第三幸(3話)「青き腐乱夢」E-1
緑の勇者の迅速な行動により、ピンスフェルト村の魔物は破壊され、それを操るメタルビーストテイマーは捕えられた。
しかし足に銃撃を受け、回復魔言で修復するものの、後遺症によって、大きく機動性が失うことに。
そこへ首謀者である黄金の騎士が現れ、仇を目にした主人公である黄金騎士は理性をかなぐり捨てた復讐鬼に戻る。
「ぐふふふ、エンディック様。それではいけませんなぁ」
跳躍した黄金騎士の金槍の突きを、黄金の勇者は右手の金の両刃槍で払う。さらに空いた左の拳で、金獣にまたがる騎士を殴り落とした。
「対空接近攻撃などナンセンス。攻撃の前に『跳ぶ』という前置きが有る以上、空中に居るワタクシメからすれば、それを確認すれば対処は容易いのですぞ?」
地に落ちたエンディックのすぐ傍にヴァユンⅢが駆けつけ、彼はこれに飛び乗った。距離をとりながら、逃げもせず空中に浮遊する憎き仇を睨んだ。
(ち……あの野郎、遊んでやがる!)
黄金騎士は敵の右側に大きくカーブ……からの後方へ急加速。勇者の背後から接近し、槍を空へ突き出す。先端に少年の残された魔力が集まり、赤と白の魔力円を生じさせた。
「ならこいつはどうだ! 魔言『HEAT』『SHOT』!」
熱と広域化の技術により、槍先から魔力の炎が燃え上がり、背中を向ける勇者に勢いよく伸びていく。火炎の放射は敵勇者の背部に当たり、憎しみの炎で炙り殺さんとする……が。
「おや、いつの間にそちらへ? 全く気付きませんでしたな~」
炎は勇者を燃やしてはいない。直前で何かに阻まれていたのだ。エンディックが炎を止めると、勇者の背後で四つの金球が浮遊しており、それらが集まって魔力的力場を形成し、炎を防いでいたのである。
「ぐふふ、これが我が対龍兵装『真実の富』でしてな。ワタクシメを全方向どこからでも守ってくれる、自慢の品でございます」
『真実の富』は杖の役割である両刃槍と、四つの金球からなる攻防兼ね備えた兵器だ。魔力及び機力的攻撃を金球が自動防御し、また槍から増幅した魔力を、金球から遠隔作動させることが可能。
飛行中の戦闘も考慮し、全方向へ攻撃、全方向からの攻撃を弾く。金球の力場防御は鉄壁であり、龍吐息すら耐え抜ける設計である。
マモンは少年とじゃれ合いながら、横目でもう一人の勇者を見やる。
緑昇は構えてはいるが戦いに加わらず、ずっとこちらを観察していた。先の戦いで足を負傷して、無謀に仕掛けられないのだろう。
(だからこそ、この餓鬼と『遊び』ながら隙を晒しているのですが、来てくれませんねぇ)
マモンにとっても大食の勇者は目下の脅威であり、無策で挑みたくない。ゆえに前座を用意して消耗させたかったのだが、この少年の介入により、想定した損害を与えられなかった。
「まあ欲張るのがワタクシメの性分ですが、ここは我慢……ですかな」
そう言って黄金の勇者は反重力翼をはためかせ、村の入り口側の外へ飛ぶ。彼が向かったのは、ピンスフェルト村の住人が外へ避難した方向だ。
「な……? アイツまさか!」
黄金騎士も村の外に出て、後を追う。緑昇も少し遅れて、それに続いた。
「今の状態で戦うんですの? この左足で勇者相手に立ちまわるのは……」
「追う……ポーズだけだ。俺も奴も、互いの戦力を知り尽くしてるわけではない。だから敵は俺が不調を構わず、先に攻め、それを避けた上で潰したい。無論その手には乗らんが……な」
「あれは何だべ? 鳥だべか?」
「あ、僕知ってる~! あれは天使だよ! きっと神様が僕らを助けてくれるんだよ!」
「ほんとだべ! なんかキラキラしとるもん! ありがたや~ありがたや~」
何も知らない村人達は、突如空から現れた黄金の輝きを放つ存在を見上げた。大きな翼を持ち、尋常ならざる気配を放つそれを、人々は神の御使いと称した。
彼らは勘違いをしている。この金色の勇者は、間違いなく悪魔その者なのだから。
「黄金騎士! その人達から離れろ!」
追いついたエンディックの目に、集まった村人達の上空に、マモン・グリーズが鎮座するという悪夢的光景が映る。この状況、彼は故郷で何度も見たことが有った。
「さて、大食の勇者様。ワタクシメは今から、この無実とは言えない村人達を皆殺しにして見せますが……如何なさいますかな?」
悪魔はエンディックを無視して、その後方から歩いてきた緑の勇者に問う。自分に挑み、人質を救ってみせろと言うのだ。
「好きにしろ……。俺は一向に構わん」
「な……! テメェそれでも勇者かよ!」
表情一つ変えずに許諾する勇者に、黄金騎士は驚いて振り向いた。正気か? と。
緑昇は正気である。人質とは、取られた時点で諦めるしかないのだ。もしこれが通用すると敵に学ばれたら、一生人質に怯える人生を送ることになる。
「では魔言『POISON』『METAL』」
強欲の勇者が槍を掲げると、四つの金球の内二つが前に出て、魔力が注がれていく。すると金球の内側から金色の液体? が滲み出し、不気味に輝いた。
「止めやがれぇぇぇぇ!」
エンディックが黄金騎士に接近し、跳び掛かるも、残った金球の一つが迎撃。高速で飛来する球に激突され、ヴァユンⅢから叩き落とされてしまった。
そのチャンスを見逃す緑昇ではない。すぐさま左腕をマモンに向けた。
「救えないのなら……こちらで利用させてもらう。グラトニオス・カノン……用意」
敵と向き合って人質を取られた場合、あるメリットが存在する。
それは殺意を交わす間柄にも関わらず、敵の注意が人質にも分散するということだ。もし人質に武器が向けらているなら、自分はより安全に敵を狙い殺せるのだから。
「あと一つで……防いでみせろ!」
左砲から生まれた竜巻が、轟音と共に黄金の勇者へと向かう。
最後の金球が主を守ろうと間に入り、力場で破壊の風を止めんとする。だが数瞬しか耐えられず、横に弾かれしまった。
しかし防御で勢いが減速したそれを、マモンは容易く避ける。
「ち、生半可な攻めは通じんか……」
「いえいえ、惜しかったですぞ? 無意味でしたがねぇ~。では……金属毒光線、照射」
二つの金球から放たれた光が、避難民達の右から左へなぎ払う。
村人達は毒の照射を浴び続け、その体を生物から別の物体へと変えていく。
それは、金だ。避難民達が集まっていた場所に、人の形をした金の像がズラリと並んだ。
「うわあぁぁぁぁぁあっ! テメェ、ここでもまた『こんな』ことを……!」
エンディックの脳裏に、悲鳴と共に故郷の記憶が蘇る。あの悪魔は逆らう者達を、この方法で処刑していた。今のように一瞬ではなく、じわじわと金に変え、泣き叫ぶ人の姿を楽しんでいたのだ。
少年にとって勇者とは、理不尽の象徴。憎むべき単語であり、恐怖の対象だったのだ。
「またぁ? それは異なこと。これをやっていたのはお嬢様ではないですか? ねぇ……シナリーお嬢様?」
マモンの言葉は眼下に対峙する黄金騎士と緑の勇者ではなく、村の入り口からこちらに歩いて来る者に言ったもの。彼女は村の銃声を聞きつけて、避難した場所へ駆けつける途中だった。
「あ……あぁ……」
シナリーだ。目を見開き、青ざめた表情の少女は、人が金に変えられていくのをしっかり目撃していた。そして恐れていた未来が、己を見ていることも知ってしまう。
「グフフフ、そうです! その顔が見たかったのですよお嬢様!」
天から響く、悪魔の耳障りな哄笑。黄金の勇者は反重力翼の機力を高めていく。
「ワタクシメの所用は終わりました。それでは皆様、御機嫌よう……」
マモン・グリーズの翼から機力が噴射され、悪魔は笑いながら向こうの空へ飛び去った。
もう力が残ってないエンディック、跳躍行為の取れなくなった緑昇らはこれを追うことは叶わず。地に倒れ伏す少年は、悔しさのあまり吠えることしか出来ない。
そんな黄金騎士の元へ、新たなる乱入者が襲いかかるのであった。
「ギザバァァァァアッ!」
「な……! アンタは!」
エンディックは激しい足音に身を起こし、振り向いた槍でその『斧』を受け止める。
「ギザバァ……我の魔物を横取りしよってぇ! この地の勇者は我だぁ……魔物を返せぇ!」
土まみれでボロボロになった男が、半狂乱になり斧を振り回す。
彼はトロールの砲撃が間近に着弾した衝撃で気絶しており、黄金騎士が魔物を倒した頃に気が付いたのである。その後、村に戻ったエンディック達を遠くから追い、今やっと村の反対側までたどり着いたのだ。
「テメェ……ジャスティンか! もう戦いは終わったんだぞ!」
「黙れぇ! 家族を捨て、恥を捨て、やっと手に入れた勇者の座! ギザマに渡せるか!」
ジャスティンの狂気に満ちた攻撃は、正確さを欠いており、ただ力任せに振っているだけだ。
だが大技を二度も繰り出し、限られた魔力を使いきった少年の疲労はもう限界。何度も振り下ろされる斧を、必死にさばくだけで精一杯である。
「勇者はぁ……実在するぅ。ならば勇者に焦がれてきた我が、なれぬ道理などないぃ! 我は勇者になるぅ……我こそが勇者ぁ、我だけが栄光を手にする勇者なのだぁぁぁあ!」
「勇者になりたい……だって?」
黄金の英雄もよく知っている。異世界から勇者が来て、悪者や怪物を成敗する本の童話を。童子達がそうなりたいと夢を見て、いずれは現実に屈服して捨てていく英雄譚。
そしてエンディックにも夢が有った。本の中のような正義の味方やヒーローになりたいと。
彼と他の少年達との違いは、その夢その者が近くに実在したことである。自在に空を舞う鎧を纏う、黄金騎士。紛れもない本物の、異世界の勇者が故郷に居たのだ。
しかし空想でなくなった現実は、村を恐怖で支配し、母を殺した。
それでも彼は勇者に憧れる。いや、英雄になりたいのはない。物語の正義の味方を求めたのだ。やがて少年は大人になるにつれ、周りと同じように、それを諦めた。
だがエンディックには、少年達との差異が有る。すぐ傍に、勇者だった過去に苦しむ大切な友人と、現実に屈服しない異常な力を持っていたことだ。
だから今の少年は、勇者にならない。正義の味方でもない。英雄だと名乗らない。
なら黄金騎士と呼ばれる彼は、何者なのだろうか?
「そんなもんになる必要……ねーだろ」
勇者ではない少年は、渾身の力で槍を横に振い、勇者を名乗る男の斧を払う。
「正義の味方じゃなかったら、屑を許すのかよ? 英雄でもないなら、何もしないのかよ? ソイツは道理が通らねぇ! ……俺は名乗らねぇぜ。英雄じゃなくても誰かを救える、正義の味方じゃなくも悪行を憎める。勇者じゃなかろうと……」
黄金騎士の語る姿に、怯むジャスティン。その隙だらけの胸に、金色の槍が突き刺さった。
「勇者を殺せる」
疲労したエンディックに、もはや敵の命を考慮する余裕はない。わずかな力を振り絞って構え、防衛本能のまま金槍で深々と刺したのだ。黄金に輝く武器に、敵対者の血液が巡っていく。
少年は『今度こそ』覚悟を持って、凶器を引き抜き殺し、倒れていく相手を見下ろした。
「やっちまった……か」
人々が憧れる英雄は、決して不殺を誓っているわけではない。黄金騎士は悪人を殺さず捕えることが多いだけであって、己の力量で対処出来ない状況では、躊躇わず何人も殺めてきた。
何もおかしなことはない。武器を握る者、戦士と名乗る者は、皆等しく殺人者なのだから。
ここら辺の展開はかなり迷いました。どこまで情報を開示していいのかとか、さらっと戦うつもりだったのに、またしてもページ数を考えない暴挙´д` ;
区切り悪くなり、二幸の展開は三幸につづく形にしました。ただでさえ駆け足になったので、流れを緩める為に。
でもまたページ数が...(゜o゜;;