第三幸I-3「救われなかった、届かなかった亡者達の怨嗟受け止めるのは」
ニアダ達勇者狩りパーティーに敗北する、エンディックとシナリー。
エンディックは相手の不利を見なかったこと。
シナリーは実戦的な魔言戦闘の経験差が、敗因となる。
ニアダ達の罠が準備され、緑昇はそれを察しつつ、事件関係者である少年達を救う為、死地に降り立つ。
彼が拠点を離れることが、そもそもの彼らの望みだというのに…
ニアダの剛力から振り下ろされる大剣。
それは彼の踏み込みの速さと相まって、重量を無視した打ち込みだった。
だが緑昇は壁ギリギリに右に避け、左手で刀身を抑えながら、逆に右の裏拳を放つ。
懐に踏み込み、ニアダの胸を打った一撃は、彼を大きく後ろへ後退させた。
「防がれる前に……殺るだけだ」
緑昇はグロゴイルのレバーを引き、態勢を崩した騎士へ瞬殺の風を振り下ろした。魔力の風刃は、男の受け止めようとした木の盾を削り、腕もろとも切り裂か……なかった。
なぜか対龍兵装が盾で止められ、突如グロゴイルは内側から爆ぜた。
「な……に?」
風のチェーンソーの刃が、グロゴイル内に逆流。
鰐の小手に収められていた、上下の板と内部の風車が弾け飛び、使い手の腕を逆に斬り付けたのだ。
ニアダはその隙に剣を後ろに引き、刃を寝かせ、勇者の腹部に突きを放つ。
大剣の刃は、避けそうとした左脇腹の動力チューブを斬り、中の肉を傷付ける。
「うぐ……!」
緑昇は堪らずニアダを蹴りつけ、後方に距離を取った。
「……馬鹿な、グロゴイルの魔力を跳ね返した……だと? いつの間に『MIRROR』を仕掛けていた……!」
「これは魔言じゃないんだ勇者様。知らないのも無理はない。この『作品』はヴェルト村だけの装備だからね」
ニアダは口を吊り上げながら、盾を掲げる。
それは二重に層が重ねられた構造になっていて、壊された一枚目の木の板から露出しているのは、鏡だ。
淵に金の装飾がなされた、鏡の盾だ。
緑昇の耳にモレクの囁きが届く。
「貴方様、あの盾は魔力の流れを逆流させる、ほぼ魔言『MIRROR』と同じ機能が有るようですわ。これがどういう技術かは判明していませんが、微かに機力のような力の残滓を検知しましたの。もしやあれは」
「あぁ……エンディックの小手と同じく、錬金術による物の可能性が高い。入手経路は何にせよ、魔力攻撃を主武装とするゾルレバン2を、狙い撃ちにする装備ということか」
緑昇は右腕の負傷を見る。
グロゴイルの自壊により、破壊の風が小手や肩装甲を深く斬り付け、防具やチューブの間から血が滲んでいた。
幸いなことに、手甲の宝石には傷一つ付いておらず、『モレク』は無事のようだ。
(腹部の負傷をすぐにでも治したいが……)
「魔言『ROCK』、『THUNDER』じゃ」
ニアダの後衛である老婆が、魔なる言葉を紡ぐ。
緑昇の後方の路地入口と、左右の壁一面に緑色の石が出現する。
それは分厚い石の板で、表面に水色の文字のような模様が記されていた。
(『ROCK』だと……? 封印石の技術による道の封鎖や、場の固定の為に用いられる、7の階級の上級魔言。
封印文字の書かれた面からは、石を退けることも、破壊することも不可能とされるが……この狭い場所はその為か)
これで緑昇側から左右の壁を壊したり、後方に退くことが出来ない。
さらにニアダの頭上に、黄色の魔力円が力を溜めていた。
(前衛を飛び越えて老婆から攻めようとすれば、溜められた雷撃で撃ち落とされる……。眼前で回復魔言を使おうとすれば、やはり魔言と、目の前の男に攻撃を許すことになるか。
だがこの傷を放っておけん。敵の追撃を受けても、治療を優先する……)
「魔言『RECOVER』」
緑昇はダメージを覚悟し、防御の構えをしながら、白き魔力が腹の傷を無理やり塞ぎ始める。
同時にニアダが次は首を落とさんと斬りかかり、上空から閃光が緑の勇者に撃ち出された。
「成るほどな……俺がこうすりゃ良かったんだな」
『金』の槍の刺突が、ニアダの盾に届く。
それは彼の足元まで這っていたエンディックが、立ち上がりながら放ったもの。
「錬金、開始」
少年の機力が鏡の盾に流れ、分解した。
「ボサッとしてんじゃねぇ!」
エンディックは動揺を機に、ニアダの足腰に体当たり。そのまま馬乗りになって、抑えつけようとする。
「ふ……ぐぅ……射線が……通ったな」
緑昇はその身に雷を受け続けながら、左腕の対龍兵装を構える。
その先には離れた場所にて、決死の形相で杖を握るリンドが居た。
前衛が倒れたのを知るや、魔力を魔力円に送り続け、そのまま勇者を焼き殺そうとしていた。
「孫のぉ! ポンティコスの仇ぃ! 儂が取ってやるからなぁあ!」
「魔言『SHOT+TORNADO』……グラトニオス・カノン」
鰐頭の砲から放たれた竜巻は一直線に伸びていき、進路上のリンドを巻き込み、彼方の壁面に叩き付けた。
「アンタの負けだニアダさん! もう止めろ!」
エンディックは頭上を通り過ぎた竜巻に冷や汗をかきながら、ニアダを抑えて降伏を促す。
「離せ! 現実の英雄になれた君には解るまい……僕『達』の憤りが! 少年は誰しも童話のヒーローを目指す! だがなれない! 現実は空想みたいに甘くないんだよ! 皆それなら納得がいくさ……。
だが勇者は実在した! 英雄願望は架空ではなかったんだ! ならば僕は恨む。僕がなれなかった勇者を! お母さんと僕を助けてくれなかった奴を!
勇者など架空の存在であると、僕自身に証明しなければならないんだよぉぉ!」
「そんなに肩書きが大事かよぉ……。じゃあ、あのときのアンタは、村の為に敵わない魔物と戦ったアンタは、英雄じゃなかったのかよ!」
ピンスフェルトで黄金騎士が駆けつけたとき、先にニアダ達が戦っていたのだ。
たった二人で勝ち目の薄い戦いを。
いや実質魔物に立ち向かっていたとき、ニアダは一人だった。あの鋼鉄に魔獣に、剣を片手に一人で戦いを挑『めた』騎士が居た。
その光景に、事実に、どれだけの価値があることか。
それを見た少年が、何と感じたのか。
「ニアダぁ、アンタはこんなことしなくても、確かめなくても、アンタ自身の行動で『アンタという勇者が居た』ことを、皆に教えれば良かったんだ!
勇者と呼ばれなくても! 『善く』生きることは出来たはずだろうがぁ!」
そうだ。善く生きようすることに、肩書きや名声は無関係なのだ。
勇者だから相応しい行動をするとか、戦う資格が無いから辞めるとか。
過去が不幸だったから、未来で幸福が待っていないはずなど。
それらは無関係なのである。
「運命は選べなくても! アンタ自身の『善悪』は、アンタが決めることだろぉぉ!」
「……」
そんな言い争う二人を飛び越えて、ある人物が緑昇の前に躍り出る。
「やはり私も出なくてはダメなようだな」
最初にニアダと共にいた、コーダンという騎士だ。頭髪はなく、槍と鏡の盾を装備している。
「殺す前に聞いておきたいことがあるようだ。緑色の勇者よ、デニクという男を知ってるか?」
緑昇は焼かれて痛む体で構えながら、意外な名を聞いて反応した。
「あの小悪党か。貴様は奴と関わりが?」
「同じく神を信仰する者のようだ。昔からの親友でもある……! 奴は自分の罪を悔いていた。罪滅ぼしにと、街の孤児院などに寄付していたデニクをよくも」
「魔言『RECOVER』」
相手が語っている間に、緑昇は回復魔言を発動。
白い魔力円が頭からつま先まで通過し、鎧の中で焼かれた肉を治療していく。
「貴様ぁあ、何回復しとるかぁ! この盾に魔言は通じんぞ……友の仇! 取らせても」
迫るコーダンの槍が突くより先に、緑昇は槍の先端より下を左手で抑えた。
さらに右手で盾の上部分を抑え、右脚の膝を己の胸に付くまで上げる。
「敵眼前で身の上話とは……殺し合う相手と解り合いたいのか? こちらとしては、後衛の魔言使いが居ないなら、もう守勢になる必要はない」
緑昇は丸太のような脚で、敵の顔を蹴りつける。
だが両手を固定しているので、コーダンは蹴り飛ばされない。ので、何度も蹴りつける蹴りつける蹴りつける蹴り砕く蹴り壊す蹴り散らかすことが出来た。
硬い装甲に包まれた蹴りは、コーダンの顔面を破壊するには充分だった。
緑昇は手を離し、敵を蹴りで壁に打ち付けて、トドメを刺した。
「この位置では……ダメだな」
ニアダは抑えつけられている下半身に力を入れ、一気に持ち上げた。同時にエンディックの脇の下を掴み、剛力を込める。
恐ろしいことにニアダは、寝た姿勢で、上の人間を投げ飛ばしたのだ。
「ぐ……どんな馬鹿力だ!」
投げられた少年は離れた場所の、シナリーが寝ている辺りに飛ばされ、背を打ち付けた。
「流石だね勇者様。思った通り、悪党にたかられた程度じゃ、足止めが精一杯か……」
ニアダは起き上がり、落ちていた大剣を構える。
リンドが死んだ今、壁の結界は解除された。所定の位置を守らねばならない。
それに……勇者と出逢ったら、どうしても言いたかった台詞が有るのだ。
「ふん、勇者を志す男児は、面倒な者しかいないのか」
油断なく拳を構えた緑昇に、ニアダは走り出し、必死の形相で斬りかかった。
かねてより溜め込んだ文句を吐き出した。
「どうしてあのとき、助けてくれなかったんだぁぁあ?」
ニアダの大剣は勇者の肩に振り下ろされ、鎧の関節に食い込んだ。
緑昇は何も出来ず、なぜか硬直していた。
先の負傷が響いたか? 或いはニアダの言葉に『何か覚えが有る』のか?
「貴方様! ち……!」
手甲の動揺した音声と共に、両腕が動き、刺さった剣を両手で挟み、抜く……が。
すぐに異変に気付き、マントで体の左側を隠そうとするが。
ここで勝敗は決した。
ニアダ達『六人』の勝利だ。
緑昇の立っている位置の、左横の壁が溶け始める。
瞬間、溢れ出す青い光の奔流。
壁向こうから放たれたギガビーム砲が、緑昇とニアダに直撃した。光線が爆音を連れて、壁から路地、更に向こうの壁を貫き、射線上を焼き通る。
数件の建物と人間を蒸発させ、風穴を開けて止まった。
エンディックは起き上がりながら、熱風と肉を焼いた匂いの空間を見る。
緑の勇者は焼き溶けた状態で、膝をついていた。
マントは蒸発し、左半身の鎧や動力チューブは辛うじて形を保っているものの、煙を上げて溶けて変形している。
恐らくあのマントが、機力的防御機能を有していたのだろうが、だとしても近距離からの不意打ちを受けてはひとたまりもないようだ。
「やった……勇者をやっつけた!」
聞き覚えの有る声にギョッとして、壁に空けられた穴が見える角度に行き、中を見る。
穴は熱線の照射を受けたせいか、光の大きさ以上に広がり溶けていた。
そこは大きな倉庫になっていたようで、中で窮屈そうに『魔物』が一匹鎮座していたのだ。
鉄の異形の通称は、ギガース。
その隣には機力探知妨害装置が置かれ、キリーとリモネが傍に立っている。
「やっぱり僕を助けに来ちゃいましたね、エンディックお兄ちゃん。しかも黄金騎士だったなんて、僕はビックリして『呆れて』ますよ。もしお兄ちゃんが『イイモノ』側であるなら、殺さないといけませんよ?」
この子はキリー。孤児院の家族の一人で、ニアダ達の仲間だった者だ。
緑の勇者、敗れる。
勇者鎧は龍と戦う為の兵装なので、魔物に対する耐性、機力レジストはさほど高くないんですよね。
なので彼らもビームやミサイルを直撃させれば、簡単に死にます。
本来味方である魔物、無人兵器達との戦闘は、想定されてませんしね。
皮肉なのが、思い悩んでた主人公の復活するキッカケ作ったのが、敵である裏切り者のニアダだということ。
ここでエンディックは確固たる確信を、己の指針を固めるんですよね。
ニアダ関連の英雄願望や、願望憎悪の話はずっと書きたかった話でした。
1話のポンティコス達の罪悪有罪の話といい、この小説には前から読者に語りたかったテーマがギッシリ詰められて良かったです。
さて次回からまた急展開。ゾンビナイツパーティーは前座であり、ここから怒涛のピンチにしようと思ってます。




