第三幸F-2「黄金騎士という贋作の過去」
敗者に駆け寄る観客。
彼女は望み通り、少年の牙を折りに来たのだ。
糾弾の雨は無様なエンディックの塗り固めた色を薄め、無能な少年を暴き出した。
両親が優れた錬金術師だったエンディックは、
錬金術が使えない。
(3年前・アリギエ)
エンディックは街で携帯食料やクスター地方の地図などを購入し、ヴィエル農園方面へ出発した。
昔の記憶や位置関係からして、街道を進み、ヴィエル農園を超え、その先のダウン村の手前の辺り。そこがエンディックの故郷である確率が高い。
まず途中のピンスフェルト村や街で、古い地図や、彼の幼少期の年代の地理の情報を求めた。
他にも亜人種族の伝承や、エルヴ族についての記述など、噂程度でしかない手掛かりを掻き集めるのだった。
そうした収集の果てに大まかな位置を割り出し、そこへ歩を進める。
道中の路銀は、賞金稼ぎ(バウンティハンター)の真似事をして稼いでいた。偽物の富とヴァユンⅢの力は、犯罪者など相手にならなかったからだ。
移動は基本徒歩だが、夜までに街にたどり着けないときは、街道を外れてヴァユンⅢによるショートカット有るので、旅の危険は少なかった。
そして少年は旅の目的地に着いた。
「意味ねーよな……それが出来たら」
エンディックはシナリーに手を引かれ、アリギエ行きの街道を歩いていた。
シナリーの持つ杖の先端には今、平べったい円形の金属の板が接合している。
これは彼女が魔言『SLASH』で地面を薄く切り分けた後、それを魔言『METAL』により、刺した杖の先ごと金属化。
魔力で一時的に大きな金属の板に変わり、杖を上に掲げれば、傘に似た用途が生まれていた。
シナリーの魔力が続けば、傘など錬金術無しで、簡単に作れるのだと見せつけられたようだ。
エンディックは更に落ち込む。
「それでー、見つからなかったんですよねー?」
「無かった」
あのとき少年がヴィエル農園からガンティア山沿いに、ヴァユンⅢを走らせたが、彼の故郷『ヴェルト村』を発見出来なかった。
進めど進めど、草原と横には森と山ばかりで、遠くにダウン村が見えてしまった。
さらに森の中や山中の地形を、無理してヴァユンⅢで探索したが、人の住処の跡すら見つからなかったのだ。
近隣の街や村で聞き込みし、逆方向なのかとアリギエに戻り、遠くのレスケンス街方面に走らせたが、結果は同じ。
そして金の獣の足は、いつしかその先のルトールの街へ向かうのであった……。
「俺さ、子供の頃は、絵本の中の勇者や英雄とか、正義のナイトになりたいとか思ってたんだぜ……。だからせめて騎士になって、孤児院や義姉ちゃん達を守れるような、力を手に入れてと思ってさ。試験を受けて……落ちた」
エンディックの戦闘理念は、速さを『是』とする物。
とにかく敵の先を取り、攻められる前に攻め勝つ。速攻戦を好んでいた。
それは彼の中の『ある感情』から起因し、ヴァユンⅢの戦い方もそれに合っていたのである。
だがそれは一般的な騎士戦闘術と、全く相容れないのであった。
「騎士団試験は支給された全身鎧で、試合をするルールだった。重い盾で守りを固めて、重い武器でその防御を叩き斬り砕くってさ。俺はその試合でボロ負けしちまった……」
騎士という職は世襲制が多く、騎士の子も同じ職を目指していた。
貴族の若者が武芸を極めたい為に、領主となるべき子が騎士団で鍛えようと来るのも少なくない。
当然彼らの技術は、騎士にとってポピュラーな『重量武装戦闘』となるわけだ。
つまり騎士団試験は、貧乏人と金持ちの『区別』でもあったのだ。多くの防具の装備や、高価な重い武器に慣れてない者が、手慣れた者に勝てる道理はないのだから。
「騎士になって、世の中の為に働く。それしか俺の命に価値はない。だから最後の崖っぷちだと思ってた。ルトールの街には、長い期間居たんだぜ……。そして次の年の試験を受けて、また落ちたんだ!」
エンディックが培ってきた努力の、無意味さが証明された瞬間だった。
彼が養父の元で磨いてきた武術、学んできた戦略。旅で得てきた経験は、騎士甲冑戦闘では役に立たない。
二度目の試験の前に金を稼いで、重装備による修練も積んだが、それも付け焼き刃に過ぎなかった。
そして少年はやがて、ある現実を認識する。
「でもさ……俺はそれからヴァユンⅢで戦う内に、馬鹿らしくなっちまった。夢を叶える為に騎士という結果が無くても、俺はもう……手段を手に入れてたってことに」
この現実が彼にとって、幸なのか、不幸なのか?
少年は英雄に憧れて、騎士になろうとしていた。力を手に入れる為に、努力していた。
だが……既に英雄になれる『力』を、親から与えられていたのだ。
偽物の富と、ヴァユンⅢという、強力過ぎる手段を。
「俺は騎士にならなくても、英雄になってた。努力しなくても、先に結果を持ってたんだ。それに気付いてから、俺は仮面を被った。兜で顔を隠し、俺という子供を塗り隠し、匿名の仮面の英雄になった」
権力が無くても、絶対の力を得ていた少年は、日銭を稼ぐ為に、日夜悪と戦っていた。
その姿は正に、人々にとっての英雄として映ったのだ。
エンディックは騎士を諦め、それからの彼は、噂話の通りである。
「いつの間にか、周りから『黄金騎士』って呼ばれるようになったんだぜ? シナリーがかつて呼ばれた、『黄金騎士』の悪名でよ。もし俺がその名前を奪ったら、その肩の荷も軽く出来ると考えた……。帰ったらオヤジ達にバラして、誇りになると……そう思っていたのに!」
エンディックはいつしか、目に水を貯めていた。その重みに耐えかね、足も止まる。
「ハゲは死んじまったぁ……。俺が呑気にヒーローごっこなんかやってるせいで! 俺が復讐して殺してるはずの悪魔に、殺されちまったんだよ! だから俺は3年間のモラトリアムを否定した! 故郷も親父も見つけられず、ただ黄金騎士より弱い犯罪者や、魔物を狩ってたあの日々を!」
少年にとってあの墓地での報告は、正に地獄に落とされる気持ちだった。
ピンスフェルト村への出発も、縋るような願いを秘めての旅立ちだったのだ。
そしてやっと仇に逢えたというのに、彼の溜め込まれた想いは届かなかった。
「出来もしないことは、止めちゃえば良いんじゃないですか?」
いつもの少年の可能性を、拒絶する友の言葉。弱った彼にとって、トドメとしては充分だ。
「復讐や英雄願望は、エンディックんの勝手です。それはお義父さんへの親孝行とは無関係では? ライデッカー神父が望むのは、貴方が安全に、幸福に生きることですよ。貴方は親の望みを無視して、我を通してるだけです」
シナリーは立ち止まる幼馴染みを許さず、手を引き、帰路へ歩かせようとする。
それは彼の立ち止まる迷いを、許さぬ力で、だ。
「エンディックんに負い目が有るのなら、大人しくしていて下さい。復讐も諦めて、本物の勇者の緑昇さんに全部任せて……黄金騎士のマスクを、脱げは良いんです」
雨空は次第に雷鳴を混じらせ、鳴り響いた光が二人の顔を照らした。
ついに告白されたエンディックの空白の3年間といった感じでしょうか。
彼は努力と結果が結び付かず、直通で結果を持っていた。
そりゃ騎士ならなくても、こんなチート能力持ってたら、天狗にもなりますね。
しかもこの先の三幸の戦いは、彼に更なる試練となります。
黄金騎士ではなく、名無しのエンディックとして戦わねばならぬ事に…。
そして次回は緑昇の、勇者側の事情の説明です。
なぜ魔物とマシニクルが関係あるのか?
そもそも勇者達はどういう立場なのか?
次回で大体の謎は解けると思います。
ちょっとサービスで、他の勇者達もチョイ見せする予定です。
乞うご期待。




