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第三幸E-2「同情されるべき人間が、同情されるまで誰も助けなかったことが異常なのだ」

ピンスフェルト村の事件は最悪の結果となってしまった。

魔物は倒したものの、裏で手を引いていた強欲の勇者を逃し、守ろうとした村人は全滅。

エンディックは偽の勇者ジャスティンを倒し、緑昇はメタルビーストテイマーを捕らえるが...?

(聴取された過去)


「あの人は……!」

 そこはどこかの山の中。その河原で、紫色の髪の少女が人を見つけていた。その女性は離れた場所で、川の水を覗き込んでいたのだ。

 女の子が女性に驚いたのは、その容姿である。

 日の光を反射するかのごとく輝く金色の長い髪。整えられた凛々しい横顔は、人の物とは思えないほど美しい。機力世界の機械技術者が着る、作業着に似た服を身に付けていた。

そして妙に切れ長な女性の耳。

 これらの特徴持つ存在を、少女は家の本で読んだことが有る。

 あの美しい女性は……『エルヴ』だ。

このシュディアーを龍と共に支配及び管理していた……とされる亜人種族である。

 亜人は人より上位の存在であり、優れた頭脳による文明と、並外れた筋力を持つと、本では語られている。国家間の境に領地が有り、そこから一切外に出ないので、今では誰も姿を見たことがない。

確かに女の子の村は、地図上では亜人国境に隣接した地域にあるが、そこでも空想上の生き物とまで言われるくらいだ。

「ん? テメー何してやがるんだ?」

 エルヴの女性は女の子に気が付き、髪をなびかせながら振り返る。そのちょっとした動作が優雅で、翡翠のような緑の両眼で見つめられると、なぜか少女の胸は昂りを覚えた。

「あ、あの……わ……わたし」

 ソレは女の子の言葉を遮るように現れた。

 突然川の水が盛り上がり、水面から人型の質量が飛び出したのだ。

 彼女達の間に転がり落ちたのは、鋼鉄の鱗に包まれた半漁人。人と形が似た構造をしているが、手足に水掻きが有り、頭は魚その物。背に酸素ボンベと水中移動ユニットを装備している。

(魔物……! どうしてこんな所に!)

 少女は出現した脅威に身構える。この魔物も彼女は家の本で見たことが有った。

 海辺で目撃されているマーフィッシュという水棲魔物によく似ている。沖に行き過ぎた船舶を群れで襲う魔物であり、こんな山中に姿を見せるわけがないのだが……。

「ハァハァ……見つけたよ…冴虚(サエコ)

 半漁人の内部から男性の声が聞こえ、その手先に指輪を持っていた。そしておぼつかない足取りで亜人女性へ近づいていき、女性は指輪を受け取って指にはめた。

「いやー勘弁なぁ。ついブチ切れちまって、窓の外に投げちまった……。でもアレだろ? 新作の『ヴァユンⅥ』の試しにもなって、丁度良いじゃねぇか」

 大きな声で笑うエルヴに、半漁人はうんざりしながら頭を外す。魚の頭が有った場所に、人間の頭部が生えており、その男性は半泣きの表情で訴えた。

「酷いよ冴虚~! いくら夫婦喧嘩の弾みとはいえ、僕が作った結婚指輪を投げるとか……しかも君の腕力で投げたら、向こうの川まで飛んでくとか何だよ! もし僕らの作品の中に水陸両用装備が無かったら、どうするつもりだったんだよ?」

「そんときは……ほら、またお前さんが作ってくれれば……良いだろ?」

「あのさ、上目使いにされても誤魔化されないからな」

「……チ」

 潜水服のような物を着ていた男性は、髪の色は茶色。中年と思しき顔に髭を生やしている。

彼は自分達を見ている視線に気付くと、女の子に会釈した。

「おや、驚かせちゃったかい? 僕はギデオーズ=ゴール。錬金術師をやっている者だ」

 少女は男の名前を聞くと、今度こそ自己紹介をした。彼女は彼を探して山に入ったからだ。

「わたし……シナリー=ハウピースって言います! 錬金術師さんにお願いが有ってここに来たんです」


「村がそんなことになっていたとは……なんてことだ……」

 シナリーはゴール夫妻に連れられ、山深くに建てられた彼らの住居にたどり着いた。

 家は水辺の近くに建っており、周りには畑や家畜小屋のような建物も有る。この夫婦はここで自給自足の暮らしをしているようだ。

シナリーは家のリビングに通され、ゴール夫妻と向かい合って椅子に座り、『身の上』と今の村の現状を明かした。

聞いていたギデオーズは、悩ましげに言葉を吐く。

「勇者という暴力によって支配された村……か。ハウピース少佐は何を考えているんだ? 病気でふせっているとは聞いていたが、まさか自分の娘を改造して後を継がせるなんて! こんな幼い子に殺しを覚えさせて、一体何を恐れてるっていうんだ?」

「わたしも……嫌なんです。勇者になってお父さんに逆らう人を殺すのも、わたしが他の子達と違うんだって思うのも……もう終わりにしたいんです」

 憂鬱そうに喋るシナリーのお願いとは、勇者鎧との契約解除だった。

 少女は己の存在価値を、真っ当な理性から無くしてしまいたいのだ。それを強制してきた肉親が、当然許すわけがなく、彼女は山に住む錬金術師を頼るしかなかった。

 父親が正気だった頃に話してくれた、魔力世界で機力を扱う者の存在。さらに家の本に書かれた錬金術師は、機力世界とは異なる機力運用法を知っているという。

 もしかしたら彼女の運命を変える方法を、彼らが教えてくれるのではないか……と。

「シナリーちゃん、君の『勇者を辞めたい』っていう意思は理解出来るし、同情もする。でも錬金術師と言えど、君の力にはなれない。勇者鎧が通常の兵器なら、機力を用いてその登録を解除出来る可能性が有る。だがあれには『悪魔』と呼ばれる電子生命体の人格が存在するんだ。勇者鎧との契約解除には『中に居る悪魔』との合意が必要なんだよ」

 シナリーは契約相手のことを思い出す。あの老人の姿をした人ならざる存在を。

悪魔の名はマモン。王冠型の勇者召喚装置の中を住みかとし、幼い頃から彼女の世話係をしてきた執事だ。

 だがその実、シナリーのお目付け役でもあったのだ。彼が父の意に反して、自由にしてくれるとは、とても思えない。

 少女は愚かな自分の発想に笑った。自分を助けてくれる特別な者が、そんな都合よく近くに住んでるわけないではないか? と。淡い期待を抱いて、家の者の目を逃れ、こんな山の中まで歩いて来て、結果は徒労だった。

自分は父の道具として、その生を許されてるのだ。道具は物らしく、この先も嫌なことも嫌と言ってはならないのだ。

「なあお前……シナリーとか言ったっけ? どうしてブッ壊しちまわねーんだよ?」

彼女が泣きそうになっていると、ギデオーズの妻がそんな乱暴な提案をした。

「……冴虚さん?」

「そうはいかないよ冴虚。僕らは龍を完全に滅ぼせたわけじゃないんだ。あれから周期が過ぎて龍が現れたという噂は、このクスター地方では聞かない。しかし勇者鎧は『これから』も必要になるかもしれな」

「何をお上品なこと言ってんだよ? こんな話聞いて、話し合いでなんとかなるわけねーだろ。それに壊してもアタイらが直せばいい。ここには機力の扱いに長けたエルヴと、その弟子の旦那が居るんだぜ? なんとかなるだろ。それによぉ……」

 そう言いながら冴虚は立ち上がり、少女の傍に行って、肩に手を置いた。

「この子は可哀想だぜ……。同じ生命体として、アタイはこんな可哀想な奴が居ることが、それが今まで誰にも助けてもらえなかったことが、我慢ならねー。例え世界に勇者が必要だろうが、こんな女の子を苦しめることが必然だってなら、アタイらでブッ殺しちまおうぜ?」

シナリーは冴虚を凝視する。見ず知らずの女の子を助けると言ってくれた、凛々しくも美しい顔を。

「う……うぅ……え?」

 少女の眼球から水が溢れ出した。急な身体の変化に、本人も戸惑う。

シナリーは感動したのだ。彼女の身の上の理不尽に、やっと他人が理解してくれたことに。これまで周りが誰も助けてくれなかった悲しみに、目の前の女性は怒ってくれた。シナリーを勇者という怪物ではなく、一人の子供として扱ってくれた。

 シナリーは悲しくて泣いたのではない。嬉しさで泣いたことに、自分自身が動揺したのだ。

「おいおい、テメーで不思議がるなよ? 泣きたいときは、泣くのが通常の機能なんだぜ。そうじゃないと感情の回路が固まって、自分が悲しいかどうかも、解らなくなっちまう」

 冴虚は女の子の傍にしゃがみ、その身を抱き寄せた。それは母親として本能的な動作だった。

 さらに照れながら、一言付け加える。

「……ま、旦那の受け売りだけどな」

「ふふ、解ったよ。シナリーちゃんのことは僕らがなんとかしてみよう」

 ギデオーズも椅子から立ち上がり、部屋の扉の前まで行き、それを少し動かす。

 その扉はわずかに開いていて、ずっと誰かが覗いていたのだ。ギデオーズは隠れようとする『その子』を抱きかかえ、シナリーの前に連れてきた。

「ただしタダでは駄目だ……。この子は息子でね。色々有って、いつも一人で遊んでいる。君が遊び相手になってくれないか? 」


(クスター地方・街『アリギエ』・教会近くの孤児院)


「まあその冴虚さんも、私がこの手で殺したんですけどね」

 シナリーは淡々と過去を語っていた。楽しかった記憶も、思い出したくもない感情も、覚えている限り吐露していく。

 彼女の居るのは孤児院の空き部屋。誰も使ってないので、臨時の病室代わりに利用されていて、今は部屋のベッドにエンディックが寝ている。

 シナリーはその眠りを見守るよう、ベッド横の椅子に座っていた。看病をしていた少女の話を聞いていた緑昇は、壁に寄り掛かりながらボソボソと応答する。

「その後……なぜか君の契約は解除され、今に至ると?」

「はい……今までのうのうと生きてきました……」

 黄金の騎士はジャスティンを殺した後、力を使い果たしたのか倒れた。身に纏っていた鎧の色や素材が元に戻っていき、外れた兜から出た顔はエンディックだった。

 驚くシナリーを緑の勇者は無視し、エンディックとなぜか近くに居たリモネを担ぎ、どこかへ跳躍していった。

 残されたシナリーとニアダは、仕方なくアリギエに帰ることにした。

 そしてその日の夜、教会に緑昇という男が現れたのだ。睡眠薬で眠らせたエンディックを背負って、だ。

 今シナリーは緑昇の事情聴取を受けていたのである。

(エンディックん……)

 少女は眠る幼馴染を見る。エンディックは悪夢でも見ているのか、度々うなされていた。その悪夢の中に少しでも自分の行いが含まれ、彼が恨んでくれるよう小さく呟いた。

「早く私を殺してくださいね……。もう時間がないかもしれないから」

今回までで主人公とヒロインの過去に、大体の予想はつくと思います。

情報開示としては、出し損ねてた亜人種族と国境の設定をやっと出せました。

次回はやっと待ちに待ったネタバラし回。

エンディックとシナリー、そして勇者と魔物の秘密など、かなりの情報が出せると思います。

長くなるので、また区切ります(゜o゜;;)

三幸のEパートは、黄金騎士と緑の勇者の最初の決闘まで行く予定です。

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