第五幸 M-3 「鳥の巣箱で飼われた魔犬の餌は」
暴かれた過去。
シナリーが殺したのは実の父親のベネトの方。
エンディックの母、冴虚を殺害したのは、悪魔に洗脳された父、ギデオーズ=ゴールだった。
マモンはギデオーズが内心に隠していた、英雄願望に取り入り、喪失欲の為に妻を殺させたのだ。
強敵である錬金術師夫婦と戦わず、敵対者の心と体を破壊し尽くした悪魔。
残された少女もまた罪悪感の呪いに囚われる…
(現在・スキエル平原)
体の自由を奪われて悪魔のパーツとなり、混濁する意識の中でシナリーは、今の状況を容認しかけていた。
もう無理だ。正規の勇者が着た勇者鎧を相手に、手心を加える余裕などない。
エンディック達は自分を殺す他になく、彼女の願いだった少年の手による断罪は目の前だ。
(……ち……がう……)
しかし『今までの』シナリーは、この形を望んでいただろうか?
確かに彼女は死を望んでいた……が、それは自身の危険性を憂慮してである。
いつか悪魔が自分を迎えに来るんじゃないか? そのとき周りの大切な人達が害されるのではないか?
何より殺す立場であり、唯一『彼女が壊れる前の、普通だった頃を知る』親友を、逆に手に掛けてしまうことになったら……?
壊れて捨てられた人形の己を、人たらしめてくれた人々を、殺してしまった自分は、一体どうなってしまうのか?
そうなればもはやシナリー=ハウピースの心は、二度と治るまい。
「おやぁ、少しショッキングでしたかなぁ?」
マモンは地上で俯向くエンディックを嘲る。
これから戦うと意気込んでいた相手の戦意を削ぎ、それを見た悦する悪魔は、シナリーの中で渦巻く不安にも満足していた。
「昔の御嬢様はまだ幼い人形だった。だから悪魔と相乗りするには、早過ぎた。ですが、今は違う。御嬢様は多くの人間と知り合い、大切にしたいと『願える』対象も増えました。
御嬢様は『人』になったのです! 何かを望み、妬み、欲する希望を、『欲望』を産める人間に!」
マモンは身から発する機力に殺意を込めながら、下でたそがれる少年に槍を向ける。
「つまり……その御嬢様の大切に『したい』家族や友人を、その手に掛ければどうなるか?
大切な物、欲する物が有るのなら……それを奪われたとき生まれる、強く暗い『欲』こそ、このマモンめの大好物なのでございます」
少年に抵抗する、反応する気力はまだ弱く、今戦闘が始まればエンディックは枯葉のごとく吹き飛ぶであろう。
「……嫌……で……す」
老人の電子音声とは別の、か細い勇者本人の嗚咽を、少年の耳は拾った。
空の鳥と地の人ほどに彼我の距離は離れており、彼女の声は断片的でしか届かない。しかし喪失する恐怖と、友人に欲する願いが含まれたシナリーの声を、彼が聞き逃すわけがなかった。
「おやぁ御嬢様? お別れの挨拶ですかな?」
「……殺……したく……ない……忘れ……られたく……ないよ……エン……ディックん……」
漏れ聞こえる彼女の『欲望』は、ずっと胸に隠し秘めていた、決してエンディックには言うまいと誓った物。
それはもはや、『黄金騎士』にしか叶えられない願いである。
「私……から……す……け……て……ださ……い!」
「……今頃かよ」
エンディックは身を起こしながら、彼にとって聞く必要のない言葉を了承した。
「こちとらなぁ! テメーが迷惑だろうが何だろうが、そのつもりなんだよシナリィイイイ!」
エンディックは肩に背負っていた麻袋を開け、堂々と草地にばら撒く。
そして兜を被りながら、より確実になった言葉を吐く。
「錬金……開始!」
エンディックは左腕の『ヴァユンⅢ』を起動。籠手の宝石が紫に発光し、地面に錬金円を形成した。
「そんな時間の掛かる隙を、見逃すとお思いですかな?」
エンディック『達』の思案通り、マモンは攻撃対象を『弱い方』の少年へと絞り、武器の金球二つを降下させる。
球体に必殺の魔力を込めるべく、魔言を言葉にする……が。
「魔言『POISON+METAL』」
「……魔言『ROCK』」
どこからか唱えられた魔言により、不敵に待ち構える少年の周囲の地面から、緑色の石壁がせり上がった。
表面に水色の文字が刻まれた封印石の群れは、エンディックを隠すように隙間なく円形上に囲み、黄金騎士の錬金終了まで結界となる。
更に驚くマモン=グリーズのバイザー内に、四つの機力反応が。
空高く浮遊する悪魔の前後左右の遠くの地に、モレク=ゾルレバン2の姿が現れる。
「魔言『KICK+TORNADO』×『KICK+TORNADO』+『SLASH』
照準完了」
そのどれでもない左後方から、彼は撃ち出された。
「溜めがいささか足りないが……残酷回転」
不可視の位置より飛び蹴りの姿勢で上昇したのは、本物の緑昇である。
グロ・ゴイルが備わった左脚を伸ばし、竜巻を纏いながら急加速。
必殺の蹴りは、マモンの側に浮遊していた金球『一つ』の、自動防御である力場に激突する。
「……座標隠蔽した四枚の上から、更に四枚の鏡で二重に隠れさせてもらった……ぞ。流石に自動防御に頼ったな。それに……『やはり』この威力は鏡面装甲では防げないようだな?」
「確かに意表は突けてましたよ? ですが前と違い、下から上への突撃では、いささか威力不足ですなぁ」
緑昇が奇襲の為に放った、不完全な残酷回転。
荒々しい豪風と切断の力を巻き起こしているが、マモンはその必殺技を余裕で受け止めていた。
これは作戦だった。
エンディックが時を稼ぎ、その間に緑昇が攻める。そして封印石で守られたエンディックが黄金騎士となり、共闘してマモンを討つ。
その手筈になっていた。
「構わんぞマモン。右脚で仕留める!」
緑昇はそのまま力場を足場とし、身を起き上げる勢いで跳躍する。
今度こそ敵より高位置を取るつもりなのだ。
しかしそれを許さぬと、マモンもまた上昇して追った。
「良いのですかな? ワタクシメを相手に空中戦などして。空は翼無き身には、いささか重過ぎますなあ。飛び道具を撃ち合うにしても、今のワタクシメには鏡の鎧が有るのですぞぉ?」
「風の魔力を手繰る俺達は、羽ばたかずとも風に乗れる。そして貴様に鏡面装甲が有ったとしても、所詮は鏡。注がれた機力による耐久度以上を受け止めればヒビが入り、それが全身に広がれば、元の装甲との切り替えが難しくなる……違うか?」
二人が見出したのは戦略だけにあらず。
エンディックがマモンから突き抉った黄金の翼という戦利品の、その材質の調査である。
緑昇がモレクに解析させたところ、その翼にも鏡面装甲が備わっていたのだ。
これは金の表面の下に、別の装甲が隠されており、機力と錬金術の作用によって、表面が切り替わっていた。
それはエンディックの力を使った実験で、確認済みである。
もしこれが魔言の鏡と同じ作用なら、少しでもヒビが入れば、力の反射は不完全になってしまうはずだ。
「つまり残酷回転で攻撃し続ければ、貴様は金球で防ぐしかなくなる」
先の強化された脚力と力場に激突した衝撃で、緑昇は急上昇していき、やがてある時点で速度を落とし、右脚を天へ振り上げた。
右脚の横にもグロ・ゴイルが備わっており、内部風車の回転数を跳ね上げ、そこから落下加速。かかと落としのように降ろされた残酷回転と、追いかけていたマモンの真実の富が交差した。
「へっ、俺が行くまでヤられんなよー?」
一方石壁に囲まれたエンディックは安全を保証されつつも、出来る限り急いで錬成を行っていた。
地面に広がった錬金円で散らばっている防具と部品に、円内の土草など土地全てに、機力を通して支配する。
金色に変わった兜を被り、赤い宝石が備わった右籠手『偽物の富』を起動。
その手に持った金属の棒を真下の地に突き刺し、思いっきり振り上げて構えた。
「あぁ……今まで一番しっかりしてる感じだぜ」
棒の機力に接触した土などを素材とし、それらを強制的に金に変えて形を作る。
エンディックの手には筒状の槍が存在していた。更に胸と足の防具を取り付けた少年の隣では、既に相棒が組み上がっている。
刺々しくもしなやかな金の獣。四本の細い脚で立ち、短い二本角の頭部を誇らしく上げたプロングホーン。左籠手の名前にもなった『ヴァユンⅢ』である。
(付け焼き刃だろうと、奴と戦う術や戦略、機力コントロールを緑昇から叩き込まれたんだぜ……。悪魔が前より強かろうが、その分俺達が埋め合わせればいい。
見てろよ緑昇。捨て駒どころか、俺のおかげで勝てたって言わせてやるぜ!)
黄金騎士となったエンディックは戦意と殺意を貼り直し、ヴァユンに跨った。
周りでそびえ立つ封印石は内側からは脆いので、金槍の一突きでこれを壊し、外界に出る。
敵の待ち伏せを警戒し、結界から走り出てすぐに加速する……が。
(随分遠くじゃねぇか!)
勇者同士の戦いは移動しながら行われたのか、遥か遠くの緑の地平にて。
恐らく緑昇が少年の為に、動いてくれたのだろう。
地を駆ける緑の勇者と、飛行する黄金の勇者の、遠距離での風と光の応酬が成されていた。
「良かったですねぇ緑昇様。待っていたお仲間ですよ?」
「ち! 来てしまったか……」
緑の勇者は遠くから走ってくる黄金騎士を見咎めると、声を張り上げて叫ぶ。
「エンディック来るな! そのまま走って逃げろ! もう君の入ってこれる状況じゃない!」
耳に届いた少年は、ギョッとして減速する。
何を言っているのだ? 共闘するのではなかったのか……? それとも……二人がかりでも勝てないほど、シナリーの力は強いというのか?
エンディックの困惑を嘲笑うように、天を舞っていたマモン=グリーズに異変が起こる。
「では勝ち目が生まれる前に、貴方様から……狩らせて頂きましょう」
空間から何かが二つ呼び出され、黄金の勇者の両翼に一つずつ装着される。
マモンは後方に右旋回上昇しつつ、向き直って翼の武器で緑昇を照準した。
「魔言『METAL+SHOT』」
それは細長く黒い鉄の箱で、前面の蓋が開かれ、中から同色の槍のような物が三つ露出する。
「対龍兵装『ケルベロス・アローポッド』……ですぞぉ」
箱から撃ち出された槍の表面には、三首の犬のマークが。
三匹×2の猟犬は空に煙を描きながら、獲物へと多方向から襲い掛かった。
「ケルベロスミサイル……! やはり使ってくるか」
緑昇は上空より一気に距離を詰めてくる飛翔体を、両腕の武器で迎撃せんとする。
「貴方様! あのケルベロス社製のミサイルは爆発しませんが、容易に壊せない超硬度の装甲を持ちます! 龍の息吹を想定していますから、あれを切り落とすにはこちらも残酷回転並みの大技が必須。しかしそんな暇は……」
「解ってる! 下がりつつ、強引に押し落とすぞ!」
モレクの警告を聞きながら緑の勇者は、両腕の非実体チェーンソーと砲頭を用意しつつ、後方に跳び逃げた。
まずは左後ろに回り込もうとする二発のミサイルに、グラトニオス・カノンを発射。
左腕から放たれた豪風は、一発目を切り刻んであらぬ方向へ進路を変えたが、二発目は難なく竜巻を貫通してしまう。
無論、二発とも風の刃に傷一つ付けられていなかった。
次に正面から突撃する三発に、右のグロ・ゴイルを振るう。
もう眼前に迫った一発目に風の刃を振り下ろし、無理やり地に押し刺す。返す刃で二発目の横っ腹を殴り、空いた右肩に三発目が突き刺さった。
「貴方様! いけません!」
当たった衝撃で硬直した緑昇はそのまま飛ばされ、回り込んだ一発が背中から左胸を。
最後の六発目の黒き槍が、右胸を射抜いた。
そのまま緑の勇者は何の抵抗も出来ずに飛ばされ、ケルベロス達は落ちた地面に獲物を縫い付けるのであった。
「おい……嘘……だろ?」
遠方で動かなくなった相方の終わりに、エンディックはヴァユンの脚を止めてしまう。
医学に詳しくない少年にも理解出来る。
あれは……!
「さて……お喜び下さいエンディック様。邪魔者が死に、晴れて仇と一対一ですぞぉぉお? グフフ! グフフフフッ!」
悪魔の笑い声が響く中、少年は緑の勇者の死を知った。




