第二幸Dー1「人死にの出る、勇者ごっこの村」
新たに加わった用心棒ニアダを入れた三人組は、ピンスフェルト村に到着する。
緑昇らは信条に従い、納得の出来る人数の殺しを終え、シナリーを追っていた。
(ピンスフェルト村)
「手掛かり無し、ですね……」
シナリーが立っているのは、村の横に位置する畑。
彼女から左を見れば、ピンスフェルト村の家々が。右には畑が続き、広い草原をへて、遠くに木々が立ち並ぶ森が有る。
「ち、ここでオヤジが見つかったってのによ……」
そしてエンディックの眼前が、ライデッカー神父が倒れていた場所だという。村人が発見したときには、既に体の一部が金属化していたそうだ。
エンディックとシナリーは村に着いてから、事件や魔物に関する聞き込みを行っていた。
ライデッカーは以前から仕事で村に来ていたらしく、村人は彼の名前を聞くと、快く教えてくれた。
用心棒に付いて来たはずのニアダは、サーシャの為にと土産物を買いに行ってしまっていた。
「他に怪しいのは……あの森か」
エンディックは思考する。
養父の死に故郷の黄金騎士が関係しているという、確定情報はないのだ。
もしかしたら、あの森の魔物も、人間を金属に変える力を持っていたのでは?
(故郷の手掛かりが無くなるが、そうなりゃ俺が奴らを、鉄屑に変えてやるだけだ)
「どーおーシナリー? そっちは何かあったー?」
村の方から歩いてくる人間が一人。
白く長い髪を後ろに束ねた、エンディック達と同年代くらいの少女だ。
彼女はリモネ=ブレイブン。エンディック一行が泊まる宿屋で働いていて、エンディックは宿で初見だが、シナリーとは旧知の間柄らしい。
昔、ライデッカーが村を訪れる際、子供達も連れてきてくれる場合があった。幼いシナリーは、そのときリモネと知り合ったそうだ。
「ライデッカー神父のお子さん達を案内して上げなさいって、オヤッサンに言われてねー。ほらシナリーのお父さんってここでも有名だから」
「リモネー! ここは前に調べたんです。今日はエンディックんに見せようと思って」
シナリーは友人を見るや駆け寄り、抱きついた。顔を近づけて喋る二人は、仲睦まじい姉妹のようだ。
確かに案内役が居た方が、村も見て回りやすいかもしれない。それに幼馴染が女友達とどんな会話をするのか、エンディック個人としても気になった。
「良い印象かは知らねぇが、あのハゲの人気に感謝だな。俺はエンディック、よろしくな」
彼が挨拶すると、リモネはじっと品定めするように見て、こう言った。
「えぇー? もしかしてこの人が、シナリーのしょっちゅう言ってた『将来を約束した』人―? あんまり格好よくないね」
「おいシナリーこのアマ何言ってやがるんだ、あぁん?」
「事実です。あんまり格好よくありませんが彼が幼い頃、私の体をどうこう出来る(殺す)権利を約束した男性です!」
エンディックがいくら真実を述べようと、リモネは友の発言を信じ、彼の印象を傾けていく。
ついにはエンディックを無視して、彼女らは会話をしながら、村へと歩み始めてしまった。
「はは……こりゃ外で何喋ってるか、聞かなくちゃいけねぇなー。……待てコラァァッ!」
少年はうんざりしながら、二人を追いかけるのであった。
エンディックらは朝食後にアリギエを出発。馬車は使わず徒歩で、夕方前にはピンスフェルト村に到着した。
三人とも戦いの心得があり、一度は運悪く野獣に出くわすも、これを難なく退けた。
エンディックは騎士とは思えない軽装。鎧は荷に入れてるらしく、金属板を簡単な胸当てにしてるだけの、ほぼ私服である。
武器は金属棒。師匠のライデッカーが得意としていたのが棒術だったため、幼い頃から教えられたエンディックとシナリーもそれに準ずる。
シナリーは修道女らしく見え、かつ動きやすいとして、肩が膨らんだ黒いブラウスと短いスカートの服装。
得物は養父の形見であるファイスライアという魔言杖。
金属製で黄色のロッドの先は、斜めになった十字架の形の板が付いていた。Xに見える十字の四つの先端には、魔力を増幅する水色の魔玉が備わる。
ニアダは騎士としての正装。胸鎧と肩当、小手と脚甲を装備していた。重いはずだが鍛えているようで、道中で全く疲れた様子を見せない。
優男風な見た目に似合わず、持ってきたのは大きな剣。成人男性の身長より、少し小さい程度の長物。刀身も幅広く、切れ味より剣の重量と腕力で、斬り潰す部類の剣だ。
村には明日まで滞在する予定で、ニアダが快く宿代を払ってくれて、今に至る。
(森の中)
男の子が走っている。葉や伸びた枝を振り払いながら、走り続けている。
彼の服には血が。
すり切った傷から出た物だけではなく、友達が死んだ際に撒き散らした体液も付着していた。
彼と友人達は親から警告を受けていたが、普段から言うこと聞かない子供だった。
だから冒険と称し、森近くまで草原を走り回り、かくれんぼをしてしまった。さらに悪いことにこの男の子は、好奇心からか森の中へ進んでしまったのである。
そして『ソレ』に遭遇した。
子供が走っていった後を、追いかける『物』が居る。
成人男性の腰くらいの高さの四角い箱。短い手足が付いていて、二本足で立っている。軽快に森の中を進む姿は、童話の小人のよう。
胴体に斜めに開けられた穴の中で、青い光が人間を索敵。頭?にあたる上の面の出っ張りには、散弾を撃ち出す
銃口があった。
鋼鉄の全身を複雑な植物の模様、迷彩色で塗られた何かが動いていた。それは人々が『魔物』と呼ぶものに違いなかった。
(ピンスフェルト村・勇者の家の前)
リモネがエンディックに教えた、魔物の目撃情報は二種類だ。
一つはこの国全体でも目撃例が多い『ゴブリン』と呼称される種類。
体は大きくなく、群れで行動する。ピンスフェルトでは最近森から出てくる個体も居て、村人は畑から先へは行かないようにしていた。
もう一つは『トロール』と呼ばれている大型の魔物。
騎士団が一度森の中を調査したときに、遭遇したという。さらにそれは魔物と戦う際、情報を持ち帰るよう後方に配置され、逃げてきた記録兵からの伝えである。
そしてリモネは驚くべきことを知らせる。
なんとこの村に勇者を名乗る者が居て、魔物と闘い、それを倒しているというのだ。
リモネの案内でその男の家に向かいながら、エンディックの中で殺気が高まっていく。
(もしもだ。その勇者が本物で、『俺の探している黄金騎士』だとする。戦うとして、俺の格好が見られちまうが……)
「ここが勇者様のお家だよー。でもちょっと変わった人だから気をつけてね?」
エンディックとシナリーは、リモネが示していた家にたどり着いた。
リモネは戸を叩きながら、住人を呼ぼうとして……鐘が鳴った。
三人は驚きつつ、村の中心から森側に立てられた見張り台を見る。そこから激しい鐘の音が鳴り響き、村中に警告と危険を知らせていた。
「あれは……魔物が出る地域に建てるようにしてる、見張り台ですよね?」
「この鳴り方はまだ警告ってところか。本当に魔物が出たのかよ?」
「昔は使ってもなかったんだけどね。この村は噂通りで……あ」
家の扉が開き、尋ね人が現れた。
肩幅の広い中年の男。下は着ているが、上はまばらな装甲版を付けただけの裸で、手には大きな斧と盾。勇者というより、荒くれ者の戦士に見える。
肉食獣を思わせる獰猛な顔つきのその男は、村に響き渡る不安な音を嬉しそうに聞いていた。
「クフフフ、魔物だ。勇者を……我を呼ぶ声が……聞こえる。今……行くぅ!」
男は露出した筋肉をいからせながら、エンディック達を押しのけて走っていった。行く先は恐らく……魔物の出る森だ。
「おい、あのオッサン大丈夫かよ! あんな装備で勝てるわけねぇって!」
「信じられないかもしれないけど、あの人がさっき言ってた勇者様。ジャスティン様だよ」
エンディックらもジャスティンの後を追うのだった。
(森と畑の間の草原)
ついに森を抜けた男の子の目に、草色の景色が広がる。彼の胸に希望が湧いた。
この草原を進めば、お父さんやお母さんの所に帰れる。叱られるかもしれないけど、無事を喜んでくれるに違いない。
それを今まで『ゆっくり』追いかけてきた魔物、ゴブリンは認識する。
標的が一定の地点を通過したこと。草原を走る己を発見した、鐘の音が響いていること。
『指示』通り、ゴブリンは速度を上げて子供に追いつき、至近距離から頭部散弾砲を使用。
そして後方から仲間が『二機』合流し、彼らは遠くで集まりつつある標的達の方へ向かった。
草地を染める液体を流す、未発達な肉体を残して。
「勇者様ぁ! オラの子が帰ってこねだ! もしや森に行っだんかもー!」
「うむぅ……任せろぉ」
「勇者様、自警団の男供が集まっととよー!」
「うぬぅ……共に戦わしむぅ」
エンディック達が追った先には、ジャスティンの周りに人だかりが出来ていた。
恐れを口にする女性。戦うつもりなのか、粗雑に作られた槍や斧を持った数人の男性。畑に集まった人々は皆、勇者の言葉に耳を傾けている。
「おめらー女子供は隠れてろー! オラ達は勇者様と一緒に魔物退治さ行くだーから」
「オラ達は足手まといかもしでけどー、勇者様の助けになれりゃ本望だー!」
エンディックの『経験』から見て、彼らの武器が通用するわけがない。
例え効くとしてもだ。刃の届く間合いまで『近づく』ことすら、魔物には無理だ。
「エンディック君! これは一体何だ?」
後ろから慌てて走ってきたのは、ニアダだ。彼の騎士としての装備でも、人間相手なら充分だろうが、自信があっても魔物に勝てるかどうか。
「ニアダさん、村の奴らを止めてくれねーか! 今は非番でも騎士だって言えば……」
「あぁ! そのつもりだ。このまま行かせたら自殺行為だ」
エンディックに会釈したニアダは、今にも暴走しそうな人々の集まりに入っていく。
焦るエンディックの隣では、不安そうなリモネが、シナリーにあやされていた。
「ね、ねぇシナリー、また大丈夫だよね? 魔物なんか勇者様が倒してくれるよね!」
「はいはい心配ないですよ。根拠はないですけど。エンディックん、これ……どう思います?」
「魔物は基本、住処から離れたりしねぇ。人間が入り込んで、それを追って出ることはあっても、侵入者を殺せば戻るって聞くぜ。奴らに見つけられて、そう長く逃げれるわけねーしな」
見張り台が有る方から伝達役が走ってきた。彼が村人に何かを伝えると同時に、悲鳴。
森から出てきたのはゴブリンが三匹。こちらに向かう道中、子供を殺しているらしい。
「うぞだぁああああっ! オラの子がぁぁああ!」
「許せぬぅ……皆の者! ゆくぞぉ!」
勇者が斧を掲げて吼えると、呼応するように村人達も戦意を高めた。そして無謀にもジャスティンと自警団の男達は走り出すのだった。
ニアダは彼らを止めようと呼びかけるも、残った人々に押し出された。
「こ、こら、止めないか君達! 犠牲者が増えるだけだぞ!」
「オンめー余所者ぉ! 勇者とオラ達の戦いさ邪魔するべかぁ!」
「く……僕のネゴシエイション・オブ・説得が通用しないなんて……」
それを見ていたシナリーの思考は、もう次の展開に備えていた。
もし魔物がジャスティン達を『銃殺』した後、まだ得物を求めて村に向かってきたら?
ニアダが戦ってくれるにしても、魔物の『機能』を停止させるには、攻撃用魔言が必要だ。
それも人一人を死に至らしめるよりも、もっと強い魔力を注いだ一撃必殺の、だ。
ちょうど良くこの場には、使える可能性の有る魔言使い(スペラー)が居る。
幼いころから『調整』を受けて強力な魔力量を持ち、何人もの人間を殺し、武器として扱われてきた人でなしが。
自分だ。
シナリーは過去を思い出しつつ、不安に駆られていた。
攻撃魔言のコントロールに自信がない。
己がそれを用いたのは何年も前になる。修道女の仕事として魔言は使ってきたが、戦いの為ではなかった。
それに昔の話といっても、ただ一方的に逃げる弱者を殺しただけだ。
渾身の力を溜めた魔言が避けられでもしたら、元も子もない。
「エンディック……私は……」
頼りたいと思い、シナリーが目を向けた先に、彼は居なかった。
いや、彼女の周りにも、勇者を見守る村人達の中にも、見渡す視界内から彼は消え去っていたのだった。
エンディックは村に戻っていた。ざわつく村人の視線を避けて進み、魔物の森とは反対側の草原をへの出口を目指す。
ちょうど良くこの村には、人々を救える英雄が来ている。
自分だ。
エンディックはジャスティン達を助ける『タイミング』を模索していた。
黄金騎士が現れるにしても、村から出てきたように思われてはならない。誰にも見つからない、気付かれないように草原を進み、そこで『作って』行けばいい。
彼の目指す見つからないぐらいの距離は、事件の場所と村を挟んでいるほど離れているが問題ない。
エンディック自慢の『乗り物』なら、まだ近いぐらいなのだから。
ジャスティン達が草原を突き進んでいくと、やがて遠くに異形の姿を見つけた。
迷彩色に塗られた三匹のゴブリンが、スキップでもするように楽しげに向かってくる。
青い一つ目で人を認識するや、速度を速めて散開。村人達も各個に撃破すべく、別れて走る。
そして彼我の距離が近づき、戦いが始まった。
まず村人が弓で牽制する。弓矢の先には獣の動きを麻痺させる毒が塗られていた。
無論、効かない。
鋼鉄の体に刺さるはずがなく、生物ではないので毒の付着にも気にも留めず、魔物は近くに居た敵に走り、武器の射程に入れる。
斧を持った村人は接近してきた鉄の箱に、叫びながら得物を振り下ろした。
勿論、遅い。
轟いた銃声と放たれた鉛が、村人の気合を悲鳴に変えた。村人達が持っている武器が当たるよりも、魔物の頭部散弾砲の発射が早いのだ。
その繰り返しが自警団の人数を次々と減らし、勇む戦士達の勢いを消していく……が。
「今だぁ……!」
弓を持つ者達と同じ後方で、劣勢を傍観していた勇者が動き始めた。
ジャスティンの目に、若者が魔物に殺される姿が映った。彼は突進し、撃ったばかりのゴブリンの左肩に大きな斧を振り下ろす。
筋肉を引き締めた斬撃は関節の溝にはまり、駆動を壊し、外した。
ジャスティンは鉄の箱を横から蹴りつけ、倒れた魔物に渾身の一撃を加える。肩のパーツが外れ、駆動系と接合部を露出した場所へ何度も斧が降ろされ、内部が軋んでゆく。
斧の破壊侵入が限界域を超え、その魔物は機能を停止した。
遠くから戦闘を見ている者が居る。
黄金の武具を身に纏い、鋼の金鹿に跨った黄金騎士と呼ばれる少年である。
彼の右手は目の前に掲げられ、伸ばした親指と人差し指の間に、淡い光を放つ水晶体?を挟んでいた。そのレンズを通して見ると、遥か遠くの先まで視認することが可能となる。
魔言『SCOPE』。視覚拡張の技術。1の階級。
魔力で水晶体を創り、それを通して外界を見た者の、視力強化や暗視の効果。熟練者が用いれば、生物の体温や発揮された瞬間の魔力を視認することが可能となる。
「ち……そういうことかよ」
エンディックが駆けつけようとしたところで、異常は起きた。
レンズ越しに見える世界で、勇者を名乗る男が最後のゴブリンを倒していた。ジャスティンは勝利の雄叫びをあげ、生き残った村人達が喜び駆け寄っていく。
彼らには見えていない。無謀にも魔物に挑まされ、死体となった仲間のことなど。
犠牲者達は魔物に、いやあの勇者に『殺された』ようなものだ。
「あの野郎……攻撃を『自警団の連中で』受けさせてから、隙を突いてやがる。魔物の構造や攻撃習性を知ってなけりゃ、あんなインチキ出来ねぇだろが」
ジャスティンの軽装も頷ける。身軽さもあるだろうが、彼の鎧は周りの村人達なのだ。
そして疑問。あのたった三匹の魔物の目的は何だったのか?
「まるであのオッサンのやられ役で出てきたみたいだぜ……」
エンディックはまた村の反対側で『戻す』べく、金鹿を走らせた。
この穏やかな田舎に立ち込める、怪しい空気を感じ取りながら。
先の戦いは勇者が悪い魔物をやっつけた。そこだけを切り取った劇のようだと。
(ピンスフェルト村・入り口付近)
太陽が山間に隠れかけたころ、村に新たな来訪者の姿が有った。
緑昇とモレクである。
二人は村に行く前にアリギエの教会に寄っていた。デニクの言っていた修道女に会っておこうと思ったのだ。
だが、そのシナリーという人間は朝方、ピンスフェルトに出掛けたと言うのだ。
自分達が会いに行ったその日にちょうど良く消え、怪しいと睨んでいた村に向かった、と。
緑昇達はシナリーに疑念を抱き、これを追った。
そして、『敵』に遭遇したのだ。
「……『奴』が飛んで行った先に…この村か」
「手掛かりになるかと追ってみれば、道中あんな本命に出くわすなんて……これはラッキーですの緑昇?」
「解らん。だがあの黄金の勇者は、俺達のことを知っていて、その上で敵意を持っているのは確実だ。銀獣の会に魔物の出る村、これらと関り合いを持つシナリーという女は、『当たり』である可能性は高い」
二人は村の中を進んでいくが、どの家も閉め切っており、村人の姿が見えない。どこかに集まっているのだろうか?
「止まりになって。この村、機力探知が出来ませんわ」
急に警戒を声に乗せながら、モレクが動かしていた足を止める。
「……何? モレク、『お前達』には魔力や機力の使用された場所を察知する機能が、センサーがあったのではないか?」
「その中でも索敵や特定に秀でたワタクシを封じるなんて……緑昇、この村には強力なジャミング装置が設置されてますわよ?」
穏やかな村に仕掛けられた悪意の罠が、勇者を待つ。
次はもっと早くあげられるように頑張ります。
読み続けてくれて、ありがとう!!