第三幸E-4「かの者が何人救おうが、必ず復讐してみせる」
顔を合わせたエンディック、シナリー、緑昇、そしてモレク。
緑昇の目的は今まで行方不明だった、強欲の勇者鎧『マモン=グリーズ』の発見及び回収だと言う。
復讐を叫ぶエンディックだが、緑の勇者から暴かれる、黄金騎士という武器の危うさ。少年は今まで自殺兵器で戦っていたようなものだ。
エンディックは実力を示す為、仇の前に大食の勇者『モレク=ゾルレバン2』と決闘する事になるが…
それとは別にシナリーも己が望みを叶えに、緑昇と共に行く。
(アリギエ・銀獣の会の集会場跡・酒場ティーナ)
「ピンスフェルト村の魔物は、マシニクル製だったのですか?」
「ああ、森の調査をしたのだが……奥で輸送機を発見した。おおかたクスター地方に攻めてきた機体を、マモンが撃墜し、中身を拝借したのだろう」
シナリーと緑昇が訪れたのは、裏街道に位置する酒場ティーナ。その店の破壊された無残な様相は、色々な意味で曰くつき土地となり、あれから放置されていた。
緑昇は店の地下を一時的な拠点としていて、二人が歩いているのはその地下通路だ。
「ですが輸送機と森の魔物の数が合いませんでしたわ。足りないのはマモンの手先でしょうね。もしくは……『元からこのクスター地方に居た魔物』を私兵としている可能性もありますわ」
暗い地下の闇の中から、うっすら浮かび上がるモレク。二人と一匹の悪魔は、奥から香る『匂い』を頼りに、ろうそくも無しに進んでいった。
少し進んだ地点の扉で止まり、開けて中に入る。
その部屋の天井近くに、緑昇の魔力による光球が浮かんでおり、視界には困らなかった。
なので『尋問室』の様子と、中で座っている人間がハッキリと見える。
血液が乾いた石の床。壁には汚れた何らかの器具が掛けられ、部屋の中央の机には、血の付着した拷問器具が置かれていた。
「……う、誰か……? あ……シナリー?」
朦朧とした声は、机前の椅子に縛られた少女の物。
白い髪を後ろで束ねた彼女の名は、リモネ=ブレイブンという。
シナリーは血濡れの友人を見て、息を呑む。
緑昇から尋問を受けていたリモネは、下着姿ではあるが、ほぼ無傷に見えた。だが肌で乾いた血や、周りに飛び散っている血液は、彼女の物だと思われた。
「回復魔言の尋問だ。俺が捕虜の体を『切り削ぎ』、瞬時に魔言で無理やり修復し、痛覚を跳ね上げる……。そろそろ麻痺した痛覚が治った頃だろうな」
緑昇の声音は変わらず平坦だが、口元はやや釣り上がっていた。
シナリーは衰弱した友人に直接問いかける。
「私はピンスフェルト村で魔物を操っていたのは、リモネだと聞きました。リモネに機力の才能が有り、あの悪魔に利用されていたと……。どうして……あんなことを?」
緑昇の情報では、リモネの操作端末は輸送機に登録されていた物と一致するという。彼女の才能に目をつけたマモンが、手駒とするために与えていたのだろう。
「……シナリーさ、アタシのお父さんに会ったこと有るっけ?」
「え……? そう言われると、ハッキリお会いしたことは」
「うぅん、違うよ……。あの村で私が会わせようとした勇者の人。あれがアタシのお父さんなんだよ……」
「あ……!」
弱っていたリモネのか細い返事に、驚くシナリー。
さらに友人は、村で勇者を語っていた男の名は、ジャスティン=ブレイブンだと言うのだ。
「お父さんは元はただの木こりだったの。お母さんとアタシとで、普通に暮らしてたんだよ。なのにある日……お父さんが『勇者は実在した。己も村の勇者になる』って言い出して……」
リモネの父は狂った。奇妙な言い回しを公に喚き出したり、平和な村を武装して練り歩いたり、魔物の森まで不用意に近付いたのだ。
英雄に成りきった父には見えなくなっていた。周囲の奇異の目と、家族への被害が。
異物を許さないその村の敵意は、力の弱い娘と妻に向かい、いつしかリモネの母親は、他殺体で見つかった……。
絶望する少女に悪魔は囁いた。母は村の若者達に殺されたのだと。
「理由でございますか? ぐふふ、周りから蔑まれる変な奴らなら、殺しをやってみても良いかも……と試したくなったのやもしれませんぞ。現に誰も名乗り出ないではありませんか?」
リモネは憎悪と悲しみを心の炉にくべながら、声に活力を戻した。
「酷いよねシナリー。アタシのお父さんが人より変わってるってだけで、どうしてお母さんが臭い死体になるのかな……? アタシ達が誰かを殺したわけでもないのに。ならその後アタシが仕返ししても……悪くないよね?」
泣きながら問う友人は、シナリーの知ってる彼女ではなかった。疲労し、破損したリモネの表情見たことが無かったからだ。
シナリーにとって彼女は明るく人間らしく、己よりずっと普通の人間だった筈。それともシナリーが見ていたのは、リモネの被っている『仮面』の表だけ?
シナリーの心に生じた率直な感想が、口から漏れた。
「そうですね~。リモネの行いの善し悪しに関わらず……私は同情しますね」
リモネは数瞬、返事が遅れた。
「は……? シナリーはアタシに唾でも吐きに来たんじゃないの? だって何も知らないフリして、騙してたんだよ。魔物に殺されてたかもしれないんだよ!」
「いいえ、貴女の擁護に来ました。例え敵に通じていたとしても、リモネには同情の余地が有ります。それに彼女が憎む対象は村の人達だけで、もうそれも全滅しました……。リモネを解放して下さい緑昇さん」
この場誰もが予想外の要求を、シナリーは緑の勇者を見据えて言った。
緑昇もまた視線で意志を返すかのように、相手に事実を語る。
「この娘は危険だ……。もしまたマモンが接触し、操作端末を渡せば、看過出来ん脅威となる。さらにこんな無価値な罪人の命を拾うことで、俺に何の得が有る?」
問われたシナリーは、なぜかにこやかに笑う。
彼女の声音は優しく、最高の輝きを放つ笑顔で、元勇者は微笑んでいた。
「有りますよ~。強欲の勇者鎧は今手元になくても、本来私の所有物です。もしリモネを助けてくれないなら、緑昇さんが欲しがってる勇者鎧はお渡しないことにしましたー。私の命とエンディックんの命で交渉しましたが、まだマモン=グリーズを譲る対価を、言っていませんよね?」
「な……この小娘!」
モレクはシナリーの要求にたじろいだ。緑昇に助けられる立場でありながら、この言い草だ。
彼女の権利など、力の強い側が奪ってしまえば、意味が無いではないか。
「罪人の命に価値が無いんですよね? でもその無価値な物で、価値有る物を貰えるなら、断る理由ないですよね? それと敵がリモネも狙ってくるなら、それを餌に作戦が作れるかもしれませんよ?」
だが、道徳を是とする緑昇にとって、シナリーの訴えは無意味ではなかった。
「確かに……君の主張は最もだ。承諾しよう。この娘の尋問は終わりにしてやろう。だがいずれにせよ、この女は危険なのだ。今の事件が終わるまで……ここに拘束させてもらうぞ」
「はい。それは仕方ないですねー。だったら早くこの件を解決しないとですねー」
傲慢な取引を持ちかけ、それを勇者に頷かせたシナリー。
モレクは呆気にとられて、彼女を見る。まさか緑昇が一度殺すと決めた人間の、生存を約束させるとは。
「……どういうつもり?」
リモネは理解出来ないとばかりに、シナリーに声を上げた。
「なんでアタシのこと庇ってるの! 家族でもないのに、ただの友達ってだけだよ? 意味が解らないよ……昔からそういう変な所は有ったけど、だからって」
「そうですね、リモネの言う通りです。ふふ……。貴女が同情で命乞いをしようが、全て話した上で『私に』罰して欲しかったのか、どうでも良いのです」
「……あ……!」
シナリーは答えながら自嘲した。なんと己は『身勝手な』人間なのだと。
ならばそのまま彼女を理由にしてしまおうと、自分に頷いた。
「友人が死んで悲しくなるより、生きてた方が『私の』気が楽ですからね。だから死んでお詫びをするより、ここを出て……生きてお詫びをして下さい」
自分を見つめる友人の視線に微笑みながら、シナリーの心は別の人間に向いていた。
同じように友人を救おうとする、幼馴染の少年。彼は未だ自分を手に掛けてくれない。
(関係ありません。私が何人の友人を救おうが、私を殺してもらわないと……)
シナリー=ハウピースは傲慢だった。
シナリーの道理無しの人質交換取引でした。己を棚に上げて、自分は友人の命を救おうとする女。悪どい。
次の話はついにお待ちかね!タイトル通り、黄金騎士と緑の勇者がついに最初の戦いになります!
果たしてどちらが勝つのか?
実力、経験、装備、全てに有利な緑昇か?
あるいは勇者すら分解可能な錬金術を行使し、疾風の速さに騎乗するエンディックか?
どちらが勝つか、投票しようかしら?お楽しみにー!