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戦士たち?の休日(終)

 イリアスに存在する食堂の中でも、連日のように格別の賑わいをみせていることで有名な『RiSM』。気取らない家庭的な料理ながらも、どこか今まで味わったことのないような不思議で独特の風味を持つそれは多くの客の舌を虜にしている。

 

 そして何より、この店で評判になっているのは、ミリアとシオンという

 

 通称『RiSMの妖精』と呼ばれる母子である。

 

 シオンの母、ミリア=アマネ。

『RiSM』の店主であり、料理人であり、ウェイトレス、つまりは一人で切り盛りしている。

 一児の母というのが信じられないほどの外見的な若さと可愛らしさで、その事実を初めて聞かされたものは大抵『硬直』する。

 しかし、大らかで優しい性格と抜群の包容力は間違いなく母親のものであり、ミリア本人が自分を飾らない人間のため老若男女問わず絶大なる支持を得ている。

 

 余談ではあるが、現在は城で近衛メイドとして働くシオンも以前は母の店を手伝っていた。

 今では『RiSM』の手伝いをすることが、年間に多くても二~三度あるかないかという程度であり、その日が得意客達の間では『イリアスの奇跡』と呼ばれていることを本人は知らない。

 

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 店内にはカウンター席が八つ、四人掛けのテーブルが五つあり、既にいくつかのテーブルでメイド、騎士、隠密の人間が談笑をしていた。

 

「あっ、セイナ様達よ」

「お待ちしておりました!」

「先輩ぃ、お腹減りましたー」

 

 店に入った途端にそこかしこから歓声が上がる。皆、セイナ達が来るのを待っていたようである。

 空いているテーブルにライア、アルフ、ミラ、そしてセイナに言われシオンが着席した。

 カウンターにはセイナを挟み右にヨシュア、左にグレイスが座る。カウンター内ではミリアが笑顔で立っていた。

 

「さてみんな、創造祭の開催日が近づいてきている」

 

 セイナはおもむろに立ち上がると、店内にいる全ての人間に対して話し始めた。

 

「創造祭、それは即ちこのイリアスが民の望むものへと変革していくことを祝い、願う日だ」

 

 先程まで談笑していたのが嘘のように、グレイスを除く皆がセイナに注目していた。

 

「俺は思う、国のために民が存在するのではなく、民のために国は存在する。故に、民が国のために機能するのではなく、国が民のために機能していくことこそ本来の在り方であると」

 

 店にセイナの言葉が響くなか、ミリアはテーブルに酒や果物のジュースが注がれたグラスを一つずつ置いていった。

 

「このイリアスにおいて、全ての民に幸福があらんことを心から願い、これからも民のために善き国であり続けることを誓う」

 

 セイナがグラスを持ち、それを掲げると、皆も一斉にグラスをセイナに向けて掲げた。

 

「イリアスの民に」

「「「「「イリアスの民に」」」」」

 

 そして、一際大きい声で発した。

 

「乾杯!!」

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 そして、店内にさらに大きく響き渡る歓声とともに、店内は活気の色に染まっていった。

 

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 大皿に盛り付けられた料理を手すきの者が自主的にテーブルへと運んでいく、酒も自由に飲みたいものを自分で、すっかり宴会の場になってしまった店内の一角で、ライアとアルフとミナが杯を酌み交わしていた。

 

 一緒に座っていたシオンであるが、今は店内でも一番盛り上がっている一角の中心にいる。希望者を相手に勝ち抜きで腕相撲をやっている。

 後ろにはグレイスが誇らしげに腕を組んでいる。

 現在の戦績は再戦を含め17勝無敗。そして、シオンが何故か鍋掴み用のミトンを装着しているのは素手でシオンの手を触らせないようにするグレイスの提案らしい。

 

 シオンの頬は紅潮している。酔っているのだった。

 

「グレイス様も人が悪い。いくらシオン様と遊びたいからといって、シオン様の飲み物にブランデーを混ぜておくなど」

「シオンちゃんは本当にお酒に弱いからねぇ…と、あれ、ライアちゃんはお酒飲まないの?」

「何度も言ったはずだがライアはこれでも年齢はシオンより下なんだぞミー」

「あっ、そうだったねぇ。お姉さんまた忘れてたよ。だって、ライアちゃん大人びてるからさぁ」

 

 とケタケタと笑うミナに対し、ライアの表情は少し硬かった。

 その原因は、日中にヨシュアへ投げかけた質問とその回答に他ならない。

 ふとライアが視線を上げると、アルフと目が合った。すると、堪えきれなくなったのだろうか、口から自然に言葉が出てしまった。

 

「アルフ殿とミナ殿に聞きたいのだが」

「なんだ、ライア」

「いいわよ、お姉さんに何でも聞いてねぇ」

 

 そこで、ライアは今日のヨシュアとの会話、そして自分の気持ちなど話せる箇所を抜粋しながら言葉にしていった。

 聞き終わると、アルフは小さく「成る程」とだけ口にして頷き、対してミナは「若いねぇ」と笑っていた。

 

「そうだな、ライア。君の気持ちは良くわかる。ただこの答えは人により千差万別だ。それで納得してくれるのであればいいが…」

「っと、アル。ちょっといいかな?」

「なんだ、ミー」

「ライアちゃんへの話、たぶん私のほうが適任だと思うわけよ」

「……、そうか。そう思うのなら任せていいか?」

「了解。ちょっと待ってね」

 

 言って、ミナは眼鏡ケースを出すと、掛けている眼鏡を外し、いつも胸元に入れているヘッドドレスを装着した。

 途端にまとっていた空気が一変し、落ち着いた口調で話を始めた。

 

「さて、ライア君。最初に言うと貴女の質問に対する答えをここにいる誰に聞いても、恐らく同じだろうと思う。しかし、それがわからないからといって恥ずべきことではない。逆に私個人としては、その疑問を嬉しく思う」

 

 入った酒を回すようにグラスを揺らしながら、ミナの瞳はライアを見据えていた。

 

「少し長くなるが、昔話をしよう。その昔大きな戦いがあった。国と、そして多くの人を巻き込んだ戦いさ。大局的に見れば、妖精派の国が帝国に勝利し、大戦は終結した…ということになる」

 

 ミナはうっすらと目を閉じた。まるでそのときのことを思い出すかのように。

 

「だが、それはあくまで表面上を見ただけの結果に過ぎない。戦中に戦後、大国の目の届かないところ、特に戦場に近い場所に存在していた小さな村や集落への影響はなかなかに酷いものだったよ。貴重な働き手は皆が兵士として戦場にかりだされた。仕方ないとは思う、戦争とはそういうものだ。しかし、その者達が無事に帰ってくる保証はないのだよ」

 

 ミナの言葉の一つ一つが重かった。アルフも黙して語らず。ライアもただ聞いていた。

 

「もとは私の家も父と母、兄と私で貧しくはあったが幸せに暮らしていたよ。だけど戦争が全てを奪っていってしまった。父と兄は戦場で、母は病気で…。不運だと思ったよ。嫌なことはいつだって立て続けに起きる」

 

 ミナはグラスに軽く口を付けると、一口だけ飲み込み息を吐いた。

 

「私は15歳で孤児になった。しばらくは家族がいなくなった家で畑をやりながら暮らしていたのだがな。あのときは正直、精神的に参ってしまっていたよ。ちょうどそんな時かな、役人が孤児の身請けを始めたんだ」

 

 このときは正直嬉しかったと、救われたと思ったとミナは自嘲気味に笑った。

 

「だけど、現実は甘くないということをすぐに知ったよ。役人達は奴隷商と繋がっていたんだ。私も馬鹿だったね。あんな都合の良い話に何ら疑問を持たなかったんだから」

 

 本当に参ったよと、今度は酒を一気に飲み干した。ミナが手酌で酒を注ごうとすると、ライアが先に注ぎ、ありがとうとミナは微笑んだ。

 

「荷馬車には男の子と女の子、年齢はバラバラだったけど八人くらいいたわ。いつの世も、奴隷の使い道なんて大体決まっていたからね。男は労働力、女は、まぁ皆まで言う必要もないだろう。私もそうなるんだろうと諦めたよ。でもね…」

 

 そこで、ミナは初めて視線をライアから外した。そしてミナが見る先には、カウンターで談笑するセイナがいた。

 

「買われた後、暗い荷馬車から解放された私達に与えられたのは暖かい寝床と温かい食事だったわ」

 

 それを語るミナは普段からは想像かつかないほど柔らかな口調と優しげな表情をしていた。

 

「孤児である私を買った人物。それがセイナ様だった」

 

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

「イリアスの王になった当時のセイナ様は、奴隷商の上客として有名だったわ。奴隷商の間でもイリアスの王はどの国よりも金を出すって、そのおかげで人買いの王やら好色王やら醜聞が絶えなかったようだけど…」

 

 貴族が働き手を雇うことは、当然良くあることだ。だが『身元のわからないもの』を『奴隷商』から買うことは、貴族として名が売れていれば売れているほどに、その名を貶める行為であることはライアでもわかる。それが一国の王であるならば、それこそ、そのリスクは奴隷一人を買うことに比較しても甚大だ。

 

「最初はセイナ様が何をしたいのかがわからなかった。きっと私と同じように売られた子達も困惑したでしょうね。でもセイナ様は私たちに目線を合わせながら言ったわ」

 

 そして、再びミナは思い出すように瞳を閉じる。しかし、今回は浮かべる表情に微笑があった。

 

「『君達はまだ幼い。だから、気が進まない者、戸惑う者もいるかもしれないが、しばらくは皆、この孤児院で過ごしてもらいたい。もし、君達が自分で人生を決めることができるくらい成長したら、そのときは君の思うままに羽ばたいていってほしい』とね」

 

 なあライアと、問い掛けるような口調でミナは話しかける。

 

「鳥は生まれて初めて見た者を親と思うらしい。その道理は私にも判る。あのとき、何もない絶望という名の暗闇から救い出してくれた光には、誰しもが、惹かれるものだ。後で知ったことだが、セイナ様は自ら奴隷商の上客であることを全ての国に流布していたんだ。自分に降りかかる醜聞はお構いなしに、ね」

 

 それが、どれだけの批判を生むのかを知っていたのだろうとライアは思う。しかし、それは全て、救いを求める誰かを救うため。

 

「セイナ様は、私や私のような者たちに暖かな住居と食事を与え、知識を授け、そして自由に空を舞うことができる翼を与えてくれた。しかし、私達に何も求めようとはしない。それでもセイナ様はいいといってくださったが…私達は誰一人として、その言葉に甘んじたくはなかった」

 

 そう、セイナは何も求めないのだ。

 

「きっと、そういうことが苦手な方なのだ。私達のことを救ったのも、セイナ様にとっては打算的なものではなく、『そうしたいからそうした』ということなのだろう」

 

 あの時、命を救われた時に発したセイナの言葉。

『死にたくないと言った君の言葉。それを何よりも信じたい』

 きっと、セイナはそれだけの理由で私を助けたのだろうとライアは思う。自分を襲った人間にも関わらず。

 

 そしてライアは再びあの言葉とともに思い出す。

『自分が守ると決めた全ての人が笑顔で過ごすことの出来る日常を守りたい。ただ、それだけだ』

 ライアの無理な願いを聞き入れ、夢を語るセイナの姿がどれほど眩しく見えたかを。

 

 ミナの言葉は続く。

 

「素性は様々だ。だが皆がセイナ様の役に立ちたいと、自分の得意なことを生かそうとしている。メイヤーのミリンダは孤児院の運営をアルフは隠密を、私は昔からそういう秀でた特技というのがなくてな、武術などもかじってみたのだが、全然駄目だ。だが、どうやら自分の経験してきたことを教えることが上手いとミリンダから言われてな。それからは今の立場に就くようになった。それにこちらにも挑戦している」

 

 手に何かをグルグルと巻くような仕草をする。

 

「それなりの腕前だとグレイス様に褒められたよ」

 

 どうやら応急処置のジェスチャーのようだった。

 ミナはそうしながら軽く微笑んだ。その表情を見たライアも本来の明るい表情に戻っている。

 

『自分が要らない存在であるというのならそうなのでしょう。逆に、自分がいなければならないと思うのであればそうなのでしょう』というヨシュアの言葉、それが真実なのだろう。必要であるか否か、それをセイナは示すことはないのだろう。だからこそ大切なものは自分の心の持ちようなのだ。

 

「…ミナ殿、アルフ殿、ありがとうございました。自分なりの答えが見えた気がします」

「悩む必要なんてないんだよ、ライア君。君は君の望む通りにしていけばいい」

「今回はミーに任せたから、礼を言われても返す言葉がないが…そうだな、私からも一言だけ」

 

 これだけ伝えておきたいとアルフは話す。

 

「居場所とは与えられるものではない、作り出すものだ。ライア」

 

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 盛り上がりが最高潮を迎えている一画のスペース。

 

 その黒髪の少女に勝てるものはおらず、床には死屍累々《ししるいるい》の山が築かれていた。

 そのテーブルの挑戦席に突然現れた赤髪のメイドがどかっと腰をかけた。

 

「なんだ、次の挑戦者はお前か」

 

 余裕の表情を見せる黒髪の少女は語る。

 

「勝負の前に一つ聞きたい、何故あの時、地下での勝負のとき自分を犠牲にしようとした?」

 

 地下での最後の打ち合いのとき、双方が余計に踏み込み、予想外の事態をむかえたとき、赤髪のメイドは諦めたにも関わらず、黒髪の少女は咄嗟に自分の身を危険に晒してまで剣の軌道を赤髪のメイドから外したのだと見えた。

 

 そのとき、赤髪のメイドは感じたのだ。土壇場で、自分にはそれが出来なかったという圧倒的な実力差を、しかし

 

「犠牲?お前ごときのためにそんな無駄なことはしない。アレは避けられると思ったからそうしただけだ」

 

 黒髪の少女は何を言っているという表情をする。それなら

 

「今度は絶対に避けられない一撃を喰らわすさ」

 

 悩むくらいなら、その時間を使って技を磨く。

 劣等感を抱くくらいなら、それを断ち切るほどの力をつけてやる。

 今までそうして生きてきた。

 

 それなら、自分を信じて、これからもそうすればいい。

 

 ライアはテーブルに肘を着き、いつでもやれるというポーズをとった。

 

「ここ最近は負けが続いている」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

「コレには自信がある。今回は勝たせてもらうぞ。シオン」

 

 見つけてやる。セイナ殿にとって自分だけの居場所を

 

 対する滅多に明らかな感情表現をしない黒髪の少女は、ミトンを外しニヤリと笑った。

 

「上等だ。全力で潰してやる。ライア」

 

 合図とともに始まったこの一戦は、その一日のなかで一番大きな歓声に包まれたのであった。


書こうと思うと一気に書けるものですが、いつもそうだとは限らないのが悲しいですね。今回はたまたまパッパと書けたという感じです。

長かった休日も一応の完結を迎え、とりあえず次は新展開…といきたいところですが、さて忘れている人がいるのでは、と。次はその人達の話です。

私の書いてる話を皆さんがどう思っているのかちょっと知りたい今日この頃ですので、辛口コメントでもいいのでくれると嬉しいです。では今日はこのへんで

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