第三幸E-6「偶像を押し付けあう男達」
緑の勇者の持参した戦略と戦力。
それは発動してある大規模魔言を、鏡面迷彩で隠蔽し、魔力を貯める間もなく、初手で繰り出すという物だった。
緑昇の魔言使いとしての技量など、エンディックは知らず、即座に逃走を選べた少年。
黄金騎士は機力を燃やし、緑昇の合成魔言『ブルー・S・スピナー』の横を通過し、攻撃を避けて見せるが…
対戦相手の緑の勇者は平原から失踪していた。
「あの鏡の魔言か……」
あの勇者は隠蔽行為に優れているらしい。こちらが油断すれば、どこからか腕の砲筒で狙い射抜かれる。どこに居るのか?
「上かよっ!」
見上げた先は空。日の光と雄大な雲、青い天上が広がっている。
何かが飛びかかってくる気配は無かった。
エンディックは警戒し、ヴァユンⅢの速度を落とすことなく、大回りな旋回移動を繰り返すが……何も起きなかった。
(糞、俺が長く戦えないのを見越して、持久戦かよ。かといって焦って、走りを遅めれば、奴の攻めが飛んでくる)
先程の大嵐の破壊が有ったとは思えない静けさに、エンディックの心に不安と焦燥が累積していく。聞こえるのはヴァユンⅢが蹴り散らす、泥水の音だけ。
緑昇はどこに隠れているのか? いつ奇襲が来るのか? そもそもまだここに居るのか? 離れた場所からまた強力な魔言で圧殺してくるのではないか?
「いや……あれは?」
黄金騎士は視界の端をよぎった、色の確認の為に減速。緑昇が立っていた位置から遠くない所で、人の膝の高さの中空に……泥が『浮いて』いた。
(そうか……汚せば解るじゃねぇか!)
村の戦いで緑昇が現れたとき、先の巨大な魔力円の出現も、鏡の魔言が使われていた。詳細な原理は解せないが、恐らく目の『見え方』に作用するものだろう。あの勇者は消えたのではなく、見えない鏡に隠れているのだ。
ならばその鏡の表面を汚してしまえば!
(奴はあの汚れの奥に居る……よな!)
エンディックは勝機と考え、右から回り込むように加速。泥が浮いている場所へ、槍を繰り出さんと構える。
だが彼が目指した先に見えたのは、獣に乗って走る己の姿だった。
「鏡……が見える?」
座標隠蔽を止めた鏡は、力を失い四方向に倒れていく。
鏡が囲っていた中には……誰も居ない。
(不味い……この先は何か不味い!)
エンディックはヴァユンⅢに急停止を掛けようと減速するも、獣の前脚を緑昇に掴まれ、乗り手は反動で前方の地面に投げ出されて行った。
「は……? がっ……!」
体を強く打ちつけ、兜が外れ、うつ伏せになった少年は、横になった視界で見た。
泥の中から手が生え、前のめりになったヴァユンⅢの前足を握り絞めている。
そして地中から飛び上がった者は、黄金騎士に圧し掛かるように着地し、その首に手をかけた。
「貴様の宿敵からして……対空戦の心得は有ろうと、己より『低所』の戦闘経験は少ないと推測出来た……。まあ……『地中』の敵と戦う経験など稀有だがな」
エンディックが見上げた影は、緑の勇者。彼は今しがた地面から飛び出したのに、不思議と土や泥が付着してない。
「魔言『SCREW』で潜っていた。俺は正直者だと自覚している。弱点を隠すより、敵に知られた方が、その欠点を突く前提の戦いに、『誘導』出来るのでな。貴様が鏡に気付いてくれるよう、初手に水を混ぜておいて正解だった」
『SCREW』は液状潜行力場を発生させる魔言。接触した水や地面を支配及び液状化させる力場を全身に帯び、自在に水中や地中を移動出来る、5の階級。
緑昇は合成魔言を放った後、これで地面の中に潜っていたのだ。
だがその詠唱内容はエンディックに聞かれていなかった。
(コイツ……! ならあの竜巻は地面に隠れる為だったってのか? 最初の攻撃の派手さも俺の目と耳を塞いで、土の下に逃げる……ただそれだけの為に!)
緑昇が巨大気象兵器を物理的な独楽にして呼び出したのは、初手で敵へ威圧と、竜巻の質量に隠れたかったからに過ぎない。
もし嵐が風と雨だけだったら、豪雨の中でも透けて目撃される可能性が有る。
(俺が独楽より速く緑昇の元に着いたとしても、隣の竜巻に巻き込まれちまう。あれだけ溜めた魔力だ……コイツを殺してすぐ消えるとは限らねぇ……。良いとこ取りの戦法かよ!)
「これも魔言戦闘の応用だ……。発声した内容で使用技術が聞かれるなら、敵の耳を塞げばいい。足の速い敵への必勝法は、『逃げ隠れる』ことだ。人には動体視力が有る……。速い動きを続ける間は、それだけ周りが見え辛くなるからな。俺を探すには減速するしかない。速い敵はな、『止まってもらうまで待つ』に限る」
エンディックは悔しさに堪えた。黄金騎士は戦士としても、魔言の使い方も、戦略家としても完全敗北した形になったからだ。
「ちくしょ……それだけの力が有りながら、どうして」
「あぁ、勇者の力が有れば多くの悪を駆逐し、より多くの善良な人を救える。だから救う側の俺が一切傷付くなど、死の危険に晒されるなど、許されない。……意外だなエンディック。君は勇者を嫌ってるようだが、他人には、英雄を名乗る者には、自己の偶像を押し付けるのか?」
緑昇の言葉に少年は目を反らす。実在する勇者の言葉は、『二重の意味』で彼の心を抉るものだった。
特にジャスティンを殺害したところを、見られている緑昇には。
「君は俺と似た『やり方』をしている。俺は肯定する。それは正しいとな。だから『あのとき』も……馬車が襲われるのを待っていたんだろう?」
「……どのときだ?」
「俺は馬車でアリギエに着く直前に、銀獣の会系列の盗賊に襲われ、そこに貴様が現れた。悪が有る所に正義有り……などと、都合がいいな? 他にも屋外での英雄の目撃例は、決まって『事件が起こり、しばらくして黄金騎士が助けに来た』だ。それは貴様が俺のように、事件が起こりそうな場所で張っていたからだな?」
緑昇が街や村で集めた金色の英雄譚。その表の顔である少年のホームや、孤児院の子供達の供述。
そしてエンディック=ゴールという、名前の騎士の真偽。
「まあ、な。こちとら事情が有るんだよ。ち……そうか、アンタもあの夜に。悪いな、盗賊の奴らをあのままにしちまって」
「俺は他人の獲物の処遇を、横取りはしない。一人を除き、騎士団に引き渡したぞ。一人は情報収集の為、拷問にかけたがな」
だが結局緑昇は全員殺すことになった。
彼がその後、アリギエ騎士団の牢獄施設を見張ると、その日の内に捕らえた盗賊達が出てきたのだ。そこには銀獣の会の幹部会員も居た。
彼らを再び緑昇が拘束し尋問すると、最悪な町の実態を聞かされる。
なんと犯罪ギルドとアリギエ公的機関が癒着しており、捕まっても金さえ有れば釈放されると言うのだ。更に彼らは馬車の乗客達を、事件を知る者を消しに行くつもりだったと。
これが緑の勇者と、アリギエ騎士団の争いに繋がるのだが……。
「やはり許せぬか? 黄金の、正義の英雄殿?」
緑昇がわざと煽るような言葉を選ぶのは、少年の本性を探る為だった。
だから今、エンディックは怒りと敵意を取り戻し、彼を睨んでいた。
「緑昇、俺はアンタが好きになれねーな。いや、それよりも正義とはどういうこった?」
「英雄ではない、と言うか。貴様の過去からして、勇者嫌悪は理解可能だ。だが……だからこそ君は虚構のヒーローを、現実に求め、それを己に釘刺したのではないか?」
それが緑の勇者が見出した、黄金騎士の在り方。
この少年は勇者を嫌ってる。だがそれに比例して、親友を救う英雄を求めてる。
目の前の不幸を解決してくれる、絵本のヒーローが現出しないとき、多くの少年は諦めるだろう。
だがこの少年は諦めた上で、自らその虚像の仮面を被ったのだ。
「黄金騎士、俺も貴様に気に入らない所が有る。貴様は他人の願望を否定しておきながら、自分は悪党の命すら助ける。ライトヒーローを演じていることだ。その実、人々が窮地になるのを待っている……変態のくせにな。村の戦いで確信した。貴様……タイミングを計って出てきてるな?」
「……違う!」
ここにきてエンディックは暴れ出した。緑昇は拘束を解き、起き上がった少年と向かい合う。
黄金騎士は緑の勇者を睨みつけるも、その眼力が緑昇の冷めた眼差しに通じているか、疑問である。
「俺が……黄金騎士になるには……時間がかかるんだ。それで」
「だとしても、本来貴様の『脚』なら、俺が村で平原を歩き始める頃、貴様の友人が戦い始める前には駆け付けられたのではないか? しかし俺との会話の後、貴様は俺より先に準備を始めた筈だが、魔物との戦いに現れたのは、貴様が『最後』……だったな?」
エンディックの顔に汗と焦りが浮かぶのに応じて、彼の鎧が変色していく。
日の光を反射して輝く金色ではなく、何の光も返さない、汚れた黄色へ。
「勇者、返却」
緑昇が手甲を空に掲げると、彼の前後に再び黒点が生じ、それは黒い筒となり、勇者を覆う。
黒い結界を左右に押し開き、現れたのは鎧を脱いだ緑昇。結界は外した鎧の情報と共に、空間に消失した。
「決着はついた……。エンディック、分を弁えないヒーローごっこはもう止めろ。君の黄金騎士の力は、負ける要素のない対人戦のみに、弱い相手だけに使用するべきだ。魔物や勇者などという事件に、君が関わるべきではない。君の敵討ちも、君の正義も、君の怒りも、君の願望も……大食の勇者が食らって代行する」
緑昇は立ち尽くす少年に背を向け、アリギエへの帰路を歩き出した。
エンディックは追いかけようとするが、心がついていかない。もう少年に出来るのは、情けなく声を絞り出すことだけだった。
「いやだ……あの悪魔は俺の得物なんだ……! 母さんの仇も、シナリーを助けるのも、俺がやるんだ! もし……それまで取られたら俺は……俺はぁ!」
「なら……これも言ってやろうか……」
緑昇は肩越しに振り返り、メッキの禿げた英雄を語る少年に止めの言葉を出す。
「君と孤児院で別れた後、アリギエ騎士団に立ち寄った。そこでクスター地方で登録されている騎士の名簿を見たぞ。エンディック=ゴールという騎士は、載っていなかったのだが……」
物理的及び精神的にマスクを剥がされたエンディックは、吐ける声も持たず、ただ遠ざかる勇者の背を見ていた。
いや兜だけではない。身に付けた防具から、塗料が落ちていく。彼を着飾っていた魔法が解け、砂や土に戻っていく。
しばらくして、そこには黄金の鎧も、金の槍も、鉄の獣も従えていない、ちっぽけな『子供』が泣き崩れていたのであった……。
というわけで3話の前半パート終了です。
小説なので展開はかなり早めで、2話で主人公二人の販促補正終わりで、3話はもう挫折回です。
特にエンディックが被っていた『黄金騎士という名の仮面』は、緑昇によってマスクを剥がされてしまい、最悪な素顔を晒すこととなります。
主人公エンディックは勇者を不定しつつ、勇者に憧れていました。そして今や如何にな『黄金騎士』なんて格好付けやってますね。
装備も偽物なら、ヒーローの在り方もパチモンで、本物にヒーローである緑の勇者に暴露されたわけですが…
エンディックも含む、青臭い腐乱した夢を暴くのが3話のテーマです。
今作は勇者という言葉を解明する物語でもあるので、3話後半パートは1巻でかなりエグい話になる予定です。
完結してなくても良いので、遠慮なく感想&批判よろしく〜




