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2


そうして、あの日から一年以上経った、夏の日に。私は、故郷の海へと来ていた。

まっさらに何もない大地。月日は確かに過ぎていて、摘まれた瓦礫はそこから移動されていて。

あるのはただ、何もない大地とほんのわずかに残った建物だけ。


鉄筋コンクリートの建物はほんの少し残ったけれど、多くの家は木造だった。

大地は深く沈んで、道路を嵩上げしないと高潮の所為で車も走れないという。


それでも、久しぶりに訪れた。故郷は、海は、懐かしい香りがした。

抜けるように青い空。静かな鏡のような海。

砂浜はほとんど消えてしまったけれど、面影を残した海岸線。


「祝お兄さん、貴方はまだ、この海のどこかにいるの?」


一年経っても未だ見つからない貴方。共に流されたおじさんはすぐに見つかったのに、貴方だけが見つからない。

おばさんは遺体安置所を回っているのだと聞いた。もう、生きてはいないだろうと。


もしも。どこかで記憶を失ってでもいい、生きていてくれれば。

そう希望を持つにはあまりにも、あまりにも津波が大きくて。

手を伸ばしても届かなかったのだと、遠くを見つめておばさんは言っていた。


これだけの時間が経っても地上で見つからないのなら、波と共に海へと旅立ってしまったのだろうか。


「それはそれで、いいのかもしれないね」


あれは天災だった。誰もどうしようも出来なかった。あの時は驚異でしかなかったけれど、ここの人々は結局海なしには生きられない。

海と共に寄り添い、生きていく。もしも貴方が海にいるのなら、それは共に寄り添って生きていけるという事ではないだろうか。

そう思うのが、ほんの少しだけの慰めだった。


けれど、それはほんのわずかな時間の夢でしかなくて。

そのすぐ後に訪れた、元々貴方の家があった、その場所で。


私は、貴方に出会ったのだから。


ぽつり、と貴方はそこにいた。少し俯くように、途方にくれたように。

誰か、なんて考えるよりも先に。


「祝お兄さん」


その名前が、私の唇から零れ落ちていた。


「弥生ちゃん?」

「ごめんなさい、少しだけここに一人にして貰えませんか?」


心配そうな親戚を振り切って、私は貴方に近づく。

高潮の所為でぬかるんだ地面が粘着のある音を立てるけれど、貴方は気づく様子もない。


「祝お兄さん」


もう一度名前を呼べば、やっと気付いたのかゆるりと振り返る。その顔は、全く知らない男性のもので。


「……誰だ?」


それでも、聞こえた声は、確かに聞き覚えのあるものだった。




実の所、祝お兄さんと直接会ったのは、物心つく前だけだ。だから、訝しげな視線を向けられても不思議はない。

むしろ、私自身がどうしてこんなにも貴方だと確信を持っているのか、これほどまでに心を向けているのかわからない。だけど。


「弥生です。末の娘の」

「弥生……?」


記憶の中の私はきっと幼子。今の私と結びつかないのだろう、小首を捻られて。

でも、私は大きく頷いた。


「はい、そうです。お久しぶりですね」


触れようと伸ばした手は、確かに届いているのに宙を虚しく掻くだけ。

わかっている。一目見た時から、わかっていた。

確かにそこにいるのに、その体には存在感がなかったから。


「……あの日、やはり亡くなっていたんですね、祝お兄さん」


吐息と共に呟いた言葉は、小さく震えていた。




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