第二幸Dー3「例え人々の盾になろうと、ソイツが死んだ後に人々が死ぬだけだ」
偽勇者ジャスティンの扇動で、無力の者達の集団自殺が始まろうとしていた。
緑昇は、村に来る途中で襲ってきた敵を警戒し、この村に潜伏しているとし、迎撃の用意する。
エンディックは緑昇に気付き、彼の目的を探ろうとするが、捕らえられ、即解放される。
どうやらジャスティンは、もう力がないらしい。これで一件落着である。
そして平和じゃない村に、殺戮の足音が迫る。
少年には夢が有った。
少年は大人になるつれ、周りと同じように、それを諦めた。
男の耳は、その妄想とも言える夢が、実在すると聞く。つまり夢ではなかったのだ。現実にそれは有るのだ。ならば自分もそれを目指しても、良いではないか?
己にまとわり付いた物を全て捨てた男は、夢を実現させ、今も夢の中に居る。
そして今、夢に相応しい巨大な敵が現れたのだった。
ジャスティンは己の求心力が失われぬ内に、自警団や勇者を信じる者を集め、決起した。
十数人で森に向かったのである。
彼らの行動に呼応するかの如く、森まで半分の距離で、魔物も住処から出て来る。
三匹のゴブリンと、それを引き連れるように現れた、一匹の大型の魔物。
四角い大きな箱のような下半身に、巨大な四本の脚が生えている。
下に比べると上半身は小さく、腹から上が人間のような形。凹凸が無くのっぺりとした肌で、頭部はない。上半身に斜めに空いた穴で、青い光がうごめき、敵を認識する。
お腹から腕が生え、手首には近接対人用ズキス・ガトリングを装備。上半身は箱の前側に有り、後備から長距離砲撃兵器の大型コニワク・キャノン砲を備え、長いバレルが上半身の両脇から伸びている。
ゴブリンと同じく森林迷彩に塗られた三メートルの怪物は、人々が『トロール』と呼ぶ個体である。
「クフフフ……より強い魔物を倒してこそ……勇者に……なれる。夢が……続くぅ……」
不気味に笑うジャスティンと、絶望に染まった表情の村人達の、魔物による虐殺が始まった。
自警団の若者達は半狂乱となり、重そうな脚部を動かして接近する異形に向かっていく。
トロールは射程距離に入った人間に、腹腕のガトリング砲を向けていく。
村一番の力持ちのクショム。撃ち殺される。
足の速さに自信が有るコステロ。蜂の巣にされる。
百発百中の弓使いケイル。周りの仲間もろとも、掃射されて死ぬ。
殺し進む。
村の森側、畑には昨日と同じく大勢の村人が集まっていた。皆は何が起きているのか知っていて、ただ眺めることしか出来ない。
伝達役によれば、大型の魔物達がこっちに向かって来ると言う。戦った自警団は血まみれで倒れ、恐らく生きていないとのこと。
「だから止めたんだぁ! あんにゃろうは怪しいってぇ!」
「テンメ! 勇者様さ信じてなかったべかぁ? あんな後から来た方が偽者だべぇ!」
「オラのセガレもぉ、勇者様について行くって言ってただぁ!」
「そんで死んでんだろがぁ!」
ニアダは言い争う人々をなだめようとするが、ゆっくりと近づく脅威に混乱は続く。
あんな大きく強そうな魔物、とても人の手に負えない。散々有りもしないことを吹聴してきたニアダだが、この事態には余裕がなかった。
(やれやれ……僕だってどうしたらいいか解らないよ。とりあえず……逃げるかな)
魔物に一番効果的なのは、雷属性の魔言とされている。それも凄腕の魔言使い(スペラー)の魔言が、だ。
だが大型魔物には効かない場合が有るらしく、補助魔言よって強化された物理攻撃にでしか倒せない。そこには『魔物に殺されずに接近戦』という無理な前提付きだが。
「ふー、そんな都合よく魔言使いが居るなんてな~……」
そう言ってニアダは、さっきから自分の肩を突付いてくる人物へ振り向いた。
そこには眉根を寄せ、神妙な顔つきになったシナリー=ハウピースが居たのだった。
村人のほとんどが畑に集まっているので、ピンスフェルトはほぼ無人だった。
緑昇らは宿の屋根の上から、遠くの草原の様子を確認して地面に降り、無人と思われる隣の家屋の裏に隠れた。
「敵が少なすぎる。無計画に倒してしまいたく……なるほどに」
「伏兵が隠れていますの? 可能性としては森の中……ですの?」
「うむ……。それなら俺があの魔物と戦っている所に、長距離砲撃を仕掛けられるからな。よし……ここで『着て』行くぞ」
緑昇は誰にも見られていないのを確認し、右手の手甲を前に突き出した。深緑色の下地に金十字の装飾が付き、四つのピンクの宝石がそれぞれ十字の先に飾られている。
右手を握り締め、手甲に機力を込めると、桃色の宝飾が輝いた。
すると今まで隣に居たモレクの姿が掻き消える。まるで最初からそこに居なかったように。
緑昇はそれに気にも留めず、今まで何十回と唱えてきた、誓いの言葉を口にした。
「勇者、召喚」
この魔力世界『シュディアー』には秘宝が有る。それは古代の人類が残したと言われる『技術銀行』(テクノロジーバンク)だ。
世界中の魔言使いが毎日、魔言というパスワードを用いてアクセスし、その超技術に魔力という燃料を与え、利用している。
緑昇の今の発音は、その銀行の最奥に隠された『王都に封印されていたこの世界最高機密であり、この世界の支配者である龍をも殺す、七つしかない最強技術』にアクセスするものだ。
男の背より高い位置前後に、黒い点が生まれる。点は中空から地に伸びて線になった。線は緑昇を中心に回転し、前の線が右から後ろの線に、後ろの線が左から前の線と融合する。線の回り動いた後には闇が生まれ、緑昇を隠すような黒い円の壁が完成した。
この黒い結界の中で魔力と、機力が渦巻き、技術銀行と直結。空間に『記録』された情報を目に見える形で『再現』する。その情報状に格納された装備こそ、『勇者鎧』なのだ。
緑昇の体中に、無数の文字や数字の羅列が巻きついた。黒いチューブとなったそれらの上に装甲が取り付けられていく。
緑昇の胸に巻きついたチューブの上に、上胸と下胸に分かれた四枚の装甲版で作られた、胸鎧が装着される。人の唇ような不気味な装飾が、上下左右の装甲に一つずつ有る。
肩には大きく四角の鎧が。横には循環用スラスターが付き、左右の肩の端と端を布が繋いで、マントのようになっている。
脚の情報は複雑なデザインの脚甲となり、膝と踵、足の甲にも丸刃のパーツになった。爬虫類の鰐に似た形の腕甲が、両腕に装着。右腕の装甲は左よりも大きめだ。
頭にはチューブは巻きついておらず、情報は兜になった。ギザギザのトサカの意匠に、口元は獣の牙のように荒々しい形。青い透き通ったバイザーが目を覆い、その中の二つの鋭いカメラが黄色に輝き、外界を見ている。
鎧の質感は刺々しい鱗のようで、緑色の装甲に銀色の装着部や装飾。黒いチューブが間接や腹部に重なり、背のマントの色は緑昇の心情を表すような血色。
結界を押し開いた両手は銀色で、右は金十字の手甲がそのまま。奇妙な形の緑の鎧男が、完全に外界へ出ると、結界は消えてなくなった。
金十字の手甲から電子的な女の声が聞こえる。
「組み立て完了。大食勇者モレク・ゾルレバン2」
結界が開いた際に漏れた魔力が、周囲に突風を起こすとともに、一瞬何かが現れ、消えた。
それは巨大な怪物の姿。豚の胴体に鰐の頭を付けた緑色の異形存在が、緑昇の後ろの結界から現れて、すぐ光になって手甲の宝石に吸い込まれた。
「畑を通らず……遠回りして森に向かうぞ。先に……伏兵を探す。村から出て、平原を進めば森を探知範囲に入れられるはずだからな」
緑昇の視界内にカメラ越しの周りの状況と、勇者鎧の状態や各種兵装、周囲の魔力及び機力反応の情報が広がる。だが妨害装置の影響で、反応探知は行えないのだが。
手甲がまた音声を出す。それはモレクの声であった。
「迂回する間に進行する魔物が、村を射程に入れてしまいますわよ?」
「構わん。もし……あの魔物が囮であれば、控えている伏兵に俺達が殺されるだけだ。この場の目的は、村を脅かす魔物を倒すこと。優先すべきは村人の安全よりも、敵と闘う俺達の生存だ。例え、勇者が人々を守る盾になり死んだとしても、その後守りたかった者達が殺される。魔物に対処出来るのは……俺達だけなのだから」
方針を決めた緑昇は、畑側とは別の村の外への道へ走った。
村人の命を無視すると言いはしたが、罪無き人々の死を許せぬという感情も有る。この事態は、己がどれだけ素早く動けるかで、死人が減るのだ。
冷酷さと怒りを抱きながら、緑の勇者は家々の間を疾走する。
「あの子……来ますかしら?」
相棒からの不意の問いかけに緑昇は、見張り台近くで会ったエンディックのことを思い出す。
あの少年は鐘の音を聞いた後、黄金の勇者以外に興味無しと言い、あの場を去ったのだ。
確かに常人に魔物に抗う手立てなど無いし、退くのが理性的である。今頃村を去っているのだろうか?
「俺の世界ではな……己には関係ないとか、俺は帰るぞと言ってしまった場合、六割方の者は戻って来るという……。彼には黄金の勇者のことで聴取する用が有る。横から来て死んで欲しくないものだが……」
村を出た緑昇。畑側の出口とは離れているのに、向こうの喧騒が耳に届く。
「魔言『MIRROR』」
勇者が発声したのは非物理反射の技術だ。物理的ではない『何か』を鏡に映したり、影響を及ぼした敵に反射させる中級魔言で、6の階級。
大抵は敵の攻撃魔言を防御したり、砂国の金持ちが日光を遮る為だけに、魔言使いに使わせたりする。汎用性が高いが操作が難しく、消費する魔力量も多い。
緑昇の周囲に四枚の大きな鏡が呼び出され、宙に浮く。胸の唇が息を吹きかけると、鏡が風の魔力で勇者の周囲を回転。彼の進む動きに追従した。
「貴方様、注意が有りますわ。この鏡は360度全ての景色を映し、読み取り、この世界におけるワタクシ達の『座標』を欺瞞しますの。この座標を観測した視覚に、向こう側の風景を見せ、魔力及び機力探知に対しても、別の座標の結果が出せますわ。ですがここから先は、鏡の追従可能な速度、歩きになりますわよ?」
「了承している。『鏡面迷彩』というこの魔言の使い方は……この勇者鎧の十八番だからな。これで俺達は何者にも知覚不能となる……。魔物の横を素通りし、森を目指すぞ」
緑の勇者は走らず、かといって素早く歩き出した。この場所から森までは遠く、走れないならとても時間がかかる。その間に魔物によって村が襲われるかもしれない。
しかし、緑昇は己の命を優先する。
彼は勇者である。これからもあらゆる悪を殺すし、多くの人々を救うのだ。今後救えるはずのもっと多くの人々。その未来の為、少ない命を見逃す罪悪は、もう何度もしてきた。緑昇は全ての罪無き人々の、平和を守りたいという言葉も本心だ。
だがそれは、あくまで、自分の命の安全が、勇者の勝利が、決定的である場合にのみ、だ。
緑昇が殺す悪は、生身の人間であり、彼が戦うのは、圧倒的な勇者の力で苦もなく虐殺可能という、大前提が有るからだ。害悪として魔物を破壊するのも、勝つ確立が高い場合のみ。それも今回のような未知のケースがなければ、そうそう負けは無い。
命のやり取りは避け、ただ一方的に力を振う道徳者。
それが緑昇にとっての勇者道である。
エンディックは緑昇と別れた後、すぐに宿に戻った。武器である金属棒と、防具を入れた麻袋を取りに来たのだ。
そしてピンスフェルト村を出て、今は野道を進んでいる。この近辺は平坦な地形ばかりなので、身を隠す場所に困る。彼は黄金騎士を『作る』場所を探しているのだ。
ある一身上の都合から、エンディックは義賊めいた活動をしている。その行動をこれからも続ける為にも、素顔は決して知られてはならない。
人々は名乗らないエンディックを指差して『黄金騎士』と呼ぶ。皮肉なことに人々にとっての羨望の渾名は、エンディック自身にとっては憎き仇の呼び名なのだ。
だが今では納得している。もし黄金騎士という名が遠方まで広がれば、怨敵が興味を持って接触して来るかもしれない。
エンディックは草地を歩んで行った先で、大人の男でも身を隠せる程の大きな岩を見つける。その岩の裏手に回り、彼は荷物だった麻袋を逆さにして中身を出した。
出てきたのは無数の装甲板と防具の部品だが、どれもバラバラで、今から組み立てては時間が掛かってしまう。
その他に兜と、二つの籠手が転がる。どちらも汚く錆びたような色をしているが、それはエンディックの『力』によって『本来の色』を隠しているからである。
エンディックには特別な『才能』が有る。それは両親から受け継いだもので、この魔力世界において、体に宿している者はごく少数である。
それは『機力』だ。
異世界では機械を動かすエネルギー全般のことを示し、この世界ではあまり理解されていない未知の力。だがエンディックは両親と同じく、魔力世界での機力の使い方を知っていた。
エンディックは両腕に籠手を付けて、拳を握る。すると籠手の汚れが剥がれ落ち、本来の色である眩いばかりの金色の籠手となった。中心には大きな宝石が取り付けられている。
これは籠手に土や石を、機力によって付着させ、盗まれ難くしているのだ。
そして顔の前に兜を掲げ、特別な発音を口にした。
それは空間から技術を取り出す、魔力が無ければこの世に紡ぐことも出来ない、かりそめの魔なる言葉ではない。
今、エンディックの両手に確かに存在し続ける、超技術への命令。
「錬金開始」
錬金術である。
エンディックが兜を被ると、それも金色に変わる。さらに左腕を前に突き出すと、左籠手の紫の宝石が発光。地面に無数の文字や数字が刻まれ、それは彼を中心に円形状に広がった。
その錬金円の中で散らばっている防具と部品に、エンディックの機力が流れていく。それだけではなく、草や土、円内全ての物質が彼の支配下に置かれているのだ。
次はエンディックの右の籠手。赤い宝石が輝き、彼は持ってきた長い金属棒を右手に握った。それを地に突き刺し、抉るように横に振り上げた。撒き上げられた土草が、棒に追従するかの如く集まり、筒状に被った形は槍のようだ。使い手の手元を守り、鋭く尖ったそれは、色と材質を強制的に『金』に変えられていく。
「アリギエまで走ったときは、力が切れて黄色くなっちまったが……よし、いい出来だぜ」
エンディックの両の籠手は、錬金術師であった両親が錬金した作品。
使用者が機力によって稼動させれば、材質に関係なく、籠手の宝石内部に記録された設計図通りの作品を錬金する。質量さえ満たせば、使用者の機力が供給される限り、その素材を強制的に黄金に変える。
右の籠手の性能は、『偽者の富』と言う黄金の槍を錬金するもの。
この槍は魔言使いにおける魔言杖の役割となり、槍を媒体に錬金術を行使することも可能である。
胸の装甲板と取り付けた脚甲に、エンディックは土を塗り付けた。機力によって支配された土は防具の表面を金色に変えていく。
戦う準備を終え、村の方角を睨む姿は、人々が憧れる黄金の騎士のものになっていた。彼は弱きを救うべく、村の畑の方へ走り出す。
すると、残された装甲板や部品が宙に浮き、主を追う。黄金騎士を追う鉄の群れは、淡い黄色の光に従いながら、組み立てられ、何かの形になっていく。
エンディックが跳躍すると、その着地先へ鉄の群れが集まり、周囲の土や石を吸収し、少年の『相棒』を錬金した。
黄金騎士が飛び乗ったのは、金のプロングホーンである。
左籠手の中身は、金属の獣を錬金する設計図だ。エンディックが持ち歩いているのは、基礎となる骨格と駆動部のみ。表面的な装飾や色は、ほとんどその場の土や草を固めて、金にしているのだ。
エンディックの機力に支配されたこの『ヴァユンⅢ』は、瞬時に変形・分解、再度組み立てが可能。そのため表面が破損しても、骨格が無事であれば、すぐに近くの砂や土で補強出来る。
しかし形を維持しているのは、その機力なので、使用者の消耗はとても大きく、長時間の使用はとても難しい。
黄金騎士は遠くのピンスフェルト村を見やる。今あの村は魔物の脅威が迫っているのだ。
彼は勇者という単語に、あまりいい思い出はない。どこかに有る故郷、母の死、そして友人の少女。様々な悲しみに『勇者』という理不尽が関係しているからだ。
過去に何も出来なかった己だが、今はこの偽者の富と、ヴァユンⅢが有る。
エンディックは両親が残してくれたこの力で、自分達にまとわり付く過去を、振り払うと決めたのだ。
「あの勇者……緑昇って言ってたな。奴が敵でなかったとしても、信用出来ねぇ」
『ヴァユンⅢ』に制限速度はない。使用者が動力となる機力を込めるほど、ヴァユンⅢの脚は早く駆動し、あの並外れた加速での移動が可能となる。
「『俺達』を守るのは、本物でも偽者でも勇者なんかじゃない。『俺達』自身だ!」
鉄の獣は主を乗せて、草原を駆ける風となった。
「私達で魔物を倒しましょう!」
村人の群れから連れ出されたニアダに、シナリーはそう開口した。
彼女の提示した作戦。それは彼女が攻撃魔言で小型の魔物をけん制、よくて撃破する。そしてニアダを補助魔言で強化し、大型の魔物の背後まで跳躍させ、強化した剣で倒す……というものだった。
「そ、そりゃあ僕の必殺剣なら、魔物なんてイチコロさ! でもそれを援護する実力が、ただの修道女の君に有るとは……」
ニアダは冷汗を出しながら、返事を濁した。戦いに無縁のシナリーが、なぜこの状況を打開出来そうな案を出せたか疑問だが、それはあくまで空論だ。
その作戦には並以上の魔言使いが必要なのだ。それも補助魔言を二つも遠方まで維持し、魔物に一撃を与えられる強力な魔言を、長距離まで届かせるほどの大量の魔力と、そのコントロールを持つ魔言使いが、だ。
ニアダの見立てでは、三人の魔言使いの分担が必須。それをこの少女は一人でやると言う。
「有りますよ。実は私スゴーい魔言使いなんです! 理由は言えませんが……多分、アリギエの騎士団所属の魔言使いにも負けないと自負しています!」
なんと、シナリーは断言したのだ。ニアダから見て彼女の瞳には、嘘の罪悪感や見栄は感じられなかったが、無理な期待は出来なかった。
「僕は……村人を避難させるよ。魔物だって村に誰も居なかったら、それで帰るかもしれない。ちょっと村が荒らされても、また直せば……」
「なら家も畑も、全部無くなるかもしれませんね?」
「え……?」
ニアダは言葉の意味が解らなかったのではない。
目の前の少女が、まるで別人になった錯覚に陥ったのだ。心を見透かしているような、こちらを写す目。重く圧し掛かるようになった、耳に聞こえる声。
ニアダのよく知るシナリー=ハウピース像は掻き消えていた。
「あの『ヘイロータイ改・参型』に似た大きな機械生命体は、広範囲大火力兵装を内蔵しているかもしれません。もしそれが暴れまわったら、畑は吹き飛んで、家も何もかも燃えてしまいます。その場合、村の人達はどうします? 日々の蓄えや住む所がなくなったら、騎士団や役人の方々が助けてくれるんですか? 今までと同じように、知らん顔か先送りですよね? 村の人達が貧乏になって、他の町に流れ着いて浮浪者になるか、盗賊に転職するかもです。それで犯罪者になった彼らを殺した方が楽だし、『楽しい』ですよね?」
「き、君が何を言っているか解らないが……そ、そんなことは」
「ニアダさん、どんな人だって幸せになる権利は有ります。でも幸せになるには、その人がなりたいと思えるのが条件なんですよ?『また幸せになりたいと思う余裕』がなければ、もう二度と幸福はやって来ない。避難して五体満足でも、燃え上がった生活と、暗い未来が見えてしまった人の心と人生は、『不幸』に支配されるしかないんです。この村の人達の心を不幸から守る最短の方法は、私達があの大きな魔物を無力化するしかないんですよ」
そう語ったシナリーは頭と身を下げた。そして上げた顔は、いつもの彼女の笑顔に戻っていた。
「幸い、あの小型の魔物は、死人を出せばなんとか倒せるみたいですね。魔物を一機殺すだけで良いんです。ニアダさん、私と村の人達を助けてください」
そしてニアダはシナリーとともに畑に残った。
慌て騒いでいた村人達に避難を促し、二人は畑の先、平原を突き進んでくる異形の『物』らを見ている。
「僕も……さ、今みたいな状況に憧れていたんだ」
独り言のように呟いた騎士に、修道女は顔を向ける。
彼は少女ではなく、己の姿を見下ろしていた。
ニアダの目には、胸や腰、手足に付けた質の高い防具が写っている。ゴロツキや一般人が手に入る武具とは値段が違う、騎士という職業に与えられる資格のような物が。
「悪しき化物から弱き民を守る、正義の騎士。まるで物語の中の英雄みたいだ。僕は……思い出したんだよ。何でこの剣や防具を着ているのかって。僕は『今この場所に立っている側』になりたかったんだ。……ちょっと青臭いね」
「そんなことないですよニアダさん。そういう気持ちは、大人になってからも大事です。うちのエンディックんも子供の頃から、勇者とかが出てくる本が好きだったんですよ? 泥棒ならともかく、『良い者』になろうとする気持ちが、非難されるのは変です」
「ありがとう……シナリー君。それじゃあ僕は、夢を叶えに行くよ」
ニアダはそう言って、意思の強い眼差しで顔を上げた。手に構えるは、村に持ち込んだ大剣。彼は鍛え上げた腕力を頼りとする、重戦士だった。
「では……私はそのお手伝いをしましょう。ニアダさん、手筈通りに」
シナリーはそう言って、杖を振りかぶり、前へ突き出し構えた。
棒の部分を左脇に挟み、左手で支える。Xの字の杖先端へ右手を伸ばし、X字の自分側の先端を掴んだ。
まるで機力世界の機関銃でも携えるような構え方である。
そして彼女は精神を集中し、杖へ魔力を流し込む。先端に取り付けられた水色の魔玉が発光し、技術銀行へのアクセス効率を高め、現世への門を開いた。
「魔言『KICK』『SLASH』『THUNDER』」
シナリーの後方の中空に三つの魔力円が生じ、それぞれ白、紫、黄色の光を放っている。
それを見たニアダは、魔物の方向へ走り出した。三つの魔力円の内、二つが杖の先へ移動してから、走っていくニアダへ放たれる。白の魔力円が彼の足に、紫の魔力円が大きな剣に重なり、効果を発揮する。
『KICK』は脚力強化と衝撃無効化の技術。主な用途は、強化されたキック力による長距離ジャンプと、着地時の衝撃吸収である。1の階級。
ニアダの脚甲の上から、別の純白の脚甲が重ね付けられる。強化された彼の足は、広大な畑を一気に進んでいった。
「次は魔物全体にけん制。ニアダさんの危険を省く為に、小型の魔物くらいは倒さないと!」
シナリーは残った黄色の魔力円に、使えるだけの魔力を注ぎ、力を溜めていく。敵はもう畑の前まで来ている。
「オラ達も闘うだぁーー!」
見ると、村の外に避難したはずの男達が、武器を手に村から現れた。彼らの一人がシナリーに歩いて来て、感情的に語る。
「アンタ達には感動したっぺ! 余所モンのくせにこの村を守ってくれんだも。是非手を貸させてくれっぺぇ!」
「え? ちょっと待ってください! あの大型の魔物を倒す前じゃ……」
「オラ達も勇者さなるだぁー!」
村人達は制止の言葉も聞かず、畑を駆けていく。シナリーは止めようにも、構えを解けない。せっかく集めた魔力が霧散してしまうからだ。
「く……! ならなおさら成功させないと! 魔言……」
砲声。爆音。
攻撃対象が増えたこと、射程距離に入ったこと、何より指令が届いたので、トロールは長距離砲撃兵装を使用。発砲は数発。
弾けるような音が遠くから、轟く音が近くで、シナリーの耳に聞こえた。
彼女は着弾による激音と土飛沫で、集中が途切れないよう、しっかり前を見ようとする。
だから解ってしまった。
前方を走っていた村人達の姿がない。代わりに変色した地面と、何かの破片が散らばっていた。トロールの砲弾は、シナリーの近くとその前方に着弾したのだ。
「……っ! 魔言『SHOT!』」
焦りか恐怖か、シナリーは反射的に叫んだ。増幅され大きくなった黄色の魔力円が撃ち放たれ、その発生地点を伸ばす為、青い魔力円を杖から放つ。
魔力広域化の技術の青い光は、横向きに飛ぶ黄色の魔力円に追い付き、縦に重なった二つの円は、十字の形を成す。
だが魔物へ飛んでいく彼女の魔力は、走るニアダを追い越して進んだ辺りで、軌道がズレた。
「え……?」
このままでは魔物に当たらず、ニアダが危ない。シナリーは強引に魔力を発動させた。
『THUNDER』は小規模気象兵器の技術。魔力円内に小さな嵐を仮想的に発生させ、円内から露出させた雷雲から、雷を落とす攻撃魔言だ。4の階級。
シナリーはこれを魔物の進路上の上空に設置し、通った魔物の足を雷属性の魔力で止める。あわ良くばこれで、大型の魔物も倒そうとしたのである。
だが彼女の魔力は、敵の前まで真っ直ぐ飛ばず、横にズレてしまった。なのでシナリーは想定よりワンテンポ早く、魔力を解き放つしかない。
空高く上昇した黄色の魔力円から発せられた稲妻が、轟音と閃光を供に、地に降り注ぐ。一瞬だけではない。シナリーが充填した魔力の落雷は、溜められた力が続く限り、何度でも畑を焼いた。
そこへ疾駆していたゴブリン二匹が突っ込んだ。突然生じた異常気象を前に止まれず、雷は鋼鉄のボディを貫通。内部の脳に当たるCPUを、修復不可能に焼き焦がした。
しかし、そこまでが彼女の限界だった。
「あぁ……!」
魔力が霧散した。
轟き続けていた雷鳴が終わり、黒々となった土と魔物の死体の上を、三匹目のゴブリンとトロールが通過した。どちらとも無傷である。
「……はあ……はぁ……、そんな……!」
シナリーは全力の魔力を放った反動と、それが予定と違った結果を産んだことに落胆する。
「大型の……魔物に……カスリもしなかった?」
複数の魔言の同時発動、およびその発動のコントロール。さらにそれを、魔物から攻撃されないであろう安全な場所から、長遠距離まで届かせる高難易度。しかも単独で実行する。
こんな芸当、高名な魔言使いにしか出来ないだろう。それをやってのけた若き使い手は、あまりの『不甲斐無さ』に泣き崩れるのであった。
「こんな! こんな『簡単な』ことも出来ないなんて……何? 何なんですか私はぁっ! もう何年も殺してないから、忘れちゃったんですかぁ? あんな雑魚くらい倒せないなんて……。人殺しくらいしか取り得がないのに! 人を守ることも出来ないの……?」
不出来。あまりにも不出来な自分。周囲から恐れられる怪物にも、周りから愛される人にもなれない少女がすがれるのは、義父が残したこの杖だけ。
疲労による汗と、情けなさから来る涙を流しながら、シナリーは今すがりたい、傍に居て欲しい者の名前を口にした。
「……うぅ……エン……ディ……クん……私は……」
ニアダは大剣を背に担ぎながら、強化された脚力で大地を走り続けていた。今はもう、魔物と接敵する距離まで来ていた。
(やはりシナリー君に『も』難しかったか。まあ……大丈夫さ。あのトロールもゴブリンも僕が倒す。それでメデタシメデタシだ!)
小さな魔物が人間を射程に入れようと、ニアダに走っていく。対してニアダは、ゴブリンとその後ろのトロールの位置を目で確認し、力を込めて前方の地面を蹴った。
「作戦通り、ここで跳ぶっ!」
空高く跳躍するニアダ。大きなジャンプは鉄の小人を飛び越え、彼は大型の魔物の真後ろに着地した。そして、両手で剣を振り上げたところで、武器に取り付いた魔力が発動する。
『SLASH』は切断消滅の技術。使用者の力より魔力抵抗が低ければ、何であろうと消滅させる魔力の刃を生み出す。6の階級。
だがこの魔言はあまりにも消耗が大き過ぎるので、そのまま用いる使用者は居ない。既存の剣の刃先数ミリだけに、最低限の魔力で作用させるのが望ましいとされる。
ニアダの剣に重なっていた紫の魔力円が発光。魔力が大きな刀身に溶け、敵に当てる部分である刃先に、紫の光が帯びた。
この魔力の光が有る間は、敵の硬度を無視し、防御力を消滅させながら斬り進むことが可能。ただし効力は一回か二回が限度だ。
重騎士は大剣を横に振りかぶり、後ろのトロールへ向く。
四角い箱状の大きな下半身と、その両側に後ろ足。二メートル程の巨大な下に比べ、人間くらいのサイズの上半身からなる異形。
狙うは上半身と下半身の間。シナリーの話によれば、上の細い体で外界を認識しているらしい。そこを切り離せば、下の体に有る武器を無力化出来るとか。
ニアダは裂帛の気合と供に、渾身の斬撃を振り放たんとする。
「ふっつうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっあ!」
そこで彼は気付いた。己を見る二つの視線に。
トロールの尻にあたる場所に搭載されていた、同じ色で見分けられなかったゴブリン二機の青い瞳に。
当然、ニアダとは対面する位置に有るので、ゴブリン頭部の銃口の先に彼が居るのであって。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
眼前の恐怖を優先した重騎士の剣が、ゴブリン二機を両断する。彼の大剣は、刃に触れた魔物の装甲を消滅させながら進み、刀身の大きさ分だけ抉り抜けた。
だがトロールにとっては、大きな下半身の一部を削られただけにすぎず、致命傷ではない。
「しまった……。すぐにもう一度!」
ニアダは構え直し、魔物の上半身に飛び掛る。凹凸が無いのっぺりとした肌の、人に似た上の体に、横から剣を叩きつけた。
「な……? もうか……!」
大剣は少し入った所で止まってしまう。ニアダは焦りで見落としていたのだ。剣に宿った紫の光が霧散していたことに。
トロールの上半身が傾く。頭が有ったら振り向いたように見えただろう。魔物の腹から伸びた腕がニアダに向けられる。
その先にはガトリング砲が生えていた。
「――終わったな」
誰にも気取られずに草原を歩む者が居た。
その者は戦闘の場所を避けて大きく迂回し、森へ向かっていた。あと目的地まで半分の所だ。
彼は見ていたのだ。村から立ち向かう者達が出てくるのを。
そして感心した。今の時世、あんな正義感を持った人間が居たことに。さらに大型の魔物を倒す寸前までいったことに。
だがそれも失敗に終わったようだ。
きっとあの勇敢な騎士は死ぬ。
なぜか? 勇者が助けに行かないからだ。
きっと畑に居る魔言使いの少女も死ぬ。
どうして? 勇者がその身を犠牲にして、戦わなかったからだ。
魔物からコソコソと隠れる勇者は、ヘルメットのカメラを操作して、せめて死にゆく彼らの顔を見ようと思い、気が付いた。
「銃声が聞こえない……?」
「緑昇! 機力反応有り。物凄い機力がこの草原に急接近していますわ!」
緑昇は青いバイザーの視界内に映し出された、レーダーを見て、その方向に顔を向ける。
村の裏側から畑に侵入し、地を疾駆するは鹿のような鋼鉄の獣。
それに跨る、槍を携えた騎士。
武器防具、乗っている獣、全て金。
「黄金騎士……! ここに出てきたか!」
不本意ながら中途半端に区切りました。次回は主人公エンディックの真の能力が炸裂します。
緑昇は敵が居ると言い張りますが、本当に居るのでしょうか?
このピンスフェルト村という罠は、一体誰に対するもてなしなのか?外野は誰か?
やっと書きたかった所まで行けそうです