し得べからず
長女が通う音大は、驚くことに、アルバイトが禁止である。
そう。
こんなことを書くと、「そんな、あほな……」と、思われる人もいるかも知れない。
しかし、合格通知とともに郵送されてきた入学案内には、本大学校則として、「アルバイトなどは禁止である」としっかり書かれていたのだから、まぎれもない事実なのだ。
音大生たるもの、授業のない日は練習にいそしむべし。充分な練習なくして、上達はありえない。
さすがに、三流といえども音大である。ほとんどの学生が主科、あるいは副科で何かしらの楽器演奏を専攻していて、日々の練習は欠かせない。例えば、中学、高校で吹奏楽部だったりして管楽器とか打楽器を主科として選択した子たちのなかには、苦しむ子もいるだろう。ピアノを習った経験がほとんどないまま音大に入学し、ピアノで苦戦したという話も何度か聞いた。音大において、ピアノは必修である。音大生であるかぎり、下手でもちょんでもピアノの試験がある。だから、ピアノを習ったことがない子は、とっても苦しむのだ。主科の練習に加え、ピアノも練習せねばならない。容易なことではないのである。
しかも、週に三~四時間とか、主科だけで半端ないレッスンも受けているから、ピアノレッスンや授業の予習復習のあと主科の練習をしていたら、遊ぶこともままならないし、とてもじゃないがバイトなんかもってのほかだ。そんなことに精を出して、練習時間が削られてしまうなんてことがあってはならない!
とまあ、そんな理由で、こんな校則ができたのだろう。まったく、ご苦労なことである。
ところで、この校則には、「家庭の経済的な事情等により、大学側がやむなしと判断した学生で、その職種が本校学生にふさわしいと認められる場合にかぎり、特別にアルバイトを許可する場合がある」という但し書きがついていた。つまり、バイト全面禁止というわけではなく、苦学生にはそれなりの温情措置もありますよってな、学校側の配慮なわけなのだな。
が……しかし。
この、温情措置のとおりだと、学校の許可なくアルバイトをするのも駄目だし、たとえ許可が出ても、学校が認める職種以外(水商売や、深夜にわたる、いかがわしいバイト)は、してはいけないという、ちょっとややこしい制限がついてくることになる。
んー。
これは、これで、ちょっと、いや、かなり……、煩わしい。
大学が言うところの健全なバイト以外は無理ってことになるじゃん。健全なバイトの基準って、いったい、なに? 学生が昼間にできるバイトなんて、そうそうあるはずないじゃん。スーパーのレジ係のバイトでさえ、シフトによっては深夜におよぶのよ?
そんなわけだから、この校則を読んだ瞬間、私は「あほらしい」と、つい、思ってしまった。
もちろん、大学関係者には、申し訳ないと思ったのだが……。
だって、考えてもみてほしい。いまどき、高校でさえバイト禁止なんていう校則がある学校は滅多にない。よほどのお嬢様学校か、私立のおかたいミッションスクールぐらいなものだろう。
しかも、昨今のこの不況のさなかに、学生アルバイトが禁止なんて言われた日には、学生のみならず、保護者からだってブーイングの嵐だ。現に、うちだって家計は火の車である。仕送りは、長女の生活費で精一杯で、こづかいは「バイトして!」と、言っておいたくらいだ。しかも、人気のある忙しいバイトなんかだと、大学の許可を取ってる間にクビになりかねない。
こんな校則、いまどきの大学生が守るはずはないだろうと、当然思ったし、娘にも、「校則を守りなさい」だなんて諭すこともしなかった。アルバイトは、若い時にする社会勉強の一つだ。貧乏=青春なのだ。若者よ。貧しくても春はくる。青春を謳歌せよ。
そう、学生は、苦労してなんぼ。
獅子は、我が子を谷底に突き落とすのである……。
って、ちと大げさだが。
さて、案の定と言うべきか、いざ入学してみれば、先輩方はみんな大学に無届けでバイトに精を出していた。
しかも、居酒屋のおはこびさんやら深夜のコンビニ店員やら、大学に知れたらやばくない? ってバイトに精を出す学生も沢山いたのである。みなそれぞれに、時間をやりくりし、それなりに主科の練習もこなしている。
知らぬは大学関係者ばかりなり……だ。
天上の 雲は霞か幻か
霞を食って、生きてはゆけないご時世なのだと、あらためて母は思うのだった。