第二幸Dー5「グリーン・タクティクス」
黄金騎士の活躍により、魔物は破壊された。
だがこれは「敵」の囮である。
敵本隊と対峙した少年は死を覚悟し、
まんまと敵を誘い出した勇者は、勝利を確信した。
「……勝ったな」
緑昇の読みは当たり、伏兵が現れた。
そして望み通り、彼は『後手』に回ることが出来た。
「光源の守り手達よ、今こそ枷を解こう」
「デコイ、発射」
草原を歩いていた勇者は、周囲の鏡を横向きにし、森へ投擲する。
鏡達は一定距離を進むと立ち上がり、今まで隠していた主の実像を写した。魔力のよる分身である。
これにより魔物達は、突然新たな目標が前方に出現し、黄金騎士とどちらを優先すべきなのか、判断が遅れることになる。
「魔言『KICK』」
勇者という最高の使い手と、勇者鎧という最上級の杖によって発動する、技術本来の力。
緑昇は、脚甲に小型推進装置が取り付けられたのを確認すると、大きく跳躍。同時に装置から魔力の光が噴出し、彼を天高く押上げた。
勇者は空を射抜く弓となり、一気に草原を越え、森へ。身を回しながら着地した場所は、横一列に隊を組んだ、魔物の群れの端だ。
「魔言『SHOT』『TORNADO』」
緑昇は魔の言葉を口にしながら、右腕のチェーンソーとは別の、左腕の『対龍兵装』を起動。
鰐の頭を模した大きな籠手が、変形する。粘液を漏らしながら鰐の口が開き、中から太い砲身が覗いた。
『TORNADO』は風力操作の技術。風の流れを変え、屋内でも魔力の風を起こす。当然ながら、緑昇が起こすのがそよ風で済むわけがなく、大量の魔力が左腕に充填される。4の階級。
「グラトニオス・カノン……無制限射撃」
腕の大砲から撃ち出されたのは、砲弾ではない。
横向きの竜巻だ。
巨大な風の回転が大地を抉り進み、宙に巻き上げ、また地上に叩きつけていく。
突然の災害は、十匹の魔物を巻き込むまで続いた。
異形らは空気の奔流に捕まり、回転の中で何度も地面に叩きつけられ、または仲間同士でぶつかり合い、竜巻が消えるころには、ただの鉄屑と成り果てた。
「な……何だ今のは……!」
エンディックは無謀にも一人で、魔物の群れに立ち向かおうとしていた。
今、村を守れるのは、自分だけだと。近づく頃に打開策を考え付くと、無理やり楽観視しながら、死地へと獣を走らせていた。
だが、危機は呆気なく消える。魔物に向かっている内に、謎の乱入者が現れ、異形共を消し飛ばしてしまったのだ。
(今発散されたデタラメな魔力……並じゃねぇ。まさかアイツも勇者なのか?)
事態を見極めようと、森に走るエンディックは、妙な音に気付く。
それは森の木々の中から、巨木の群れよりも高い場所へ、空へと『飛ぶ』、風を切る音。
空に『ワイバーン』と噂される魔物が、二匹現れた。
長方形の箱の両脇に小さな羽根。頭はなく、箱の先頭に斜めに裂かれた穴が有る。そこから青い光が、地を這う者供を見下ろしていた。胴体の真ん中から上に棒が伸び、そこから十字のように四枚の長い羽が生え、回転することで浮力を得ているようだ。
長い尾の先に対地機銃砲、両脇の翼に抱えられた推進誘導弾ポッドを武器とする、空飛ぶ灰色の鉄塊。魔物は空気を切り裂く音を奏でながら、緑昇の方へ飛んでいく。
「無人ヘリ……だと! 航空戦力まで準備していたとは……」
「どうしますの貴方様? 正面からあの魔物を相手して、損害無しの勝利は……」
緑昇は高空から近づきつつある敵を見上げ、呻きながら覚悟を決める。
「この距離では……今更退けん。なるべく致命傷を避けるよう……動くぞ」
緑の勇者はワイバーンへ跳躍した。脚力強化の技術はまだ装着されている。推進装置の魔力が、一気に空飛ぶ敵の高度まで連れて行く。
「グロ・ゴイル」
緑昇に近かった方のワイバーンは、急な敵の接近を迎撃出来ない。緑昇は横っ腹にチェーンソーを突き立て、掘削。魔物の体内で、風の回転刃が切断と破壊を繰り返し、外へと飛び出す。
緑の勇者はそのまま切り下ろし、魔物の支えを失い落ちていく。彼に遅れて、内部機能を深く切り壊されたワイバーンが、別の場所へ墜落していった。
(先手必勝で一機は倒せた……。だが、敵の数は2機だ!)
一撃で全滅出来ねば、その先は敵の攻撃。いくら勇者鎧といえど、ワイバーンの対地攻撃を受けては、軽傷では済まない。
二匹目のワイバーンは、着地して隙の有る緑昇を照準。
防ぐ暇は与えんと、推進誘導弾を発射する前に巨大な槍が刺さった。
「巨人の大槍ッ!」
下方から加速上昇した黄金騎士の槍が、ワイバーンを底部から押し潰す。
エンディックは巨人の大槍を引き抜き、落下する。彼に遅れて、体に大穴を開けられた魔物は、違う所へ墜落していった。
「勇者ばかりに良い格好……させるかよ……」
エンディックの落下先に、瞬時に部品が殺到し、ヴァユンⅢを形作る。鉄の獣は跳躍、中空の主を背に押し乗せ、着地と共に降ろして、落下の衝撃を和らげた。
消耗の激しい技を連発した黄金騎士は、ふらつきながらも立ち上がった。そして謎の存在である緑の全身鎧を見る。
幸運にも無傷に済んだ緑昇は、勇敢にも魔物に立ち向かい人々を守り、それを撃破してみせた脅威の金色の騎士を見る。
黄金騎士と緑の勇者の視線が交差するなか、先に口を開いたのは緑昇だった。
「援護感謝する……。だがまだ敵が居るので、これにて」
勇者は強化された脚力で、走り出した。向かうはピンフェルト村。ここからが彼にとって本番なのだ。
(この魔物達の組織だった動き。明らかに指示を受けている。この戦いをどこかで見ている者が居る。敵の正体を掴むには、今、このタイミングの他に無い)
「待ちやがれ! テメェは一体……うぅ!」
追おうとするエンディックだが、不意に立ち眩み、膝を着いてしまう。まだ機力や体力の回復が必要なのだ。
彼が荒い呼吸を戻してヴァユンⅢに乗り込むまで、数分の遅れを要したのだった。
(ピンスフェルト村・アリギエ方面への入り口付近)
「はぁ……はぁ、何度信号を送っても、アイツらが動かない! あれだけの数を……くそ!」
ニアダらの誘導により、住人達は村の外に避難していた。
そんな無人の村の中を、焦った顔で走っている人物が一人。その女は村の出口に向かいながら、視界の前に不思議な物を掲げていた。
目元を隠せるくらいの薄い板の両側に、四角い箱が付いた物だ。板は透き通っていて、彼女の側の表面に、複雑な文字の光が付いたり消えたりして、持ち主に何らかの情報を与えている。
「だが……まだいける。第二見張り台の妨害装置に、敵は気付いてない。あれが有る限り、機力持ちだとバレはしない。後は避難した屑共に紛れれば!」
己を安心させようと、女は第二見張り台の方へ振り向く。
すると、遠くで何かが空高く飛び上がっていた。
目標の勇者だ! 彼は跳躍しながら、左腕を構える。
「グラトニオス・カノン。長距離射撃」
左腕の砲から小規模の竜巻が発生。
指向性が与えられた風の回転は、村の中心に立つ第二見張り台を、粉々に吹き飛ばした。
村人には遠目にそれが何か知らないし、わざわざ登る者も居なかったのであろう。見張り台の屋根に四角い機械が取り付けられていた。彼らは朝の内に、妨害装置を見つけていたのだ。
「な、なんで今……しまった!」
彼女は妨害装置が健在という余裕から、戦闘が終わった後も、操作端末を動かしていた。
まだ森に動ける魔物が居るのではないか? という安心を得る為にだ。
(は、早く消さないと……!)
女が手元の機械を弄っている内に、遠くで何かが着地する音とまた跳躍する音。
さらにその空を切る轟音は上空を通過し、前方で爆発した。
「ひ……!」
土煙を巻き上げながら落下してきたのは、全身鎧の存在。立ち上がり、黄色に発光する眼で女を睨むのは、緑の勇者。彼女の敵が追いかけて来たのだ。
「逃げ遅れたのだな? 安心しろ……魔物はもういない」
女は幸運だった。なんと敵は勘違いしているのだ。こちらを心配するような声音で、手を差し伸べてきている。
彼女は手元の機械を、後ろ手に服の中に隠し、駆け寄った。
「はい! そうなんです! 家が気になって……」
緑昇は接近した女の手を引き寄せ、近くの民家の壁に叩きつけた。
「が……え……?」
さらに頭をぶつけ、倒れ掛かる女性を勇者は蹴り飛ばし、転がった敵の背を強く踏みつけた。
「身を隠してくれる物が残っているなら……焦った敵は、それが有る前提で逃走する可能性が有る。確実に捕らえるには、手駒を潰した直後の追撃だ。……この場に貴様以外の生体反応は無い。つまりあの部隊の司令官は……貴様に相違ないな?」
緑の勇者は蹴った勢いで別の場所で落ちた、操作端末を見る。
あれはバイザー型の遠隔操作装置で、あらかじめ設定されたコマンドを、部隊登録した機械生命体に飛ばす物なのだ。
本来この装置は、勇者を支援する後続部隊の装備であり、自分達の世界からこちらに持ち込まれた機械だった。
「接して解ったが……貴様は勇者ではないな。まあ、連れ帰って拷問にかければ、解る話だ」
「ひっ……! や、やめて! 喋る……喋るから!」
「では貴様の目的は……? この騒動と黄金の勇者は関係有るのか?」
「あ、あたしの目的は……」
このとき緑昇には欲が有った。敵を倒したばかりの彼は、操作端末を壊さずに確保し、その使用履歴からも情報を得たいと思ってしまったのである。
「復讐よ……。あたしの家族を壊した村の屑共と、アンタら勇者に対する復讐なのよ!」
「貴方様! この娘から機力反応。端末を動かしていますわ!」
勇者が右手からの警告を受け、周囲を見回すと、前方、後方、左の3方向から走って来る異形の姿。近隣の家々の影や木箱の中から、三機のゴブリンが現れたのだ。
(く、この近距離では……魔言が間に合わん! 全滅する前に敵の射程に入ってしまう!)
「グラトニオス・カノン。グロ・ゴイル」
緑昇は後方に飛び去りつつ、左腕の砲を目前まで接近した来たゴブリンに撃つ。
チェーンソーを振り向きながら叩きつけ、、後ろの敵に撃たれる前に両断。
これらの行動の間に左の魔物が走りより、緑昇の左脚に取り付き、零距離で発砲した。
「ぐぅ……!」
緑昇は痛覚を堪えながら、足元のゴブリンにグロ・ゴイルを押し付けた。非実体の風の回転刃が装甲を斬り進み、内部機構を深く抉った所で引き抜かれる。
「対応しますわ。魔言『RECOVER』」
ゴブリンの弾丸は硬い脚甲を砕き、裏のチューブへ貫通し、左足の肉をズタズタに傷付けていた。今の緑昇の脚は、残った装備の隙間から血が滲み出て、地面に滴る痛ましい状態である。
だが出現した白い魔力円が膝から踵まで通ると、急に傷が塞がり、出血が止まってしまった。
『RECOVER』は強制回復の技術。
生物に備わる回復機能を無理やり活性化させて、瞬時に傷口を塞ぎ、止血することが出来る。
ただしこの強制瞬間回復は、激しい痛みと負荷が肉体に掛かかるので、医学的にはあまり推奨されていない治療法である。患部の感覚がしばらく無くなったり、激痛のあまり失神した事例まで有るのだ。
さらに使用者にはあらかじめ、人の構造や医学の知識、多くの魔力と高度な制御が要求されるため、実際に使う者が多くない7の階級の上級魔言である。
「貴方様、しばらくは左足の感覚が無いと思って。先程のように跳んだり、とっさに動いたりは出来ませんわよ?」
「了解した……。俺としたことが甘えがあったようだ。今、この場で奴を解体しながら、話を聞くとしよう」
怯える女の前で勇者は足元の魔物を引き剥がし、操作端末を拾い、握り折る。
「そ、そんな……! 今ので倒せないなんて……」
緑昇が女に歩み寄り、彼女を片手で首を絞めるように持ち上げた……そのときである。
黄金の乱入者が現れたのは。
「くそ……アイツ村の方に向かいやがったな……。村に魔物が居るって言うのかよ?」
エンディックは再びヴァユンⅢを錬金し、今しがた村へと走り戻ってきたところである。
居るかもしれない魔物と勇者を探す彼の耳に、遠くから銃声が届いた。
「今のって……魔物の武器の音か!」
黄金騎士は聴覚が捉えた方へ。村の出入り口へ金の獣を走らせて、そして見つける。
「な……あれは……!」
遠くで緑の鎧の勇者が若い女性に掴みかかっていた。白く長い髪を後ろに束ね、恐怖で顔を歪ませた彼女は、恐らくエンディックと同年代くらいの少女に見えた。
シナリーの友人で、朝も顔を合わせた、リモネという村人に見えた。
そんな彼女に緑の勇者は、右腕の武器を向け、今にも手に掛けん様子である。
「ま、待ちやがれ……!」
「いえ、ワタクシメがお答えしましょう」
緑昇は声の主を『見上げ』た。
長身の彼が見上げる程の相手の位置、それはもはや『空中』と言っていい。
上空から下降してきたのは、人の形をした鳥だった。いや、鳥の形をした人間なのかもしれない。その人物は緑昇と同じく、全身鎧の騎士だった。
大柄で角ばった緑昇の装備とは違い、丸みをおびた細いフォルム。
梟の頭部を模した胸鎧を付け、軽量で体にフィットした肩、腕、脚の装甲。所々に羽の形の装飾や模様が有り、装備の隙間や間接部には、黒いチューブが巻かれていた。
兜もまた梟の意匠が付けられ、目元は水色の透明なバイザーが付けられており、奥では赤い二つ目が下界を見下ろしている。
「はて……何からお話しましょうかな? 例えばいい歳して英雄願望を発露し、周囲から嘲笑されたピエロの話題なんて如何でしょう?」
兜には王冠のようなパーツが付いており、そこには金十字の装飾がなされ、大きなピンクの宝石が十字の真ん中に飾られている。
先ほどからこの王冠より、快活に話す老人のような電子音声が響いているのだ。
「それとも奇人扱いされた夫のせいで、今まで仲良くしていた村人から虐げられたあげく、殺された女の話でも? この世界では稀有な才能に恵まれ、その力とワタクシメが与えた玩具を使って、隣人殺しの遊びをしている、かませ復讐鬼の娘の喜劇も良いですな!」
「……ふむ、大筋は理解した」
緑昇が現れた強敵の前では不利だと思い、捕らえていた女の腹を殴り、気絶させて落とした。
あの敵が空に鎮座しているのは、背中に装備された巨大な翼の性能だろう。
その鳥に似た翼の各所には、青い宝石が散らばっていた。恐らくアレが『反重力装置』だ。
「ならば、問う。貴様の作戦目的とコードネームは?」
「『お嬢様』への再会の挨拶……ですよ。そしてワタクシメは貴方様が着ているのと同じ、七つの『悪魔鎧』の一つ、『強欲』のマモン・グリーズ。それに封じられた電子生命体の……マモンと申します」
お辞儀をした鳥人間の片手には、彼の対龍兵装『真実の富』という両刃槍が握られている。
長柄の両端に円対状の槍が備わった、短めで小回りが効きそうな武器だ。
そして何よりマモン・グリーズの装甲、翼、槍、全て
『金色』である。
「……死ぃ」
金色の勇者は何者かの接近音を感知する。目を向けると、己とよく似た色の騎兵が走ってくるではないか。
「おやぁ、貴方様は」
「ねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
黄金の騎士は軽く上昇して、黄金騎士の跳躍攻撃を避けた。
黄金騎士は高位置からの落下の勢いを少し走って抑えると、ありったけの殺意で怨敵を睨みつける。
兜の下では、仇に会えたあまりの喜びで眼から水分が流れ、仇への余りある憎しみで口元から血が滲んでいた。
「ははははは! やっと会えたぜ……ついにこの眼に、捉えたぜぇ! 黄金騎士!」
「そのお声は……エンディック様! 趣味の良い御姿になられましたなぁ!」
今、復讐鬼の少年は、悪魔と再会した。
(勇者ギデオーズ=ゴールの手記より)
緊急事態である! もう私と先輩のハウピース少佐しか残っていない!
どうやらスレイプーン王は乱心している。我々の力を恐れ、そして手に入れようとしていたのだ。
ライデッカー君の情報では、王は兵器として完成した勇者鎧や、その随伴機である機械生命体部隊を、他国との戦争に用いる心算らしい。王がこの世界の希少な機力使いを集めていたのは、これが目的だったのである!
だが、タダでは渡さない! 彼らもまた我々と供に戦った戦友だ。ウィルスプログラムを流し、彼らの自立行動を解除した。これで逃げる時間が稼げるだろう。
今は逃げなければ! いくらハウピース少佐の勇者鎧が有ろうと、我々は龍との戦いでとても消耗している。それに一個人と国家では戦えない。この混乱に応じて、今すぐ王都から出来るだけ遠くへ逃げなければ。
幸い、親交の深かった錬金術師達の協力で、逃走の目処は立ちそうである。
私はマシニクルとは違う機力運用法を、彼らから教わった。今回のことといい、いつか恩を返さねば。
ひとまず西のクスター地方へ逃げることにした。
次回予告!
なんという悪臭か。賞味期限切れの人の夢が、平和という宗教を腐らせる。
腐乱した少年と少年と少年の思いを救えるのは、勇者か黄金騎士か?
次回、第三幸
「青き腐乱夢」
この幸運、誰にも渡さない