第六幸 P-3 「勇者様は見逃した人々を、一人一人見つけ出し、 念入りに、必ず、ミンチにして鰐の餌にしたとさ」
(エストーセイ地方・港街ヴィエル・とある商人の家)
「訪ねて来たのが貴方で驚きましたよ勇者様……! あれから色々あったものです……勇者様に人の道を説かれてから、私は変わりました。今はこのヴィエルで慎ましく暮らして……」
その優しげな商人の男は、緑昇を居間に通し、大きな窓の向こうへ手を振る。
外の庭では幼い娘が無邪気に遊んでおり、父親の笑顔に気付くと、元気良く応えた。
緑昇は椅子に座りながら、その女の子の髪の毛が、いつかの『彼女』と同じく赤色なことに気付くと、その生気の無い両目の黒は更に暗くなる。
「今日はどのようなご用件で? この港街で何か起こったのでしょうか? 確か以前大きな魔物に襲われたことがあったとか? 私で良ければ何か力に」
「……殺しに……きた」
「え? 今なんて」
「勇者、召喚」
商人の眼前で、黒い筒のような闇が緑昇の全身を隠し、数秒後には中からおどろおどろしい全身鎧が、闇を引き裂いて現れた。
鋼鉄の緑鎧を纏った今こそ、緑昇の勇者としての本来の姿なのだと、彼は知っていた。
商人の男も以前、その鋼鉄の両手で悪事を阻まれた経験が有るからだ。
「勇者様……! 一体何を!」
「……」
しかし鋼鉄の体は派手に現れたものの、微動だにしない。
水色のバイザーの奥で光る、鋭い黄色のカメラの両目からは、何の意思も感じられなかった。
「ほら、貴方様。ダメですわよ躊躇っちゃ。誓ったのでしょう? この世全ての悪を殺し尽くすって……。
全ての人々に恐怖を与え、誰もが悪人を憎み、悪事を恐れる世界に変えたいって。手始めに今まで見逃してきた罪人達を、生者再殺するのでしょう?
もし出来ないなら、またワタクシが変わってあげましょうか?」
勇者の脳内に悪魔が囁く。
震える手と声で緑昇は、右腕の武器のレバーを操作しようと……。
「遅い」
ここで緑昇の意識は消えた。
「グロ・ゴイル」
女悪魔の操作を受けた勇者は、穏やかに暮らしていた罪人の家で、殺戮の合図を発声する。
「や、やめてください! わ、私には家族が……」
「あぁ、居たのだったな。貴様が詐欺によって騙して殺してきた被害者達にも、当然家族がなぁ……」
振り下ろされた風の刃は金切声を上げながら、 商人の男の全身を混ぜ合わせ、壁や窓に彼を構成していた部品をまき散らした。
「アナタ〜、今の音は……」
客をもてなす料理を持ってきた妻が、部屋中に散らばった夫を見て、絶望の化粧を顔に表す。
その顔面に突き出されたグロ・ゴイルが、彼女を破壊し尽くし、勇者の胸鎧の四つの唇が開き、家主達の肉を吸い込むのだった。
緑の勇者は血で外が見えなくなった大きな窓を、横に開いて外に出る。庭には現実と両親に取り残された幼き娘。
泣き叫んで逃げても、そのまま呆然としても、結果は変わらぬ。
緑昇の意識が戻ったのは、彼が泊まっている宿の部屋の真ん中。
彼は直前の記憶と風景が変わってしまっていることに、そこで会っていた家族達がどうなったのかを悟った。
「俺は……また出来なかったのか」
「えぇ、貴方様が躊躇い、ワタクシが殺人と戦いを代行する……契約の通り、ね。
喜んで下さいまし。緑昇の望み通り、また勇者が悪人を罰しましたわ」
緑昇は選んだ。悪を救わないことを。
少数の悪人を皆殺しにし、救われない少数の善人を全て救い上げると。
その為なら全てを生贄に捧げる。
まず真っ先に彼が売り飛ばしたのは、彼自身の人としての幸福である。
彼が迷う度に、少しずつモレクに売り払った物は、理性、良心、善性、躊躇、寛容。そして自分の肉体。
人としての権利。
そして売った金で買ったのは、善人だけを守る勇者という、仮面である。
「ダメだ……こんなことでは……。俺の躊躇で一人の、万人の善なる人の幸福が侵害される。
俺は勇者としてこの身を善良なる人々に捧げ、より効率的に全ての悪人に死ぬ直前まで恐怖を与えがら、出来る限り長く苦しませて、惨殺していかなければ……。
誰もが他人を害した者の『末路』を知れば……。悪が恐ろしく、苦しいものだと知れば、他者を害さなくなるのだから……」
緑昇は勇者である。
この世全ての善人を救い、彼らの安全な未来の為、全ての罪人を駆逐する義務がある、と男は考えていた。
悪魔は契約者の理想を『演じ』させる為に、ある回答に至る。
人が他者を害するのは、害するデメリットが小さいからであると。
悪が許されるから、悪人が殺されないから、どんな悪いことをしても、死ねば終わりだから。
なので人は軽々しく罪を犯す。
『どんな悪いことをしても、反省すれば、謝れば、暴かれなければ、許される』という、大多数のカルト宗教。
その教えの下、誰もが軽々しく物を盗み、皆がやってるからと女を犯し、バレないからと殺害してきた。
「ならば……勇者が悪を許さなければ、良い。勇者があらゆる罪を暴きたてれば、良い。
勇者が罪を犯す利益以上の、地獄の苦しみを刻み付けて行けば、良いのだ。『悪いこと』をすれば、苦しみと恐怖が、必ず『勇者』が現れる世の中を俺は実現する。
誰もが勇者を恐れ、善という道徳があることを『信じれば』……。人々が俺に食い殺されることを学べば、乱れた世はきっと良くなる」
だが実際悪人を食い散らかしていたのは、緑昇を操作したモレクであった。
次第に彼の狂った感覚は、両者の垣根を外れ、モレクの行いを自分の結果だと思い込むようになる。
次第にその善悪の判断すら曖昧になり、今ではほとんど女悪魔が直接殺害の是非を決めていた。
しかし緑昇に憧れた男の子は、この結果に満足しているだろう。
彼は悪魔という都合のいい『仮面』を手に入れることで、TVの中のフィクションヒーローになれたのだ。
この緑昇という英雄の名を名乗る、愚かなる断罪者は。
『宮本 亜生良』は復讐者である。
全ての悪に対する、それらを許した悪神である己への復讐を誓った、彼もまた勇者に『成れなかった』緑の騎士である。
彼が未だ本名を名乗らず、緑昇を自称するのは、ひとえに己に対する憎悪だった。
だが、もし己が不用になったら?
『本物の勇者』が居ない夢の希望もない世界に、もし。
この世界の、『シュディアー人の勇者』が誕生しようものなら。
そのとき自分は……罪を償わなければならない。




