのか、道は一本のはずなのに。

「うーん。どーすべぇ」

 引き返すしかないだろう。

 この道を通ったのは、かつて父親と一度だけ。

 迷ってもしかたがないと言えば言える。しかし、あの時も、一本道だった。

 まあ、もともとが猟師たちがつけた踏み分け道だから。道自体が変わってしまったと思っても間違いではないのだろうが。

(しゃーない。引き返すか)

 振り返ったリヒトはその場に硬直した。

 道がないのだ。

「うっそー」

(なんでなんでなんで???)

 シュバルツバルトの深い森。

 魔物が住むという噂がある。

 しかし、いまどきそんなことを信じる者などいない。

 ――――――――――――多分。

 リヒトもどちらかといえば、リアリストに属するので。

「道があるんだから、進めばいいや」

 おまけに、楽天家でもある。

 それがいつも良い目を出せばいいのだが。

 懲りない性格が、丁と出るか半と出るか。

 それは、なかば、賭けだったりするのだ。

 方向感覚も失せ、体内時間もあやふやで。

 後ろを振り向けば、道が最早わからない。

 リヒトは半分自棄だった。

 矢でも鉄砲でももってこいである。

(なるようにしかなんないんだもんな)

 自分で自分に言い聞かせながら、とりあえず、目の前に伸びている踏み分け道を逸れずに進む。

 やがて現われたのは、石造りの壮大な城。

 錬鉄の優美な門には、手を触れるのがためらわれるほど蔦がびっしりと絡んでいる。

(すげ……)

 ふと見上げれば空は、重苦しい鉛色。

 森の木々も、黒々とした常緑樹ばかり。

(あ、怪しすぎる…)

 知らずおののくリヒトだった。

 かといって退くもならず。

 ならば、進むしかない。

 ないのだが。

 何度目かの認識に、リヒトは唾を飲み込み進む。

 その時、きゅるるるるぅと、リヒトの腹が鳴った。

「腹減った~」

 ぽそりと呟くリヒトだった。

 そう、朝食べてから、水の一滴も飲んでいないのだ。

 かといって、祖母に持ってゆく菓子とワインを盗み食いするわけにもゆかず。

 視線はバスケットについつい泳いでしまう。

 もとより、食い意地が張っているリヒトである。欲望に負けてしまいそうだった。

「腹減ったよ~」

 リヒトがその場にへたり込みそうになった時、蔦の絡んだ門が、ギィ~と不気味な音を軋ませて開いた。

 あまりにも計ったようなタイミングのよさに、

「ご…招待……?」

 おどける口調が、震えてしまう。

 ぐぅっと唾を飲み込んで恐る恐る覗き込めば、門の奥、不気味に赤い薔薇の花が、石畳のアプローチの両側にびっしりと花開いている。

 こぼれるはなびらは、まるで赤い絨毯。

 薔薇のアーチは剣を捧げる騎士の列のようで。

 気圧されたリヒトは、それでも恐る恐る足を踏み入れた。

 どれくらい進んだだろう、城の入り口が見えてきた。

 そうして、お約束。

 ほっと、気が抜けたその時、薔薇の一枝が、リヒトのずきんに引っかかった。

 引っ張るとわさわさと薔薇がついてくる。

 動けなくなったリヒトがおたおたとしている間に、ポキンと音をたてて枝が折れた。

「ありゃ、折れちまった………」

 リヒトが独り語ち、枝を眺めていると、アプローチの彼方、石の階段の上にある城の入り口が軋みながら開いた。

 現われたのは、ひとならざる野獣。

 ここで怯えるのが礼儀というものなのだろう。

 見下ろしてくる、遠目にも炯と燃える黄金のまなざし。

 リヒトもまた、両目を丸く見開いて、登場した相手を凝視した。

 顔はひとではない。

 大きく裂けたくちびるからこぼれる巨大な白い牙。それは、紛うことなき肉食の証。

 しかし、首から下は、人間である。

 隙のないそれでいて優美な身ごなしにつれて、上質の絹らしい着衣が優雅にからだにからみつく。そのさまは、思わず見惚れるほどで。

 人間じゃないにしても、身分のある存在だと思えた。

(魔物の、王………?)

 ごくんと、リヒトの喉が鳴る。

「空腹だというから招いてさしあげたというのに、わたしの大切な薔薇を傷つけるとは。それが君の礼だというのですか」

 深い響きのテノール。

「あ…ごめん」

 慌てたリヒトはそれだけを言うのがやっとだった。と、

「おや、君は、少年ですね。それが、君の趣味なのですか」

 すこしからかうような響きのこもった声。

「ち、ちがう。これ、は、服が全部ダメになっちまったから…それで、おふくろが………」

 わたわたとしたリヒトの説明は、遮られた。

「まぁ、どうでもいいことですが。それより、君は、わたしの薔薇を手折りました。それが、君の意思であろうとなかろうと、結果はそうですね。いいでしょう、その枝は君に差し上げましょう。そのかわり、君はこの城の住人になるのですよ」

 一方的な主張にリヒトが反論しようとするより早く、軋む音を響かせて、錬鉄の門が自然に閉じた。

 今来た道を駆け戻ったリヒトが引っ張ろうが押そうが、どんなにしても、門は開かない。

 よじ登ろうとすれば、蔦がまるで意志を持っているかのように邪魔をする。

 途方に暮れて地面にへたり込む。

 ふわりと薔薇の香りを漂わせて魔物が近づいてきた。そうして、魔物はリヒトを立ち上がらせたのだ。

「逃げることはないでしょう。別に君を取って喰うとか、奴隷にするとか言っているわけではないのですから」

 剣呑な台詞に、リヒトの顔が青ざめる。

「で、でも、オレ、これをばーちゃんに届けないと…」

 バスケットを目の前に持ち上げる。

「そんなことなら、わたしにだとて可能ですよ。だれかに届けさせましょう」

「あっ」

 魔物は、バスケットを取り上げた。

「ああ、これから一緒に暮らすのですからね。わたしは、ディートマルというのですよ。君は?」

「ん?」と、訊ねてくる魔物―――ディートマルに、

「………リヒト」

 と、返す。

 こうして、リヒトとディートマルは森の奥に鎖された城で共に暮らすことになったのである。


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