表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/67

第六幸 Q-3 「世界を救えなくても、たった一人を救っていた男が死ぬということは、そのたった一人もまた犠牲になる。道連れに何人も何百人も殺す彼は、真の無能と言えよう」

黄金騎士は逆にモレクへの勝利条件を掴み取った。


こちらを殺すつもりで呼び出された巨大独楽を、錬金術の素材とし、そこでヴァユン内部に隠していたマモンの翼を混ぜる。


同じ戦法を選んだモレクに、同じく素材の引き寄せという一度見せた技を『わざと』使用する。


モレクは囮と見せかけた、本命の槍に向かって行き、見事少年はモレクの武器とマントを外してみせた。


エンディックにとっての戦いとは、敵の場所へ一直線に到達する為の、障害物を取り除くものだったのだ……。

「最初からおかしかったんだよな。もしモレクの言う通り、今まで緑の勇者の行動をアンタが決めていたなら、今日の正面きっての戦いは矛盾してるぜ。


 冷酷で知恵の回るモレクが俺を強敵と見たなら、ここに来る道中か孤児院で寝てる段階で、安全に殺すはずだ。


 ここで戦うにしたって、俺の家族を人質に連れて来れば、より有利になれたかもしれない。


 俺の動揺を誘うにしても、殺し合う敵に身の上話なんて、そんな『情けない真似』は今までのアンタにゃ似合わない。

 まるで俺の同情を買って、感情移入して下さいって言ってるようなもんだ」





 もう戦闘姿勢を解いて座りこむエンディックは、感じた違和感を次々と語る。

 妖精が憑依を止めたのか、棒立ちになっている緑昇と、隣で映されるモレクの姿を相手に、だ。






「同じ復讐者として言うなら、モレクが緑昇の世界の奴ら……このシュディアーに住んでる人間達を恨んでるなら、どうして律儀に緑昇の願いを叶えてやってるんだ?


 間抜けな緑昇から体を明け渡された時点で、約束を反故にしてもアンタに損があるのか?


 緑昇は勇者としての自分の安全を是としてたが、そもそも死なねーんだろ? なら緑昇は危険を顧みず活動するだろうし、騙してるアンタには心配する義理もねー。


 なのにモレクは緑昇の命を最優先とした……。


さっきだって、死なないはずの緑昇が傷付けられたとき、アンタのブチ切れ具合が怖いくらい伝わったぜ?


 俺にはどうも緑昇に対して、アンタに恨みや妖精の契約以外の、『情』が有るとしか思えねー」





 少年はモレクの話を聞いて、ずっと悩んでいた。

 本気じゃなかったとは思わないが、モレクの今日の戦い方は、どこか雑で迷いが感じられた。

 だからこそ己がここまで生き残れたのだと。





「そう、ですわね。ワタクシは……黄金騎士が本当に英雄なのかどうか、試してみたかった。いや挑戦したかったのですわ……」





 モレクが聞いた緑昇の誓い。

 それは、もしこの世界に本物の勇者が現れたら。

 外からの、異世界からの勇者ではなく、シュディアー人からの英雄が現れたら。





 そのときこそ今まで害した人々、サイラや救えなかった人々の命の責任を取るために、緑昇の仮面を外すつもりだと言う。

 そして不必要な己の命を絶つと。





 その主の考えに、待った、と行動を起こしたのはモレクである。


 彼女は対峙した黄金騎士に緑昇の事情を話し、自身に敵意を向けさせ、敗北した後の『段取り』を決めていた。


 もしモレク=ゾルレバン2が破れるようなことがあれば……己が破壊された後、緑昇をことを頼めるよう。

 緑昇を勇者の座から降ろし、彼を救ってくれるよう命乞いをしたのだ。


 だが今、緑昇が目覚めてしまったのである。




「へ、命懸けの茶番に付き合わされたわけだ。でもよ、どうしてモレクは緑昇を助けようとしてるんだ……? アンタにとってその男は何なんだよ?」




 妖精の話に耳を傾けていたエンディックは、彼女の動機を問う


 対する答えは、笑み。


 モレクは悲しげに、噛み締めるように言葉を紡ぎながら笑んだ。



「だって……この人がどんなに情けない人だろうと、ワタクシにとっては、緑昇こそが。


『勇者』でしたから……。




 ワタクシ達妖精族は、誇りあるシュディアーの支配者でした……。

この世界の正しさの為に活動し、必死に戦い、なのに裏切られた。ある妖精は絶望し、ある者は復讐を誓い、そしてワタクシは恐怖しました。


 世の善を信じ、民を信じてきたのに、それが否定されたことで、ワタクシはこの世の全てが怖くなってしまった……」






 誰もが何かを信じてるから、自信を持てる。

 信頼出来る正しさが有るから、生きていける。




 だがモレク=グラトニオスの正しさは、世界レベルで否定されてしまった。


 何も信じられない生というのは、歩む先に何も見えない真っ暗な洞窟でなのである。



「ワタクシだけありません。小さな真っ暗な器に閉じ込められた妖精達がすがれるのは、他者への憎悪だけ。

妖精達は憎悪だけを支えに、終わらない生の中を稼働し続けました。


そして……ワタクシは緑昇に『出逢え』た。


 この人は本当に無能。英雄に成りきるくせに、悪を殺そうとしない。

どんなに正義感が有っても、勇者鎧を着る才能が有ったとしても、命の取捨選択をする冷酷さが無ければ、この人の望むヒーローにはなれないのに」



 緑昇の失敗は、現実に生きる身でありながら、空想の人物に憧れたことだった。


 彼がTVの向こうで見た存在は、さぞ全能であろう。

 何事にも諦めず、努力は必ず実り、画面上の全ての人を救い、全てから尊敬を集める存在。


 だがそれは一方側からの視点でしかない。

 そのヒーローと敵対する側からは、その者こそが悪であるし、正義とは個人が独占して良い物ではないのだから。




 この緑昇は誰からの悪にも成らず、全ての善となろうとした。

 ゆえに両方共救えないというエラーが出る。



「ワタクシこの人のあまりにも偽善者っぷりに、何度も笑っちゃいましたわ。

きっとワタクシ達が知らないだけで、何人の命を救おうと、見逃した悪人の命によって、後できっと害されているだろうって。

 絶望した緑昇の姿は、いたく滑稽でしたわ。

 そして予定通り、彼の感情を吸収し、肉体を手に入れました。




 でも……今度はワタクシの心が『故障』してしまった」




 妖精の失敗は、騙し易い愚者の精神を乗っ取ることの意味を、理解していなかったこと。


 彼の捨てた心と肉体を奪い取るということは、その捨てた物を取り込むということだ。



 緑昇が悪人を一掃する為に、妖精モレクという非情さを手に入れ、代わりに捨てたのは。




『人情』である。




 妖精が信じられずに捨てた、無くしてしまった、そして今戻ってきた。



『良心』である。




 勇者を騙して取り憑いた妖精は、あろうことか彼の善性を理解し、共感してしまうのだ。





「もし……もし彼があの時代に、妖精族達が裏切られ、その正義が否定されたあの時代に、この人が居たら。


『勇者が居たら』って。


 きっとワタクシ達を助けてくれたんじゃないか?って……。


 そう考えたら、この人のことを放って置けなくなったのよ!」


 妖精の女は泣いていた。

 人間を見下し、冷酷だった彼女の表情と音声は感情的になり、男への想いを荒げる。




「この人は……秩序や正義、誰かの善意を信じる(ワタクシ)にとっての、勇者ですから……。


 見捨てられるわけがない。裏切れるわけがない。この人にワタクシ達を救って欲しい……!」




 それから復讐者は、男の夢を叶える妖精となる。


 彼では成し得ない、善人だけが生き残り、悪人が嫌悪され、誰も悪行をしたがらない世界を作る為に。



「マシニクル人を許したわけじゃありません。人間なんていくらでも死ねばいいんですわ!

 でも緑昇には傷付いて欲しくない……。死ぬ権利を売ったとしても、この人には苦しんで欲しくない。


 正しい行いをしてきた者には、いつか幸せになって欲しい……そういう世の中であるべきだと思う」



 復讐者の女はエンディックとは違った。


 彼女は復讐を諦めた。

 それよりも出逢えた大切な人の幸福を願っている。




(この世の道徳を信仰する馬鹿正直な男と、その道徳に裏切られた女ってか。

緑昇は己に足りなかった力と非情さを、モレクは失っていたモラルを取り戻した……なるほど。

 こいつらお似合いだな……)




 少年がそう思案していると、女妖精は悲痛な顔で願いを言葉にした。



「エンディック=ゴール……お願い、いたします。この死ねないくせに己を害しようとしてる、哀れな男を救って下さいまし。

 代わりにワタクシの命を差し出しますから……」

「あぁ……?」


「勇者でない者が勇者を打倒した事象を見て、この人の自我は大きく揺らいでいます。

 異世界から来た勇者ではなく、『この世界の人間の英雄』が現れたことで、己はもう必要無しとし、罰する為に自害しようとしました……。


 ワタクシはただ願いを叶えるだけの……悪魔。この人の誤った意思を否定することは……ワタクシにはとても……」

「モレク……お前……」


 苦悩する妖精にエンディックはため息をついた。


 賢いモレクと思えない愚鈍さに、だ。彼女は本当に気付いてないのだろうか?

 緑昇を救う方法を、彼女は既に知っているはずなのに。



「違ぇだろ……緑昇を苦しませたくないなら、テメーがはっきり言えば良いじゃねぇか!


 モレクが『勇者を辞めて欲しい』って頼めばいい。それで緑昇を救えるはずだろ!」



 そうなのだ。緑昇はどうしようもないお人好しである。誰かに必死に泣き落とされれば、引き止められるはずなのだ。



(育ての親の声を無視して、復讐心を優先した俺と違ってな……)



 エンディックは矛先をさっきから黙っている緑昇へ向ける。



「緑昇だってもう解ってるだろ。アンタはシナリーと同じだ。

誰かを犠牲にした罪悪感から、自己犠牲に浸ろうとしてるアホだぜ。


 救えなかった勇者が死んでも、犠牲者は戻ってこない。それで助かるのは、悩んでるソイツ自身だ。もっと言えばよぉ、アンタが死んだら、確実に苦しむ奴が一人居るだろ……?」

「……僕……は……」


 今の緑昇には解るはずである。このまま悪人を殺し続けても、その果てに自害しても、必ず苦しむ者がいることを。



 それは無力な彼に力をくれた、夢を叶えてくれた、ずっと側にいてくれた女性。



「緑の勇者道には必ずソイツが犠牲になる……。世の為に己を捧げる英雄さんの、助けたい人々の中には、その英雄を想う誰かは入ってねーのか?


 自分一人が死ねばいい? 見ねーフリしてんじゃねーよ!『誰か一人死んだら、死ぬ人間の数は、一人じゃ済まない』だろ。


 生贄になる英雄に、生きてて欲しい知り合いの気持ち! その全部が死ぬじゃねーか!


 それに順番がおかしいぜ。オメーがまず救うべきは世界中の善人じゃない。

 ずっと緑昇を助けてくれたモレクだろ!


 善良な人間を救うと言うなら、それを救おうとして苦しむ緑昇を想って涙するモレクは、善良じゃないって言うのかよ!


 自分が罪悪感から救われたいって愚かさと、


馬鹿男に力をくれて一緒に居てくれた女の、今流れてる涙。



 客観的価値観じゃねぇ、『緑昇個人の天秤』にとってどっちが重いんだ? 

言ってみろぉおおおお!」



 物語の救世主が孤独なわけがない。彼らは守りたい家族が、友人が、恋人が、居る世界だからこそ、守りたいのだ。


 犠牲になっても誰も悲しまない者が、ヒーローとなるのは稀だろう。

 つまり現実で真の英雄になるということは、その者を想う人々の気持ちを、己諸共に犠牲にするということである。



 それに頷ける者が、エンディックと緑昇という二人の男を含めて、正常なわけがない。



「少し考えれば『普通の奴なら』どっちが正しいか、解るもんなんだよ。それが判断出来ねーってことは、アンタは疲れてるんだよ。


 休むべきだ。勇者ごっこの活動を一旦止めて、自分を見つめ直すべきだぜ?」



 エンディックは男の信念を否定しない。

 だが心が破損するほど無理が溜まっているなら、立ち止まって休めと言っているだけだ。

 その提案に緑昇は酷く怯えたように返す。



「ではどうするんだ…?『僕』という恐怖が、勇者が人の幸せを保護しなければ、彼らの安全と幸せは誰が守るんだ……?」



「その代わりに成りそうな黄金騎士が居たんだろ? あの物好きな英雄さんが、出来る範囲で良い奴ぶるさ。

俺があんたの隣で、あんたの見える周りの世界を救ってやるよ」



「それでは……全ての善なる人が救われない」


「そんときは仕方ねーなー……」


「そんなことが許され」



「許されるだろ! 俺にも! アンタにも! 

この世界を救わなきゃならない使命なんて、最初から無い!


 全ての人々を守る義務も、

全ての悪人を滅ぼして良い資格も……。


そんなもん持つ奴ぁ、勇者にだって居ねーんだよぉ!」



 少年の答えに勇者は黙ってしまう。

 緑昇は己の傲慢さを自覚してしまったのだ。


 彼は勇者になれるだけなのに、勝手に『世界を救う使命がある』と盲信していた。

命を救うと唄いながら、自分の命を蔑ろに考えるのは、ただの人命軽視に他ならない。



「だが……それでも、僕はこの殺戮を始めた以上、途中で降りることは出来ない……。モレクに、いや『僕が殺してきた』罪人の中には、改心する可能性の有る者も居た。


 僕が人々に『勇者という恐怖』を広めることを止めれば、彼らの死の意味が……」



「……そういや、まだアンタ本人とは喧嘩したことねーよな?」

 エンディックはフラフラと立ち上がりながら、思い悩む緑昇に言う。

 その眼に戦意を燃やしながら。



「俺達には資格がねー。でも緑昇は無理矢理にでも悪人を殺したいし、俺は無理矢理にでもアンタ達を助けたくなった。


 なら……男だったらコイツで決めよーぜ?」


 エンディックが掲げたのは籠手を付けた拳。

 だが既に疲労困憊のはずの少年の提案に、横からモレクが口を出した。



「強がるのはよしなさい。坊やは今までの金獣の維持や再錬金、ましてや最後の大掛かりな槍の複数錬金で、見るからに機力切れですわ。そんな体で喧嘩だって出来ないでしょうに」



「うるせーよ……アンタらにはマモンを倒した俺の姿が、英雄に見えたかもしれねー。現に今もモレクを下した……。


 でもよぉ、まだ緑昇本人は確かめてねーわけだよな? こんなフラフラなガキに負けるようじゃ、ますますアンタに勇者なんてのは、荷が重いって示せるよな?」



 エンディックはヴァユンⅢを用いず、勇者に挑もうとしているのである。

 困惑している緑昇は、少年に問う。



「……どうやって勝ち負けを決めるつもりだ?」

「ルールは相手に膝を付かせた……方が勝ちって感じで良いだろ?俺は殺されたくないし、アンタも錬金術で勇者鎧を壊されたくないだろうから、得物は無しの男の勝負ってことで。


 アンタが勝てば、俺は英雄なんかじゃなかったってこで、これからもモレクと殺しまくりの旅を続けたら良い。


 そして俺が万が一にも勝ったら、俺のワガママを聞いてもらう。

 モレクは緑昇の権利を全て返して、死なない勇者から人間に戻せ。その後で死んだら、アンタの勇者道はそこで終わりだ。死ねないなんてズルは止めろ。


 そして緑昇とモレクの命は、俺が救う!」



 エンディックは不敵に笑い、緑の勇者にファイティングポーズを取る。


 同じ『光』を憧憬した、目の前の同類を救う為に。



 勇者から人に、『憧れられる空想のヒーロー』から『フィクションに憧れる現実の子供』に戻してやる為に。



 そして勇者に出逢え、その在り方に救われた、女妖精の為に。



「……ふ、それではどっちでも『俺』が死なぬではないか。自分が得する、上手い勝負のふっかけ方だ」



 鋼鉄の緑鎧を着た緑昇は、不殺主義だった昔のように拳を構える。



 同じ『偶像』を崇拝した、同類を乗り越える為に。


 自分が救えなかった、助けたかった全ての人々の為に。



 自分一人の価値観で殺し、これからも殺し尽くさんとする、罪人達の命の為に。



 今、ヒーローに憧れた少年『達』の最後の戦いが始まる!


緑昇さんは一人の命の大切さを説くけど、エンディックは緑昇とモレクの命を保護せんとする。


間違っているのは、緑昇さんはやりたくないのに、出来ないのに己に殺戮の使命を強制してる。



緑昇が喜んで悪人を虐殺するサイコジャスティスマンなら、エンディック達と対等です。



でも彼はマトモだった。正常な善人に、英雄はどだい不適合。



この物語は、ステージに上がってきたお客さんを、客席に戻す話になんですよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ